⑮ランキングの意味
「さて、改めまして。俺の名前は、ジョー。平民だから、氏はなし。この国で暮らす、ごくごく平凡なNPCだよ」
椅子の上で、あぐらをかく男。
俺もうながされたとおり空いていたほうの椅子に腰を下ろして、自己紹介をした。
「俺は、カイト。同じく氏は持たない。ヴァルダの村に住む、ごくごく平凡なNPC農夫だ」
この説明に、嘘偽りがないと判断したのだろう。
満足そうに笑い、男は話を続けた。
「で? あんたが知りたいことって、なに? ナンバードのこと? それとも、ランキングのこと? ……それとも、集会のこと?」
思った以上にこの男、さまざまな情報を持っているらしい。
……だけどこれだと逆に、俺のほうが役立たずと判断されかねないな。
なにかこいつに差し出せるような、いい情報はあっただろうか?
それをなんとか自分の記憶の中から引っ張り出そうとしたけれど、見透かしたように言われてしまった。
「やっぱりあんた、なーんも知らないみたいだな?」
突如男の顔から消えた、飄々とした笑み。
おそらくこいつは、好奇心が強い。
だけどその裏を返せば、興味が失せれば見向きもされなくなるような気がする。
それに言葉選びを間違えたら、あっという間にイニシアチブを取られてしまうに違いない。
……本当に、油断がならないな。
だけどもしそんな焦りをにおわせてしまったら、きっとこの男はそれすらも敏感に嗅ぎ取り、自分に優位になるようことを運ぼうとするだろう。
でも、だとしたら。……弱いくせにやたらと高そうなプライドを刺激して、うまく情報を引き出すことはできないだろうか?
「そうなんだよね。最近記憶を取り戻したばかりで、まじでなんも分かんなくってさ。正直、詰んでると思う。だからジョーに、力を貸してほしいんだ」
これも嘘じゃないから、男の目をまっすぐに見つめながら答えることができた。
ぴくりと男の眉が、片側だけ上がる。
「へぇ……、なるほどな。じゃあさ、まずはあんたの現在のナンバーを教えてくれるか? それを聞いてからのほうが、説明しやすいと思うから」
すでにこいつの今週のナンバーを俺は手に入れていたから、ここでちゃんと答えておかないとたぶんフェアじゃない人間と判断されてしまうだろう。
そしてさっきの口ぶりからして、ジョーはフェアであることに執拗なまでのこだわりを持っているように思う。
特に隠す必要もない気がしたから、その質問にも素直に答えることにした。
「ナンバーは、050017。先週と比べて、8ランクアップだってさ」
その言葉を聞き、彼はとんでもない化物でも見るような視線を俺に向けた。
……この反応は、いったいなんだ?
すると男はふるふると左右に小さく頭を振り、あきれたように言ったのだ。
「ってことはあんた、先週は25位だったってことだよな? ……嘘だろ。二桁いってたってだけでも相当酷いってのに、まさか25位って。いったいなにをやらかして、そんなえげつない順位を叩き出したんだよ!? ……ほんと、ありえない」
「俺だって、知らねぇよ! これがなんのランキングかすら分かってねぇのに、上がっただの下がっただのと勝手に言われてもよぉ!」
分からないことだらけの男の言葉にいら立ち、思わず声を荒げた。
「ふむ……。まぁたしかに、あんたの言うとおりだな。じゃあ特別に、教えてやろう。そのランキングの正体は、『平凡なNPCランキング』だよ」
「へ……?」
あまりにも意外なその答えに驚き、間抜けな声が口をついて出た。
強さや知識量を競い合うというなら、まだ理解のしようがある。
だけど平凡なNPCランキングって、いったいなんだよ!?
でも落ち着いて考えてみたら、それもありえない話ではないような気がしてきた。
そもそも俺は転生前の記憶を取り戻す直前まで、その順位は一位だったはずなのだ。
それはきっと平凡さが一位のNPCが、この世界ではそのほとんどを占めるからだろう。
だけど転生前の廃課金ゲーマーだった頃の記憶を取り戻したことで、プレイヤーのことをふたりもあっさり処してしまったのだ。
そりゃあ平凡なNPCからは、程遠いと判断されても仕方がない。
……そのせいで25位まで一気に転落したんだと言われたら、なんも言えねぇわな。
ハハハと、乾いた笑いがこぼれた。
「その顔。ランキング急下落の理由が、ちゃんと分かってるみたいだな?」
探るような視線を向けられた。
だけどここまでほぼ受け取るのみだったから、こちらからもなんらかの情報を提供しておくべきだろう。
……この男との繋がりを、今日限りのものにするのは惜しすぎる。
しかしプレイヤーをレベル1からやり直しの刑に処したなどといって、引かれたりはしないだろうか?
危険人物と認定されでもしたら、今後の関係に影響が出るのではないか?
ジョーが好奇心旺盛で計算高い性質なのはもう分かってはいるものの、だからといっていくら事情があろうともプレイヤー殺しに手を染めたNPCが、どういう反応をされるか想像がつかなかった。
そのためランキングが下がった理由と思われる転生した日に起きた事件については、語っていいものか否かちょっとだけ迷ってしまった。
「俺の予想ではおそらく、プレイヤー殺し。しかも、ひとりじゃない。たぶん、二人か三人くらい」
まさかあの順位からこいつは、そこまで予測ができるというのか?
その事実に、驚かされた。
「その顔……。どうやら正解みたいだな?」
ニッと笑ってそう言うと、男は椅子から立ち上がった。
「まぁ色々事情もあると思うし、それに関して責めるつもりはないよ。たとえこの世界で死んだとしても、あいつらプレイヤーは実際に命を失うわけじゃない。俺らNPCと違ってな」
その言葉にホッとしたのだけれど、続く発言の意味が分からずまた少し戸惑った。
「ランキングが乱高下するのは、わりとどのNPCにも起こり得る事象だ。だからそこは俺は、あまり気にしちゃいない。だけどもしカイトが低ランクに常駐してるっていうなら、ちょっと話が変わってくるけどな」
「それって、つまり。……低ランクだと、協力者に値しないってことか?」
俺の問いに、彼は静かに首を横に振った。
「違う、そうじゃない。……ただ低ランクをわざと目指す、ヤバい連中も中にはいるってことだよ」
その発言に、思わず息を呑んだ。
そうだよ。なんで俺は、気が付かなかったんだよ!
ちょっと考えてみたら、すぐにその可能性に気付けたはずなのに。
というのもナンバードと呼ばれるNPCたちは、俺同様、現実世界からの転生者である可能性が高い。
ということはバトルや殺戮を好む、残虐な人間だって存在するということになる。
わざわざ自分の命をかけてまで本気で戦おうなどと思う人間は、ほぼいないだろう。
だけど俺と同じような、戦闘狂たちはおそらく違う。
俺にはアイシャという守らなければいけない存在がいるから、踏みとどまることができた。
でもそういう存在がいないやつらは、どうだ?
……きっと今もごく平凡なNPCのふりをしながら、血に飢えた獣みたいに己の欲を満たしてくれる新しい獲物を探しているのではないか?
蒼白になった俺の顔を見て、考えを予測したのだろう。
ジョーはちょっと肩をすくめてみせながら、説明を続けた。
「ほんと、優秀だな。そうだよ、その通り。一部のやつはわざと危険行為を繰り返して、ランキングが低下するのを楽しんでるってこった」
思った以上にこの世界はヤバく危険に満ちているのだということに、改めて気付かされた。