⑭NPC_Joe_120003
男もそこそこ素早かったし、地の利は完全にあっちにある。
だけどこちとら元アサシンランキング一位だぞ、絶対に逃がすかクソボケカス!
ついに路地裏の行き止まりまで追い込み、その首根っこをとっ捕まえた。
「なぁ、お前。絶対なんか知ってるよなぁ?」
念のため所持していた鎌を肩がけバッグから取り出し、その首元に当てる。
すると男は真冬だというのにダラダラと汗を垂れ流し、そのまま白目をむいて倒れてしまった。
チッ……! 軟弱過ぎんだろ、これくらいで気を失いやがって。
我ながらこれが理不尽な言いがかりであるということは、さすがに百も承知だ。
しかしこの路地裏はそれなりに人通りがある上、こいつはこのあたりを寝城としている可能性が高い。
というのも、この男。めちゃくちゃ運動神経がいいというわけではなさそうなのに的確に自分に有利なルート取りをするものだから、危うくこの俺様が何度か見失いかけたくらいなのだ。
なんとも小賢しい野郎である。
なのでこいつの意識がないこのタイミングで知り合いにでも会おうものなら、確実に面倒なことになるだろう。
かといって放置して帰ったりしたら、今後またいつ情報を持つ者に遭遇できるか分からない。
「仕方ねぇ……、か」
意識のない男を無理やり立たせ、まるで朝から酔っぱらいの介抱でもしているようなふりをして噴水のある場所まで移動した。
血で汚れた場合に備え、ポケットに入れておいた一枚の布切れ。
男を地面に寝転がらせてから、それを噴水の水に浸してピタリと額に乗せた。
数秒後。ぱちりと開かれた、男のつぶらな瞳。
しかし俺の顔が視界に入った瞬間、小さく悲鳴をあげた。
「ひっ……!」
なので周囲にバレぬよう、ただ酔った友人の世話をしているふりを続けながら、男にだけ聞こえるくらいの声で笑顔のまま告げた。
「逃げたら、殺す。あと知ってる情報があるのに、隠そうとした場合も殺す。もし嘘を付こうとしたら瞳孔の開き具合とか脈拍の動きで分かるから、妙な真似はしないことをおすすめする」
男の喉が、ゴクリと上下に大きく動いた。
「まず、質問その一。あんたも俺と同じ、NPCなんだよな?」
すると男は、なぜか驚いたように俺の顔をガン見してきた。
「否定しても、無駄だぞ。NPC_Joe。……ジョー、それがお前の、名前だろ?」
「たしかに俺の名前は、ジョーだけど……。なんだよ、あんたもNPCなの? 早く言ってよ!」
男はのそのそと起き上がり、そのまま前髪を軽くかき上げた。
うーん……? 思っていた反応と、だいぶ違うんだが。
「あーあ、びびって損した! たしかにあんたの言うように、俺もNPCだよ。ここらへんでは見ない顔だけど、どこ住みなの?」
早口で、べらべらとまくしたてるように聞かれた。
予想外の展開に、思わず頭を抱える俺。
「ちょっとまってくれ。質問するのは、俺だ。お前はただ質問に、答えてくれたらいい」
すると男は考えるような素振りを見せ、答えた。
「嫌だ、断る! 情報ってのは、ギブアンドテイクじゃなきゃ駄目だろう? ウィンウィンの関係、そうじゃないなら断固拒否する!」
腕組みをして、フンスとふんぞり返る男。
クソ……、調子が狂う。レオンとはまた違ったタイプの、めんどくささだな!
だけどたしかに彼が素直に情報を共有してくれるつもりなのであれば、脅迫するよりも協力関係を結ぶほうがいい。
今回だけでなく今後も情報交換を続けられるほうが、俺としてもありがたいからだ。
「なるほど、たしかにお前の言う通りだな。分かったよ、ギブアンドテイクの関係でいこうじゃねぇか」
満足そうにニンマリと上がる、男の口角。
口が大きなこともあり、その様子は不思議の国の住人である縞模様のピンクの猫を思わせた。
「そうこなくっちゃ! でもここで話すような話でもないし、ちょっと移動しないか? 俺んち、このすぐ近くなんだよねぇ」
一瞬なにかの罠かとも思ったが、そういうわけでもなさそうだ。
それにもし他にこいつに仲間がいて、裏切られたとしてもNPCたち相手に俺が負けるはずもない。
それでも念のため、もう一度脅しをかけておくか。
「分かった。だけどもし、妙な真似をしやがったら……。分かってるな?」
だけどククッとおかしそうに笑い、しれっと言いやがった。
「そんなのは、ただの脅しだろ? あんたは俺を、殺せない。絶対にだ」
思わぬ言葉に、眉をひそめた。
「どうかな? 一度試してみるか?」
にっこりとほほ笑んで聞いたが、もう男が怯むことはなかった。
「試してみてもいいけど、そんなのは無駄じゃないか?」
軽く肩をすくめてみせて、余裕な態度で質問に質問を返す男。
こいつの言い分が気になったから、返事をすることなく話の続きを待つことにした。
「だってさっきの口ぶりからして、ナンバードにあんたが会うのはおそらく俺がはじめてのはずだ。だったら今ここで俺を殺すのは、リスクが高すぎる。だって今後また別のナンバードに遭遇できる可能性は、0かもしれないからな」
こいつ! ……さっきはあっさり気絶したくせに、なかなかにしたたかで肝が据わった野郎じゃねぇか。
それにこの男のいうように、情報を搾り取る前にこいつを殺るのは、俺としても得策じゃない。
そのことが全部分かった上で、こんなふうに自分に優位になるよう交渉を持ちかけてくるとか……。
クソ! 初手が肝心だというのに早く情報をと焦るあまり、こいつの力量を完全に見誤ったかもしれない。
ナンバードというのはおそらく、Numberに過去形を表すedの二文字を付け加えた造語みたいなものだろう。
ナンバーを、つけられた者。つまり俺やこいつみたいに、謎に付番されたNPCたちを指すものと思われる。
そういえばと、ふと気付く。
俺は頭の上二桁が05だったのに対し、この男はたしか12だったはず。
おそらくだがこの数字は、単なるNPCの数を表しているわけではなさそうだ。
……どう考えても、それだとNPCの総人数が多くなりすぎる。
「おーい、行くの? 行かないの?」
男の声で、我に返る。
「行くよ、もちろん。とはいえウィンウィンの関係っていうのは、双方に利益があってこそのもんだ。だからこっちに利がないと判明したら、その時はすぐにこの関係はなかったものにさせてもらうからな」
ニタリと不敵に、男が笑う。
「当然、それで構わないよ。とはいえそれもまた、俺のほうにも言えることだけどね」
***
男に先導され、たどり着いたのはごく一般的な民家だった。
「ちょっと、ジョー! あんたはまたこの忙しい朝の時間帯に、いったいどこをほっつき歩いていたんだい!」
肝っ玉母ちゃん丸出しの女性が、玄関を開けるなり彼を罵倒した。
あまりの緊迫感のなさに、逆に怯む俺。
だけど彼は、慣れた調子で答えた。
「ごめん、母ちゃん! けど説教は、あとにしてよ。友だちが来てるんだ。ほら、行くぞ!」
言うまでもなく、後半の言葉は俺に向けられたものである。
「こら、ジョー! まだ話が終わってないでしょうが!!」
彼の母親の、怒声が響く。
だけど彼に言われるがまま、ペコリと一礼だけしてそのあとに続いた。