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⑩冬の間のアルバイト

 俺がひそかに手ずから作った、特製ポーション。

 めちゃくちゃ染みるし臭いも酷いが、その効果のほどは己の体で確認済みだ。


 それをレオンの肩と足に塗ってやると、彼は断末魔かっていうくらい凄まじい悲鳴をあげた。


「うるせぇよ、黙れ。ほら、終了。ほぼ完治しただろ?」


「はい、カイトさん。本当に素晴らしい効き目です!」


 涙目のまま、震える声で答えるレオン。

 それがおかしくて、ククッと笑いながら答えた。


「だろう? 修行中にちょっとでも怪我したら、またこのポーションを使ってやろう。これも授業料のうちだ」


 俺手作りのポーションを喜ぶ気持ちと、またこれを使われるのかと怯える気持ち。

 そのふたつが混ざり合い、レオンはなんともいえない微妙な表情を浮かべた。

 

「まず最初に、いくつか聞いておきたいことがあるんだが。……なんでお前は、あんなクソみたいなパーティーのリーダー役を引き受けたんだ? お前ならきっと、もっといい条件を出してくれるまともなパーティーもあっただろうに」


 ずっと心に引っかかっていた疑問。

 するとレオンは、ちょっとバツが悪そうに頭を掻いた。

 おそらくこれはこいつの、困った時に出る癖のようなものなのだろう。


「えっと……。実に情けない話なんですが。あいつらの元リーダーが妙なNPCに襲われて、いきなり命を奪われたと。でも自分はもう死んでしまい、レベルも武器も失ってしまったから、他のプレイヤーたちを危険にさらさないように代わりにそいつをやっつけてほしいと頼まれたんです」


 なんてこった! だけどその話を聞き、納得がいった。

 この善良な脳筋野郎は、復讐に利用するのにうってつけ過ぎる。

 ……俺でもきっと、こいつをそのターゲットに選ぶわ。


 あまりにも純粋で素直なレオンの性格を、逆手にとられたということか。

 ことの真相を知り、思わず頭を抱えた。


 自然ともれ出た、大きなため息。

 するとレオンはまるで叱られた大型犬みたいに、ますますその大きな体を縮こめた。


「なるほどな、理解した。素直なのはいいことだが、今後はなんでもかんでも人の言葉を鵜呑みにするのはやめるこった。もちろん、俺も含めてな。それができないようなら、一流のプレイヤーにはなれねぇもんだと思って諦めろ」


 その言葉を聞き、パッと顔を上げるレオン。

 エメラルドグリーンの瞳からダパーーーっと涙があふれ出すのを見て、ギョッとした。


「ちょ……、なんだよ? お前! 別に怒ってねぇよ、今後は気をつけろってだけの話だろうが!」


 グズグズと鼻を鳴らしながら、こくこくとうなずくレオン。

 てっきり俺に注意されたせいで泣いたんだとばかり、俺は思っていた。

 ……だけど、そうじゃなかった。


「違……うんです……。K△Iさんが亡くなったと聞いた時は、本当にショックで。なのにまさか生きたK△Iさんに出逢える日が来るだなんて、僕、夢にも思わなくて……!」


 恨まれたり憎まれたりするのには慣れっこだが、こういう反応は本当に困る。

 それにこれだと、話がなかなかすすまないではないか。

 あまり長い時間面倒を見てもらうわけには行かないから、なるべく早く話を終わらせて、俺はリーリアの家まで妹に迎えに行かなければならないのだ。


「分かった! 分かったから、落ち着け! それで? どこでお前は俺が、K△Iだと気付いた?」


「まず最初におかしいなと思ったのは、あなたが『今世では』と言った時ですかね? さすがにあの段階では、カイトさんがK△Iさんだということまでは、気付けませんでしたが……」


 鼻水をずずっと啜り上げながら、レオンは答えた。


「なるほどな。じゃあ次におかしいなと思ったのは?」


「うーん……。カイトさんの、双鎌の使い方を目にした時でしょうか? 得物は違えど、あの武器さばき! ほんと、実にお見事でした。アサシン時代に使ってたダガーを実際にあなたが手にしていたら、僕はきっと瞬殺されていたと思います」


 あの戦いの中で、そこまで冷静にちゃんと状況を見定めていたとは。

 ダガーがあれば負けていたであろうという評価を自ら下せるところも、高得点だ。

 これは、思わぬ拾い物だったかもな。……まじで、育てがいがある。

 

 俺がずっと無言のままだったから、不安になってしまったのだろう。


「あの……、カイトさん?」


 そろりと俺を見つめる、情けない表情。

 これではイケメンが、台無しだ。

 それがおかしくて、ついプッと噴き出した。


「なんでもねぇよ。それで? 俺を師匠として雇うにあたり、お前のほうからはなんか条件はあるか?」


 すると彼は顎先に手をやり、瞳を閉じて考える素振りを見せた。

 だけどすぐにまたパッとまぶたを開き、俺の反応を探るように言った。


「無理なら、いいんですが。特訓の様子を、録画機能で全部撮らせてもらってもいいですか?」


 思わぬ提案をされ、眉間にしわが寄るのを感じた。

 するとレオンは、あわてた様子で言葉を続けた。


「もちろん配信のためなんかじゃありません! カイトさんがこの世界で、戦う理由。それは妹のアイシャちゃんのためだと思うから、僕も彼女を危険な目に遭わせるような真似、死んでもしませんよ!」


「だったら現実世界に戻ったあと、内容を復習するためってことか?」


「それももちろんありますが。……推しであるK△Iさんが自分に特訓をつけてくれる映像なんて、僕にとってお宝でしかありませんから!」


 胸を張って言われたが、やっぱりこいつ気持ちが悪すぎる。

 この男の言動にかなり慣れてきたつもりだったがさすがにドン引きしてしまい、もっともらしい理由をつけて拒否してやった。


「駄目だ。ちゃんと一回で全部、脳に焼き付けろ! 集中力を高めるためにも、絶対にそのほうがいい」


「なるほど……。分かりました、カイトさん! あなたの勇姿、僕の網膜と脳に焼き付けます!」


 それはそれでキモいなと思ったが、そこはスルーすることにした。


「うーん……。でも、じゃあそうですね。あとは僕としてはやはり、適正価格であなたを師匠として雇用したいです。さっき提案された条件では、僕の気持ちがおさまりません!」


 こいつ、まだいうか!

 値切られるのであれば分かるのだが、まさかの値上げ要求。……ほんとこいつ、めんどくせぇな。


 結局折衷案として、お互いの提示する金額の真ん中でという結論に至った。

 でもこれで今年の冬は、余裕で越すことができるだろう。

 余った金を使い、ロジャー爺さん夫妻やリーリアの家に先日のお礼の品を買ったとしても、まだお釣りがくるくらいだ。


 武士は食わねど高楊枝などという言葉もあるが、アイシャにまでひもじい思いはさせたくない。

 だから本当に、このバイトは助かる。ありがたや。

  

「じゃあ契約期間は農業のほうの仕事が休みになる、冬の間。時間はアイシャがまだ寝てる、朝4時から7時の間ってことで」


「はい、分かりました! あぁ、明日からが楽しみすぎる……」


 キラキラと瞳を輝かせ、頬を紅潮させるレオン。

 しかしそこで俺は、ある不安な気持ちに襲われた。


「楽しみにしてくれるのは結構なことだが、ひとつ約束してくれ。ワクワクしすぎて寝不足でぶっ倒れるなんていう間抜けな真似だけは、絶対にやめてくれよ。自分の体調管理もできないようなやつは、俺の弟子と認めないから」


 にっこりとほほ笑んで告げると、レオンは真っ青な顔でブンブンと何度もうなずいた。

 

 改めて条件を確認し、お互い合意の上で結んだ契約。

 農夫である俺の家には紙もペンもないため、書面を介さない口頭での契約ではあるが、こいつが約束を違えることはきっとないはずだ。


「じゃあ、また明日! みっちりしごくつもりだから、覚悟しとけよ」


 にやりと笑っていうと、レオンは嬉しそうに答えた。


「はい、覚悟しておきます! 明日からよろしくお願いします、カイトさん!」

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