①廃課金ゲーマー、NPCに転生する
一話はやや重めなスタートですが、基本コメディとなる予定です。
バトルものを公開するのははじめてですが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
激しい爆発音が響く中。
今日も正義の名のもとに暴力を振りかざす、プレイヤーといわれる謎の侵略者たち。
「ちょうど俺、新武器試してみたかったんだよね。こいつらNPCみたいだし、殺っちまうか」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべるこの男は、みんなから『勇者』と呼ばれていた。
だからこいつはきっとこのパーティーの、ボス的な存在なのだろう。
これまでも幾度となく訪れた、生命の危機。
両親は今からおよそ三年前に、こいつらみたいなプレイヤーの手であっさり命を奪われた。
その日から幼い妹のアイシャを守ることだけが、俺の生きがいになった。
「大丈夫だよ、アイシャ。お兄ちゃんは、ずっとお前と一緒だからな」
こいつらにとって、相手が女子どもであろうがそんなことは関係ない。
俺たちみたいにNPCと呼ばれる人間が逃げ惑うのを、ただ楽しんでいるだけなのだから。
だからこいつらはまずは俺の、そして次にアイシャの命を奪うに違いない。
男は俺に銃口を向け、迷うことなくその引き金を引いた。
銃弾に肉体を貫かれた瞬間、もうこれで全部終わりなんだと思うのと同時にどこか少しホッとしている自分に気付いた。
しかし勇者は俺を、すぐに殺すつもりはないようだ。
撃たれたのは、肩。こいつはわざと一度で致命傷を負わせることなく、銃の性能をいろいろ試して俺たちで遊ぶつもりなのだ。
それに気付いた瞬間、一気に血の気が引いた。
「この、悪魔め……!」
睨みつけて言ってやったけれど、勇者は楽しそうにただ笑うだけだった。
俺の、腕の中。泣きながら震える妹の小さな体を、強く抱きしめた。
【警告:NPC_Kaito_050001の、異常データが検出されました。転生メモリーを、起動中です】
「は? なんだよ、これ……」
痛みのせいで、朦朧とする意識の中。目の前に突如表示された、謎の文字。
そっと手を伸ばしてみたけれど、それに触れることはできなかった。
だけど、ちょっと待ってくれ……。俺はこれまで農業しかやったことがないのに、なんで文字なんかが読めるんだよ!?
「転生……? メモリー……?」
ブツブツと謎の言葉をつぶやき続ける俺を、不気味に思ったのだろう。
怪訝そうに、男は眉根を寄せた。
「転生……? まさか、お前……」
まさか、なんだというのか? その言葉の続きが気にはなったけれど、男が動揺したその隙にアイシャの体を強く突き放した。
「走れ、アイシャ! できるだけ遠くへ逃げるんだ、早く!」
「やだよ、お兄ちゃん! アイシャ、ずっとお兄ちゃんと一緒にいる!」
涙と鼻水を垂れ流しながら、泣き叫ぶアイシャ。
「行け! 絶対お兄ちゃんも、あとで追いつくから!」
無理やり笑顔を作り、告げた。
俺の言葉に従い、足がもつれて転びそうになりながらも必死に走り出したアイシャ。
この世界で幼い子どもがひとりで生きていくのは、容易なことじゃない。
……ずっと一緒だってついさっきいったばかりなのに、約束を破って本当にごめん。
こんなふうに願うのは、傲慢かもしれない。
……それでもやっぱりアイシャにだけでも、俺は生き延びてほしいから。
「おい、お前! なに獲物が勝手に逃げようとしてんだよ!?」
いら立った様子で、別のプレイヤーが言った。
男の持つ弓矢の先が、アイシャに向けられた。
俺の命は、この際もうどうでもいい。
だけどアイシャに手を出すのだけは、絶対に許さない。
必死に男の足にしがみつき、その動きを封じた。
その時再び俺の目の前に、不思議な文字が現れた。
【転生メモリーの、部分復元が完了しました。NPC_Kaito_0537の、システムへのアクセス権限が解放されます】
「アクセス……権限……?」
激しい頭痛が、俺を襲う。
その時突如脳内に、流れ込んできたのは。
……前世での、俺の記憶?
***
狭くて暗い、部屋の中。
ひとりパソコンのモニター画面に向かい、VRゴーグルを装着し、食い終わったソーダ味のアイスの棒を口にくわえたままゲームの世界に没頭する俺。
「ギャハハ、ざまぁみろ! 微課金野郎が、俺様に勝てると思うなよ。お前はレベル1から、やり直しの刑に処す!」
ゲラゲラと品なく笑いながら、トップクラスのランカーである俺を無謀にも襲ってきた初心者と思われる男を秒で殺してやった。
しかし、次の瞬間。突如俺のVRゴーグルが、火を吹いた。
とはいえこれは、比喩表現でもなんでもない。
まさかの本当にあった怖い話なのである。
理由は、簡単。俺の放った華麗なる連続技についてこられなかったのかゴーグル内のコードが焼け切れ、ショートを起こしたのだ。
そして、その結果。俺は真夏のクソ暑い中クーラーも付けずにゲームに没頭した挙句、爆発したゴーグルのせいであっさり命を落とした。……アイスの棒を口にくわえたまま、パンイチで。
***
「ハハ……、思い出した。全部思い出したぞ、こんちくしょうめ!」
ふらふらと、血まみれのまま立ち上がる俺。
それを見た男たちは、おびえたような顔のまま皆数歩後ずさった。
「その装備。なかなかいいのを持ってるじゃん。だけどそれじゃ、宝の持ち腐れだな。勇者のくせに銃遣いって、武器チョイスのセンスなさすぎんだろ。SRの武器ならなんでもいいわけじゃねぇぞ、へなちょこ初心者さんよぉ!」
地面に落ちていた鍬を手に、ゆらりと勇者に向かい歩み寄る。
「ひっ!? なんだこいつ! ただのNPCじゃねぇのかよ!」
「ただのNPCだよ? ……今世ではな!」
思い切り鍬を振りかぶり、男の顔面めがけて打ちつける。
その瞬間鮮血が飛び散り、それとほぼ同時に男の姿が俺の視界から消え去った。
おそらくこの世界で死亡したせいで、自動的にログアウトしたのだろう。
「ハッ、クソ雑魚勇者が。レベル1から出直してこいや」
中指を立て、血の味のする唾を吐き捨てた。
本気でビビっているのか、俺に攻撃することも、彼に続いてログアウトすることもなくただ震え上がる(故)勇者パーティー御一行様。
「ふーん……。やっぱなかなかいい銃を使ってたみたいだな。だけど元の世界に戻ったら、あいつに伝えといてくれるか? ただ課金するだけじゃ、このレッド・アースの世界で生き残ることはできねぇんだってな」
地面に転がったままになっていた銃を拾い、トリガーガードに指を入れてガンマンみたいにくるくるともてあそぶ。
それから二番目に強そうな男の額に、その銃口を押し当てた。
「ひっ……! 勘弁してくれ! ここでゲームオーバーになったら、これまでレベルアップしたデータも課金したアイテムも全部飛んじまう!」
蒼白の面持ちで、必死に訴える男。
だけどこれまで散々こいつらみたいなプレイヤーには、苦しめられてきたのだ。
ハイそうですかと素直に引き下がるわけがねぇだろうが、このクソボケカス。
むしろ媚びたように笑うその顔を見て、不快感が増した。
「知らねぇよ、そんなの。じゃあな、バイバーイ!」
にっこりとほほ笑んで、そのまま迷うことなく引き金を引いた。
「で? 次は誰が俺の相手をしてくれんの?」
血まみれのまま、男たちのほうを振り向いて聞いた。
すると農民NPCにパーティーの主要メンバーが次々と瞬殺されたのを目にした残りの男たちも、我先にとログアウトして視界から消えてしまった。
「だっさ……」
それにしても俺の転生先が課金しまくったあの神ゲーム、『レッド・アース 〜血まみれの大地〜』の世界とか。
俺の前世におけるゲームへの未練、どんだけ強かったんだよ? ……さすがに自分でも引くわぁ。
だけどおかげでこの世界のことは、誰よりもよく分かっている。
世界ランク3位の俺様の実力と知識をもってすれば、そう簡単に殺られることはないに違いない。
さっきのバトルではっきり分かったが、武器の扱い方についての記憶はどうやら体に染み付いているらしい。
筋力と体力に関しても、これまでせっせと農作業に従事してきたおかげで問題はなさそうだ。
これからは襲って来るプレイヤー全員ぶちのめして、逆に身ぐるみを剥いでやる。
「お兄ちゃん……?」
遠くに逃げるよう言ったのに、アイシャは木の陰に隠れてずっと俺の様子を見守ってくれていたようだ。
「アイシャ!」
かわいい妹の名前を呼んだけれど、彼女は少しおびえたような顔をした。
だからあわてて返り血を服の裾で拭い、いつものように兄のカイトらしい穏やかな笑顔を浮かべてみせた。
おそるおそるではあるものの、トテトテと俺に向かい駆け寄るアイシャ。
彼女の手のひらからコロンとこぼれ落ちた、小さな石ころ。
きっと俺のことを、援護射撃しようとしてくれていたのだろう。
危ないからやめろと兄として言わなければいけないはずなのに、愛しさでぎゅっと胸が締め付けられた。
大きく腕を広げると、彼女はいつものように俺の胸に勢いよく飛び込んできてくれた。
前世での日本人廃課金ゲーマー武内 海斗としての記憶と、今世でのNPC カイトとしての記憶。
そのどちらも俺が生きてきた証として、しっかり頭に残っている。
「大丈夫だった? アイシャ。ケガはない?」
俺の問いに、ポロポロと大粒の涙を流しながらコクンとうなずくアイシャ。
彼女の体にペタペタと触れて無事を確認し、胸を撫で下ろした。
俺に必死にすがりつく、小さな手。
前世の記憶を取り戻した今も、妹を愛しいと思うこの気持ちに変わりはない。
両親がいないこの世界で、こいつを守ることができるのは俺しかいない。
今の俺にとって大切なのは、このかわいいアイシャだけ。
どんなことがあっても絶対に守り抜くと、そう心に誓った。