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VIII 花火大会はすぐそこに

【ランティス視点】


 執務室のデスクにハラリと落ちた私の髪の毛でハッとする。また、無意識に頭を掻きむしっていたようだ。


「もう三週間だぞ」


 私は一向にうまく行っていない平民派の粛清に頭を悩ませていた。平民派のアジトが見つからないどころか、送った手駒達が誰一人として帰ってこないのだ。言うまでもないことだが、フロレンス嬢のドジだけを頼りにしている訳はない。怪しい資金の流れも調査させているし、治安の悪いエリアに屯する怪しい団体には片っ端から尋問をしている。


(何故見つからない……)


 早く平民派の脅威を削がなければ。現状の王政を転覆しようと考える危険思想の団体が蔓延る状態で第二王子とクリスティーヌ様のご婚約を発表する訳にはいかない。


「……なかなか尻尾を掴ませませんね。もう王都には居ないやもしれません」

「資金筋から平民派を探らせていた者達からの連絡も全て途絶えました」


 ジョージとアーノルドの顔もまた沈んでいる。


「連絡が途絶えたということは王都に潜伏しているということだ。必ず見つけ出せ」

「「はっ」」


 二人はすぐに執務室を出る――かと思えば、ジョージだけが振り返ってこんなことを言ってきた。


「心配ですよね、フロレンス嬢のことが」

「馬鹿を言うな。私の計画が滞っていることの方に悩んでいるだけだ」

「けれど、調子を悪くされていらっしゃる」


 何の因果か、フロレンス嬢を送り出してから毎日一日一回はドアの角に足の小指をぶつけてしまう。右足も左足もだ。これをフロレンス嬢の呪いと言わずしてなんと言おう。



 その時、出て行ったはずのアーノルドが血相を変えて飛び込んできた。


「報告いたします! 平民派から何かの予告が来ました! 明日、王城前でハナビタイカイ(?)をすると――」


 ガタッ


 私は思わず立ち上がる。ジョージと顔を見合わせた。


「花火!?」

「花火大会ですって!?!?」


 まだ新人のアーノルドだけが訳がわからないという顔をしている。


「あの、花火大会……とはなんでしょうか。初めて耳にした言葉なのですが」


 アーノルドが知らないのも無理はない。この国では久しく花火大会などという物騒なことは起きなかったのだから。記録では二百年前に起きたのが最後だ。


「花火大会とは――この国の古い言葉で人体から()のように血を噴くまで()薬で爆破し尽くす()()のことです」

「はい?」

「前の花火大会では数千人単位で死傷者が出ている。”大会”などと称して複数人で人体に火薬を埋め込むのだからな。とんだサディスティックな暴動だ」


 二百年前には、歴史的な大増税によって主食を手に入れることが出来なかった庶民達が団結して貴族を爆破したというのだから、その怨恨は凄まじい。


「ご教示いただきありがとうございます。字面のイメージから花火大会は楽しい大会なのかと思っておりました! こちらが平民派が街にばら撒いたチラシになります」


《夜空の下では皆びょうどう! 花火大会をするから、夜、空を見上げてね♡》


 五歳くらいの幼女が描いたようなイラストが返って恐怖を煽る。


「夜空を見上げている好きに体内に火薬を仕込むという宣戦布告でしょうか」

「虐殺をこんなに楽しそうに表現するなど」


 我々は平民派を侮っていたのかもしれない――


「早急に厳戒態勢を敷け!」



 今まで私の想定がここまで外れたことはない。


(ウルド=フロレンス……)


 フロレンス嬢は生きているだろうか。王城に向かう支度をしている最中、彼女との思い出が浮かぶ。学園で直接話したことは数える程しかないが、彼女が破壊した校舎の壁や備品が次々に浮かんでくる。粉々にされた学園長のお気に入りの乗馬セット、びしょ濡れにされたリーズレット嬢のノート。彼女が歩いた後、落とした授業用の薬品でツルツルになった階段などもあった。――最終的に卒業パーティーでの一件が浮かんできて、回想をやめた。


(……まぁ、別に良いか)


 彼女が生きていても死んでいても、私には関係ない。私と彼女は本当に何の関係もないのだから。


「ご報告いたします! 市内で爆発があり、火の手が!」

「どうやら平民派のアジトで間違いないようです」


 金色の長い髪がチラリと脳裏を掠めた。思い出されるのは彼女の屈託のない笑顔――。


「現場を見にいくぞ」


 私達はアジトだという場所に直接向かうことにした。



 あまりの惨劇に誰もが閉口した。

 学園のすぐそばの立地。そこには瓦礫の山が出来ていた。この辺りには貴族所有の倉庫があったはずだったが。


「なんてことだ……」


 誰一人として生き残っては居ないだろう。火は消えていたものの、天井であった筈の板が斜めに地面に突き刺さり、横壁には無惨にも穴が空いている。


「ウルド=フロレンス! 返事をしろ!」


 私らしくない。全く私らしくないが、私は彼女を探してしまっていたのだ。


「これは……!」


 彼女の着ていたドレスの端が見えた。身体のような部分は人程の大きさの瓦礫の下に埋もれている。もしかしたら、まだ、生きているかもしれない。


「待ってろ。今、助ける……」


 私は無我夢中で瓦礫を持ち上げる。ドレスの先――頭があるはずの部分がボロボロと崩れ落ちた。


「フロレンス嬢ーーっ!!」



「呼びました?」


 間の抜けたその声は私の真後ろからした。四角い床がパカっと開いて、地下から頭だけを出した形で、フロレンス嬢は何事もなかったかのように現れた。


「な――」

「あっ、私のウィッグとドレスを掛けてたトルソーくん、ボロボロですね。なんでこの倉庫、爆発しちゃったのかなぁ」


 スルリと立ち上がって地上に出て来た彼女は私の手元を一瞥する。


「あれ? なんでフラミンゴ参謀ここに居るんですかぁ?」


(……。)


 最早声も出ない。


「凄い爆発でしたよねぇ」

「アジトの食堂が地下になかったら危なかったかな、かな」

「花火大会出来なくなっちまった……」

「武器だけは地上にまとめて置いたのに全部おじゃんだな」


 ゾロゾロと地下に居たであろう平民派らしきメンバーが現れてくる。アジトは地下にあったために気付かれず、この爆発に遭っても無傷であったのだろう。


(…………。)


 私はトルソーだったものの残骸を静かに地面に置いた。


「あれ? なんか、寒くない?」

「寒い」

「なんか足ガタガタしちゃう」


「……………………平民派を確保せよ!」

「はっ!」


 こうして、私達は無事に(無事ではない)平民派を無傷で捉えることが出来たのである。

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