V その頃、お屋敷では
【ランティス視点】
「ご報告いたします。西の塔に平民派の残党が襲撃しました! リズリサ=リーズレット男爵令嬢と……その、ウルド=フロレンス子爵令嬢が攫われました」
「そうか」
私の屋敷の執務室に手駒の一人が報告にやって来た。目論見通り、平民派がリーズレット嬢を奪還しに来たらしい。彼女が平民派にとって重要な旗印であることは理解していた。そして、彼女が同じように捕まったフロレンス嬢を放ってはおかないことも織り込み済みだ。
私は手元の書類へと視線を戻す。聞きたい報告は全て終わった。そんな私に手駒は恐る恐るといった風に確認を取った。
「このままで宜しいのですか? ご学友なのでは?」
「問題ない」
この手駒は最近入った男であったか。私にフロレンス嬢を奪還せよだの敵のアジトを探せだのと命じられると思っていかのかもしれない。しかし、私にその気はない。帰って良いのジェスチャーをするが、この男は立ち止まったままである。二十代前半のこの男は絞り出すかのように、だが、はっきりとした意思を持って私にこう進言した。
「平民派は荒くれ者が多く、話し合うよりも先に手が出る者も少なくありません。自らに恥をかかせたからという理由でか弱いご令嬢を見捨てるのですか……っ!?」
(話にならないな)
私は眼鏡を少し上げ、男を見上げる。「ヒッ」と小さな声をあげて男は口を閉ざした。繰り返すようだが、私はまだ臓器売買には手を出していない。
その時、私達の沈黙を破るようにもう一人の手駒が音もなく執務室にやって来た。細目のいかにも身軽そうな男である。
「きちんと説明してあげてくださいよ親分〜」
「ジョージ」
私の一族は代々国の重要な役職に就くことが内定しており、代々手足となって動く手駒を揃えておく習慣がある。この男、ジョージはかつて私の兄の手駒であった男である。その為、二十代半ばのこの男は私に手駒の扱いのなんたるかを語ってくることがあった。
「ただでさえ瓦版でフロレンス嬢との悪仲を邪推されているんですから。単なる私怨でフロレンス嬢を危険地帯に放り込んだ訳じゃないことを説明してくださらないと」
確かに、手駒との信頼関係構築のために適切な情報開示の重要性は理解している。私はフロレンス嬢に関する情報をこの新入り――アーノルドに開示することにした。
「五七五六回だ」
「はい?」
「彼女が三年の在学中に問題を起こし、私の手駒や風紀の者が修繕や工作を行った合計回数だ」
私は過去の記録を取り出す。たったの三年で何度聖♡星叶学園が廃校になりかけたことか。ある時は持っていた荷物が腐って異臭が。またある時は出しっぱなしにしていた水が、錬金術の試料に触れ凍結がと、不幸エピソードは枚挙にいとまがない。そんな彼女を形容するならば――。
「ウルド=フロレンスは強烈な疫病神のような存在だ。味方として置いておくには恐ろしいが、敵の中に潜り込ませるのに彼女程の適任は居ない。やがて水道管の破裂や騒音でアジトもわかるだろう」
「なんと……。し、しかし、そのような厄病神が平民派のアジトでやっていけるでしょうか。すぐに摘み出されるか音を上げるのでは?」
アーノルドの疑問は最もだ。しかし、私はこの件における彼女の有用性を不思議と確信していた。
「彼女は雑草のように逞しく、どんな相手でも自分のペースを崩さない。リーズレット男爵令嬢が居ることからも数日は手荒な真似はされないはずだ」
アーノルドは何故か涙ぐんでいる。
「信じてらっしゃるのですね、彼女を」
私は『何を馬鹿な』と思ったが、余計なことは言わないでおいた。大事なことはここでアーノルドの忠信を買っておくことだからだ。
「それに別働隊として数十人の手駒に襲撃犯を追わせてアジトを捜索させている。三日、いや一日で見つかるさ」