スローライフ
翌週、やってきた役人はびびっていた。
戸を開けたら青ざめた顔で立っていたので、私の方が悲鳴をあげたくらいだ。お化けかと思ったというとあれよりはましだろうよと沈んだ声で言っている。
よほど怖いものらしい。
私はちゃんと見てないし、その後、見かけることもないけど。
役人はどさりと荷物を運んで、じゃ、これでと速攻逃げかえりそうなそぶりを見せた。
それを袖をつかんで阻止する。
「ちょーっと相談があるんでいいですか?」
「……あー、はい」
しばし、私の手と顔を見て、観念したように同意してくれた。なんだ、その往復は。
入り豆茶を煎れて、庭の草がすっごいんですよと雑談を交えながら切り出すタイミングを見計らう。
「少し、ふっくらとしてきたな」
「そうですか?」
「前は骨って感じだった。ちゃんと食べろよ」
オカンみたいなことを言われた。本当にそう思っているようで慈愛の眼差しが眩しい。
くっ、人買いのように連れてきたくせに人の良いやつだ。……まあ、人の良いやつだから貧乏くじ引いてここにいるのだろうけど。
「わかってますよ。
……で、相談がありまして」
「甘いものでも欲しいのか? 飴玉を入れておいたからそれでしのいでくれ」
「飴! やったーっ!」
この世で初めて食べる。高級品だ。好感度爆上がり案件。
ただ、裏もないとも限らない。
「じゃ、僕はこれで」
「待って。
相談ある」
「なんだ?」
「祭壇がほしいんですよ、祭壇」
心底面倒そうな顔をされた。
墓守だというのに墓はない。何を守って祈ればいいのか。存在意義に関することを言えば、気味悪そうに見られた。
本気で、ここで墓守などする人がいると想像もしたことがないのだろう。
好きにしていいと言う投げやりな同意をもらい、好きにすることにした。
面倒なことをこれ以上言われる前にと立ち上がった役人に肖像画ないのか? と聞くとないと簡潔な返答が来た。私は思わず、壁に視線を向ける。かわいそうな画力の似顔絵もどきがある。
役人もそこに視線を向けて、あれなに? と容赦のないツッコミをしてくる。それをスルーした。人には聞かれたくないことの一つや二つ、あるのだ。
「また、来週」
「ああ」
そっけない返事をして出て行ったが、ちょっと遠くからうわあと悲鳴が聞こえた。
……大丈夫だろうか。思わず外を見れば、しゃがみこんでいるのが見えた。扉を開けて大丈夫ですかーと叫ぶ。
「なんでもねーよっ!」
予想を超えた荒い声にちょっとびっくりした。私に対しては声を荒げるようなこともなかったからだ。慇懃無礼が良く似合う。そう思っていたのでちょっと意外ではある。
ちゃんと立ち上がったのを確認して、私はこう叫んだ。
「気をつけてお帰りください」
なにを見たのか知らないが近寄るのはこわいからね。
さて、許可を取ったからには作らねばならない。
そう気合を入れたのは役人が来た翌日だった。昨日は荷物の片付けで手一杯だった。意外と物資があるというか手厚い。ただ、これは相手の好意というより、生活水準の違いと推測できる。彼にとっての最低限が私にとっては上質である、という差。
いいところの育ちなんだろうなぁと今まで着たことのないような服を見て思う。質素だが、今までの着古した服よりもずっといいもの。それですらこんなモノしかないがという扱い。
この世の差を感じる。
……まあ、それはさて置き。
推しの祭壇。
前世で泣きながら作ったものである。あれはガチの祭壇だったが。通販は、偉大で何でもそろうなぁと白目を剥いたものであるが。
ここには通販はないので少ない材料でなんとか、それっぽいものを用意した。毎日とはいかないが、見かけたら花でも飾ろう。
どうか、安らかにお休みくださいと祈ることから始めた。なにかとっても祈りやすい。そして、壁のつたない絵よ……。
もういっそ捨ててと思うが、怨念がこもってしまっているのでいまさら捨てるのもね。
それから一週間後、またしても役人がやってきた。
「いらっしゃい?」
と明けた戸の向こうを見て私は困惑した。
見知らぬ男性が二人追加されている。どちらもいかつい。目があったと思えば、少し嫌そうに顔をしかめた。
「畑の件での労働力を確保した」
「おう。こんなちっちゃい嬢ちゃんに任せるわけにはいかねぇな」
「そうそ。俺らに任せといて」
とっても頼もしい言葉である。ありがとうございます! ととびきりの笑顔 (当社比)で応じた。役人がちょっと引いたような表情だったが余計なことは言わなかった。
この二人はちょいとばかり顔の良いとか、がたいがいいってことは、とか気になるところはあるけどね。役人の知り合いってところで、いいとこの生まれそうなのは確定というかなんというか。
……細かいことは気にすんな! そういう精神大事。
ひとまず、水とお茶の用意をしておこう。この間、麦茶みたいなものを見つけたので沸かしていたのだ。おそらく役人が煎り豆茶に飽きた。あとで食べられてお得というと信じられんという顔をされたし。
このボンボンが! という感想は心にしまって、おいしーですよーと流しておいたけど。
元々この辺りには村があったらしい。今は廃村。廃村、というより真っ平ですが? ということはつっこんではいけない気がした。
というかその話初めて聞いたんだけど。
なにもない土地を開墾するよりずっと簡単と最初にへばったほうの男性が言っていた。かっこつけたけど、肉体労働向きじゃないんだよねとにかっと笑った。
眩しっ! という陽のイキモノだ。
お水かお茶かと尋ねてお茶のほうがいいというので用意してくると隣に座ってくれと言われる。私もあっちの畑のほうをお手伝いに行こうと思っていたんだけど、大人しく座った。
「ヘクターだ。
あっちがデルタ」
そう名乗られると私も名乗らねばいけない気がした。
「セリエです」
この地域では広域分布している名だ。ご町内にはお一人、ご親族にもお一人くらいの名前。
ヘクターと名乗った男性もああ、うちの従妹も同じ名前だ呟く。階級関係なく存在するらしい。君みたいな青い目をしていると懐かしそうに言った。
確かに思い出してみれば、同じ名を持つ人は青い目が多かった気がする。
「青い目が関係あるんですか?」
「うん? セリエは昔いた聖女の名前だよ。青い目のとつくことが多いから、青い目の女の子に贈られることが多いね」
「そうなんですね」
知らなかった豆知識だ。聞けば色々出て来そうだなと質問を考えていると彼は少しだけこちらに身を寄せてきた。
なに!? とちょっと身構えるとごめんねと苦笑いした。
「ランツはちゃんとしてるかなって思ってね。本人に聞こえると拗ねる」
ランツって誰? と思ったが、状況と消去法で役人の名前だと推測がつく。
「優しくしてもらっています」
ちょい盛りくらいに言っておいた。それにヘクターは安心していたようだった。
そう言えば、私たちは名乗っていない。私も、彼も、そうすることを避けていた、ということ。
普通なら名前くらい聞くし、名乗るもんである。そう思うとこの関係の薄っぺらさよ。まあ、別に利害関係で今後も構わないので呼ばないし、名乗らないが。
いつでも、切り捨てられる関係であるほうが、彼にとってもよいだろう。
私はここにいる墓守。
都合が悪くなったら、処分する。そういう役目も負っているのだろうから。
「ヘクター! てめぇさぼってんじゃねぇぞ!」
デルタというらしい男性が今頃気がついたように怒鳴った。暑いのかシャツの袖もまくっている。あら、筋骨隆々。前世の友がいれば目の色を変えたであろうなと思い出してしまった。
「やれやれ。
お嬢さんがびっくりするじゃないか」
そう言いながら、ヘクターは立ち上がった。
デルタは、お、すまんな、お嬢ちゃんにじゃないんだと焦ったように言っている。あちらは気のいい兄ちゃんのようである。
ヘクターはやだなあと言いながら石拾いをはじめ、楽そうなの選んでんじゃねぇとまたどやされていた。役人のほうはまあ適度に手を抜いているようだった。
見た目は平和そうな光景だった。
「……ああ、心臓に悪い」
私の両手は汗びっしょりだった。
優しそうで柔らかくて、でも、全く笑っていない目が怖かった。墓守として大丈夫か品定めされたんだろう。
余計なことをしないようなモノであるか。
わが友を害するものではないか。
そういう審査をされた。こわいこわい。当の本人はなにやってんだという全くわかってない顔をしていることも。
その日のうちにそこそこ土は耕され、使える範囲が広がった。明日には今まで頑張ってくれていた野菜たちをお引越しさせる。
「泊まったほうがよくない?」
という二人組を引きずるように役人は帰っていった。
よほどの何かがマジでいるっぽい。私がわからないなにか。私、推しの加護があるからわかんないのかしら?
……まさかね?




