幕間 3
「こんな辺鄙なところに一人きりってかわいそーだろ」
そういうデルタにそういうのは上のやつに言えと返した。まあ、そうだねぇとのんびりというヘクターはどこか楽しげだ。
なんでこんなことになったのか。
僕は気が進まないながらも墓守のいる家に向かっていた。
事の発端は、失言である。中央から伝令としてやってきたのが友人であったからうっかり漏らしてしまったのだ。
墓守の娘はよくやってくれた。
しかし、じいと見つめる青い目が、落ち着かない。不気味で。という部分だけぼかしてそう友人に話したのが悪かった。さすがに女性に対して不気味というのが後ろめたかったからだが、盛大に勘違いされた。
それは恋だとからかう友人二人に、違う、あれはそういうものではないと否定するとより興味をもったようだった。
あまりにも言うので畑を作りたいと言っていたからと労働者として連れて行くことにした。
彼女は予告なく人がやってきて驚いたように目を見開く。そういう驚きの表情には可愛げもあるような気がした。しかしなんとも言えない違和感があった。
そう、もうちょっと小さかった気がしたのだ。ふっくらとしてきたのは前来た時に気がついていたが、それのせいだろうか。
首を傾げている間に友人の二人は彼女に気さくに声をかけていた。
彼女はちょっと腰が引けていたが、にこりと笑ってよろしくお願いしますという度胸はあった。
現役騎士をやっているような図体のでかい男に対してまともに対応する若い女性は珍しかった。我々は残念ながら顔の良いの範囲には入っていないので怯えられる方が多かった。
「いい子じゃないか」
デルタが上機嫌にクワを振り上げている。最近力仕事がないからなと言っているが、若い娘に頼られたということが上機嫌の理由だろう。
しばらくするとヘクターが抜けた。
なにをしているのかと思えば、彼女を横に座らせて休憩している。厚かましくもお茶を要求していたようだった。
なんだか、ちょっとムッとした。サボりやがって。
「なんだ?」
「あれ」
そう言ってサボりをデルタにも報告する。
「ヘクター! てめぇさぼってんじゃねぇぞ!」
即お怒りの声が飛んだ。まったく、と言ってから、僕を見て苦笑いした。
「おまえもそんな顔することあるんだな」
「どんな顔だよ」
「気に入らねぇってかんじ」
「なにがだよ」
そこからは黙々と土を耕させ、夕刻になる前に引き上げた。
不用心だから泊まってもという二人を引っ張っていくのは大変だった。この二人があれを見る必要はないだろう。そう思ったからだ。
ああいうものは、見ないでいい。
彼女は全くそれを見てないようだった。おそらく、なににも関わってないからだろう。
「セリエちゃんって、それなりに良い家の子だよね。よく、家の人が許したね」
「誰だ、セリエって」
帰り道でいきなり言われた名に困惑する。確かヘクターのいとこにセリエ嬢がいたが、その話をされたのではないだろう。
「…………あの子の名前も聞いてないのか?」
「聞きそびれた」
「ああ、だから、お前の名前言った時に一瞬、うん? みたいな顔したんだな。
名乗ってないだろ」
「いらないだろ」
「……ほんと、ランツは甘いな」
「礼儀がないのではないか? 淑女に対してなってない」
憤るデルタは彼女が気に入ったようだった。頼りになる、すごい、と称賛の眼差しを向けられていたからだろう。
いい感じに使い倒されていたという事実は告げないほうがいい。デルタが落ち込む。そっか、そうだよな、というのが数日も続くと鬱陶しい。
「で? いいとこのお嬢をどう口説いたんだ?」
「いや、ただの街の子だよ。布を織る仕事をしていたが、工場が潰れて困っていたそうだ」
「……ほんとうかな?」
「家まで行ったから確かだよ。
どこを見ていいところの生まれだと思ったんだ?」
「発音。それで下町の生まれなら、親のほうが落ちぶれた貴族出身だったりするかもしれないな」
確かに彼女には下町の訛りがない。聞き慣れた発音のせいで全く気が付きもしなかった。そういえば、父親のほうも下町の訛りがなかったように思えた。
所作も下品と感じることがなかった。つまり、自分にとって違和感のない程度の教養がある。
三男と言えど、元貴族の家に生まれた自分と同等のものをあの下町で? 改めて考えるとどうにもおかしい。
「気のせいじゃないか?」
しかし二人にはそれを告げることもなく、気の所為で片付けることにした。
ヘクターはそうかもねと気にしたふうでもない。でも、気になる女性ではあるなと続けた。痩せすぎではあるが可愛らしいし、明るく頑丈そうに見えると。
僕はそれを黙殺した。なにか言えばからかわれる気がしたのだ。
その後、友人たちは中央に戻ると言うので見送り、僕は近くの街を回った。水が腐ったと言われた地では元の状態に戻りつつあり、奇跡と騒いでいた。土地が枯れたと思われた地では雑草が増えていたが、なにも生えぬよりもずっといいと喜んでいた。
彼女があの地についてからずっと良くなっている。中央も病が治まりつつある。病で削げ落ちる肌を思い出してぞっとする。最悪なことに、その症状には命の危険はないらしいということだ。悪化せず、治りもせず、ただずっと痛みをこらえているしかできない。
墓守を置くことで病にも効果があったので、そのままその地に留めるようにとの命が届いている。ついでのように様子をしばらく見てから帰還するようにとも書いてあった。
やっと、この田舎回りともお別れできる。そう思うと嬉しかった。
しかし、どこか引っかかりがあった。なぜ、墓守を置いて結果、病が治り始めたのか。水が、土が戻ったのか。墓守は誰でも良かったのだろうか。そういったところを誰も考えていないように思えた。
あるいは、考えたくないと。
……考えるのは僕の仕事ではない。墓守は誰でも良かったのだ。あの辺境で一人でたくましく生きている彼女の平穏のためにも。
そう思っていたのに、中央に帰還後から徐々に状況が悪くなってきた。もとよりも更に悪く思えたのは良くなっていったという期待分だろう。
慌てたようにあちこちが調査を始めるが、結果だけがわかり、なにが原因か不明のままだという。
また呪いで誰かが悪いことをしたのだと皆が皆を疑い始めた。
そこで、誰かが思い出した。墓守のことを。
墓守の身になにかあったのでは? と僕がまた招集された。上司の無茶振りに頭が痛いと出向いた先では女神教会の司祭がいた。
墓守がいなくなったらもう一度、探すためあちこちを巡ってほしいという話をされた。もう、いない前提の話にいらっとするが大人しく拝命した。
そこで司祭がなぜいるのかということを説明された。
一年ほど前に女神からの宣託があった。女神の加護の厚い娘がこの国にいるので国内を探したが見つからない。下町やそれ以下の娘の可能性もあるので、墓守の娘を探すついでに教会から数名、同行したいと。
司祭の同行を了承する代わりに、同行者を増やすことを提案した。
司祭様を守るには一人では手が足りないという話はおかしくもないだろう。
なにもないとは思えないから、使える手は多いほうがいい。
残念ながら、嫌な予感だけはよく当たるんだ。




