性悪王妃と恋のライバルの姫が秘薬のせいで愛し合ったらどうなるか?~愛は世界を救うか、それとも破滅させるのか?~
悪名高い薬剤師ダークロットがエンドニア帝国の皇帝グルテンの元へ現れた。
「グルテン陛下、ご注文の薬がとうとう完成致しました」ダークロットが言った。
「おう、これがそうか!」
皇帝グルテンは興奮気味に答えた。
「これさえあれば、俺はプリンタルト姫を手に入れられる。
そうすればサイタミア王国は俺の物だ。ウヒヒヒヒ」
王はいやらしい笑みをこぼした。
「これが、『記憶を失い、再び目が覚めて初めてみた人間に全ての愛情を捧げる』薬です」
ダークロットは透明な液体が入った瓶をテーブルの上に置いた。
「なんか長いな、名前を付けよう」
グルテンは瓶を見つめながら考えた。「そうだ、『愛の呪縛』とでも呼ぶか」
「良い名前ですな、陛下」ダークロットは不気味に笑った。
「それにしても、おうらやましいですなあ陛下。
プリンタルト姫のように美しい方は滅多にいらっしゃらないと聞いております」
「俺は直接会ったことがあるから断言するが、あれほどの美しさは俺の妹のクリームタルトとタメじゃないか」
「なんと!それでは世界一と言ってもいいくらいの美女ではないですか!」
「それだけじゃないぞ、兄の俺が言うのもなんだが、我が妹はちやほやされて育ったせいか性格が悪くてなあ。
それに引き換えプリンタルト姫は質実剛健というか武芸の鍛錬に明け暮れているせいで裏表の無い性格らしい。あれは惚れたらつくすタイプだぞ。ふふふ」
隣国の姫に関する帝国の情報収集は、その辺は完璧らしい。
「それは、普通の家庭ならよろしいでしょうが、王族でそのご気性は」
「いいんだよ、恋の虜になって、俺の言う通りに動く、操り人形の方が御しやすい」
グルテンは下卑た笑みを浮かべた。「まあ、力が強すぎるのが玉にキズだが」
グルテンは昔、チーズフリート王と一緒にサイタミア王国の御前試合に参加したことを思い出していた。
プリンタルト姫が、「自分より強い男と結婚する」と宣言し、結婚相手を探す大会が開催されたのだった。あの当時のことをグルテン王は思い出していた。
俺は武芸にはいささか自信があり、相手が女だと侮っていたが、あの石投げには本当に驚いた。12人がかりで運ばれたのは、ありゃ石ではなく岩だろう。
隣のチーズフリートも青ざめていた。肩の上まで石を持ち上げたのも、チーズフリートとプリンタルトの二人だけだったし。俺は適当な理由をつけて棄権したけど、あの怪力は人間ではないな。
ダークロットが思い出にふけるグルテンを呼び覚ますように言った。
「しかし、今回のご依頼は苦労しました。金額は高くつきますぞ」
「構わん、これでサイタミア王国が手に入れば安いものだ」
「このようなややこしい薬は初めてです。なぜ普通の媚薬ではだめなのですか?」
「それは、恋敵の事を覚えていられると都合が悪いのだ」
色と欲の両方がかなう皇帝グルテンは口が軽くなった。ダークロットは口の堅い男である。
「これは周知の事実だから話すが、プリンタルトは『竜殺しのチーズフリート王』に未だに恋しているらしいのだ」
「なるほど、それはややこしい事になりますな」
グルテンの統治するエンドニア帝国は北に新興国のサイタミア王国、南をチーズフリート王のカナーギア王国に挟まれていた。しかも、グルテンの妹クリームタルトはチーズフリートのところへ嫁いでいるのだ。過去の記憶にとらわれていると、大事な時に自分に服従しなくなる恐れがある、グルテンはそう説明した。
◇◇◇
グルテンは早速、宴会の準備を整え、プリンタルト姫を招待した。長身の姫は美しいドレスをまとい、きらびやかな宴会場に現れた。グルテンは上機嫌で、姫に秘薬を勧めた。
「これは、『愛の呪縛』という特別な酒でしてな、一杯分しかありません。
とびきりの美味しさに加えて、健康と美容にもよいのです」
グルテン自らの手で姫のグラスに秘薬を注ごうとした。
しかし、その時突然、グルテンの妹のクリームタルト妃が宴席に現れた。
(しまった!そういえば、妹が里帰りしていたことを忘れてた。
こいつ本当に性格悪いからなあ。何も起きなけりゃいいけど)
グルテンは嫌な予感がしたが、時すでに遅し。クリームタルト妃はプリンタルト姫の向かいの席に優雅に腰を降ろした。
クリームタルト妃は、エンドニア帝国という長い歴史がある王族出身である。しかも、天下の英雄、竜殺しのチーズフリート王と結婚し、今はカナーギア王国の王女という身分であった。
比べて、サイタミア王国は新興国でプリンタルト姫の父が王国を統一したばかりの国であった。しかもプリンタルトはすでに20代後半というのに未だ独身である。
ゲストとはいえプリンタルト姫との格の違いは歴然だと言わんばかりの態度で、妹のクリームタルト妃は彼女に接した。
グルテンは場を和らげるため、プリンタルト姫のグラスに秘薬を注いだ。
妹のクリームタルト妃は、隣国の姫に注がれた酒を見て、皇帝グルテンにそれは何かと尋ねた。
「これは『愛の呪縛』という高価な薬酒なのだ」グルテンは応えた。
「兄上、私も各国で色々なお酒をたしなみましたが、そのようなお酒は聞いた事がございません。
このお酒の効能はどのようなものでしょう?」
グルテンは、本当のことが言えないので、適当なことを言ってごまかした。
「嫌なことを忘れ、純真な心を取り戻し、美容にもよい薬なのだ」
「そういう事でしたら、ぜひ私も賜りとうございます」クリームタルトはせがむ。
「いや、これは大層高価な酒でな。1杯分しかないのだ」
「それなら、なお一層頂たいものです」すねるクリームタルト。
すると、プリンタルト姫はグラスを差し出した。
「そういう事でしたら、クリームタルト様どうぞお召し上がりください」
グルテンは内心焦った。
「それはいけません。貴方はこの宴の主賓です。ぜひお召し上がりください」
そう言われると、王族の礼儀作法上、従わなければならない。
クリームタルト妃は何も言えなかった。しかし、物欲しそうにせがむ目でプリンタルト姫を見た。
「それでは、こう致しましょう」
プリンタルト姫は、いきなりグラスの半分を別のグラスに注ぎ、等分に分けてクリームタルト妃の前に置いた。
「我が国とエンドニア帝国、カナーギア王国の繁栄を祝して!」
プリンタルト姫はクリームタルト妃と乾杯をした後、秘薬を一気に飲み干した。
もう、止めようがない。クリームタルト妃も目の前のグラスを飲み干した。
「ふう、なんと美味しいお酒だ!」プリンタルト姫は言った。
「誠においしゅうございます」クリームタルト妃も相槌をうった。
二人は段々饒舌になって来た。これでは普通の酒と変わらん、グルテンは思った。
口が軽くなれば、話も弾む。最初、プリンタルト姫とクリームタルト妃は仲良く話し続けた。
「おほほほほほ」クリームタルト妃が急に笑い出した。
体が小さい分、薬の周りも速そうだ、皇帝グルテンはそう思った。
「やっぱ女はね、一流の男と結婚してなんぼよ」
クリームタルト妃はいきなりとんでもないことを口走った。
思っていることが駄々洩れ状態になってるよ。あの蓮っ葉な物言い。やばい、性格の悪さがもろ出しだよ。
「恐れ入ります。私など殿方とのご縁がなくて……」受け流すプリンタルト姫。
「まあ、私の夫のチーズフリート王ほどの男は、他にいないけどね」
クリームタルト姫は徐々に早口になり、言葉の抑制が外れた出した。
「私もそう思います」プリンタルト姫はあくまでも丁重である。
「おい、クリームタルト!今日はその辺にしておけ。お前は悪酔いしすぎたから部屋へ下がれ」
グルテンは命じた。
「何言ってのよ」目が座ってる。クリームタルトは、ゆらりと立ち上がりプリンタルト姫に指さす。
「チーズフリートは言ってたわよ。アンタ!昔彼に言い寄ったたでしょう!この泥棒猫!」
この言葉にさすがのプリンタルト姫の顔も青ざめた。半分当たっているのも事実だった。
サイタミアの御前試合、石投げ競技の時、姫はチーズフリートに初めて会ってその端正な容貌に一目ぼれしたのだった。
あの日競技の石を持ち上げるのが精一杯のチーズフリートが1メートルほどしか投げられなかったのに対し、姫は手を抜いて負けた。つまり、チーズフリートと結婚してもよいと思って生まれて初めて試合でインチキをしたのだった。
「泥棒猫とは何事だ!私がチーズフリート殿と合ったのは10年も前のことだぞ」
「フン!あんたみたいなブス、チーズフリートは色目を使われて参ったって笑ってたわよ。
あんたはカレに振られた、私は勝った。あんたなんかただの負け犬よ!」
「おい!衛兵!妹を取り押さえろ!」
しかし、その時、不気味な音が大広間に響き渡った。
「ミシッ!!」
硬いチークのテーブルにプリンタルト姫の指が食い込んだ音だった。
「止まれ!二人に近づかない方がいい!」
グルテンは衛兵を止めた。
(普段は温厚なプリンタルト姫なので忘れていた、コイツは御前試合で大石を投げた怪物だった。あの時は何歳だった。確か16歳の記念試合だった。下手に刺激しない方がいい)
酩酊状態になり、抑制が効かなくなっているクリームタルト妃の悪口雑言は続いた。恐怖をまったく感じてないらしい。王族にあるまじき実に汚らしい言葉遣いで、プリンタルト姫に対して売春婦を意味する単語を連発した。
サイタミア王国から姫のお付きの者もこれを聞いている。このままではただでは済まない。サイタミア王国とカナーギア王国の外交問題にまで発展するだろう。
プリンタルト姫にも薬は回って来たのだろう。
「バキッ、バキバキ!!」
身も凍るような音でチーク材をウェハースのように引きちぎっていたが、やがて悔しさの余り泣き出した。
「カナーギア王国と戦争だ!国の草木一本残さず、全員皆殺しにしてやる」
クリームタルト妃は、癇に障る甲高い笑い声を上げた。
「その前に『究極破壊呪文』でサイタミア王国の国土ごとお前を消滅してやる」
究極破壊呪文!?あの魔法は我が国含め数カ国しか持たない機密事項だぞ……。
まさかカナーギアが密かにアレを保持しているのか?
アレを、使ったら一発で術者ごと全世界を丸ごと消失させるくらいの破壊力で、防御手段が一切ない、敵も味方も全滅させる最終手段なんだぞ。分かって言ってるのか?
グルテンは妹の話を聞いて冷や汗が止まらなくなっていた。
このままでは、究極破壊魔法を発動する以前にサイタミア王国とカナーギア王国で戦争が始まってしまう。そうなったら、二国の中間にある我が国は巻き添えを食うかもしれない。まずい、それだけは絶対に阻止せねば。
こうなったら、かわいそうだが我が妹を殺してでも喧嘩を止めるしかない。後でプリンタルト姫を犯人に仕立て上げて、邪魔な目撃者も全員口をふさぐ。
グルテンは衛兵に目配せをした。一斉にクリームタルト妃に襲い掛かろうとする。
「チャブダイ・ガエーシ」その時、プリンタルト姫が叫んだ。
プリンタルト姫は、異世界で星野一徹から密かに学んだ技を繰り出した。
と言っても単にテーブルをひっくり返すだけのことだが、数百キロもあるチークの一枚板のテーブルをぶつけられれば普通の人間なら必ず死ぬ。
その技をプリンタルト姫は、小柄なクリームタルト妃に向かって放った。
「ブーーーン」不気味な音をたてて、テーブルは飛んでいく。
しかし、薬の影響で抑制が解放されたせいで勢いが余り、テーブルは真上に舞い上がり、クリームタルト妃の頭をはるかに越えて、天井にぶつかった。
「グワッシャーン!!」
激しい音を立てて、天井の破片と伴に床に落ちて来た。
「うわああぁぁぁぁ~」グルテンも衛兵も自分の身を守るため必死だった。
「危険だ!退避しろ~!」
二人を除いて大広間の隣の控えの間へ避難した。あわよくば、プリンタルト姫がクリームタルト妃を殺害してくれればという願いもあった。
しかし、控えの間から観察したところ二人ともぐっすりと眠っていた。
◇◇◇
これからどうしたものか、皇帝グルテンは家臣と協議した。結論としてはプリンタルト姫とクリームタルト妃は、大広間でしばらく寝かせておこうという事になった。
グルテンは家臣には理由を明かさなかったが、秘薬『愛の呪縛』を飲むと一日眠り続ける。だからプリンタルト姫が目を覚ますころを見計らって自分一人がそばに立てば、プリンタルト姫はすべてを忘れ、俺の顔を見て恋に落ちるはずである。そのために、部屋の外に見張りを立てて自分だけが中に入るのだ。
表向きの理由は、プリンタルト姫が危険で近寄らない方がいいという事にした。彼女の怪力を見た衛兵たちはあえて逆らうものはいなかった。何か変わったことがあったら報せるように言って、グルテンは寝室に戻り休憩を取った。
◇◇◇
朝になった。グルテンは広間から音がするという知らせを聞いて広間に駆けつけた。朝日が広間に差し込んでいた。控えの間から見ると、プリンタルト姫が起き出すのが見えた。
(薬の量が半分なので眠る時間も半分になったのだろうか?)
グルテンは慌てて中に入ろうとしたが、衛兵たちに止められた。衛兵たちを説得するのに時間を取られた。最後は帝命であるとして広間に入って行った。
グルテンはプリンタルト姫の顔を見た。恋する女の顔だ。瞳がキラキラ輝いている。
しかし、その瞳の先にあるのはグルテンではなく、眠っているクリームタルト妃だった。
クリームタルトを見るプリンタルトの表情は、心が高鳴るのが抑えられない少女のようであった。彼女の胸の中で芽生えた初めての恋で感情を揺さぶられ、懸命になってクリームタルト妃を揺り起こそうとした。
「美しいお方、どうか目を覚ましてください」
クリームタルト妃も眠りからさめる時間だった。(誰かが私を呼んでいる)
目を開けると、そこには美しい女性の顔が目に映った。クリームタルトはたちまち目の前の美しい女性と恋に落ちた。
「あなたは……誰ですか?」クリームタルトはそっと尋ねた。
「私……わかりません」プリンタルトは困惑した表情で答えた。
「でも、あなたが目の前にいると、心がとても暖かくなります」
「私もです」クリームタルトは優しく微笑んだ。
「あなたの名前もわからない。でも、なぜかあなたをとても大切に思います。
でも、ずっと前から知り合いで、きっと深く愛し合っていたのだと思います」
「私もそう思います。記憶がないので、今までの二人を思い出すことはできませんが、これからは決して離しません」
プリンタルト姫は答えた。
「いつまでも二人きり……」
「そう、いつまでも……」
恋する者に多くの言葉は要らない。二人はお互いの存在を確かめるように見つめ合った。やがて、抑えきれない感情が高まり、二人は熱い抱擁を交わした。その瞬間、長い間抑えていた愛情が溢れ出し、プリンタルト姫の唇がクリームタルト妃の唇にそっと触れた。口付けは静かで、しかし情熱的で、すべての思いを込めたものであった。
記憶を失ったクリームタルト妃は、何とも無邪気な愛らしい顔だった。
こうして見ると、世界一とも言われる美しさの裏で、権謀術数渦巻く王族の争いにつかれた妹は目つきが悪かった。今の妹は、なんと小さく華奢で十代の汚れなき娘にも見えるではないか。
プリンタルト姫、サイタミア王国、そしてあの薬の代金、失ったものは大きかったが、世界の破滅が回避できたことを考えれば安い物か……。
それにしても、美女二人が愛し合うのは見ていても気持ちのいいのではあるな。
このまま世界が平和であればいいな。ああ、愛し合う二人の姿を見ていると、こちらまで心が洗われるようだ
一時的にせよ邪心がなくなったグルテンは、頭の回転が速くなったように感じて更に何か思いついた。
そうだ、これを機にエンドニア帝国、サイタミア王国、カナーギア王国の3国同盟を結成したらどうだろう。世界の国々も我々の3国同盟に敵う国はない。さすれば、誰も成しえなかった世界平和も夢でないな。間もなく、サイタミアのハムブレッド王、カナーギアのチーズフリート王もこちらへ到着する。
柄にもなく、ほのぼのとしているグルテンだったが、そこに薬剤師ダークロットが現れた。
「陛下、火急のお呼出と聞いて参上いたしました」
「遅かったな、ダークロット。しかし、すべては解決したぞ」
グルテンは、薬剤師に今までの経緯を話した。しかし、薬剤師はびっくりした様子だった。
「そんな、困りますよ。薬は用法用量を守って使ってもらわないと!」
「しかし半分の量でも薬は効いたぞ」
「これだから、素人は困るなあ。薬に用法用量があるのは実験データを積み上げた、それなりの根拠があるんですから」
ダークロットは、手帳を開き過去の実験データをひっくり返した。
「あ、記録があった!」
「何か問題があるのか?」
「あくまでネズミの実験結果ですが。用量を半分にした場合は、薬は効いたように見えますが、2~3日で記憶を取り戻します」
「そ、それってどの辺までの記憶?」グルテンは、おろおろしながら尋ねる。
「ネズミは喋りませんからね。薬を飲んだ直後の事まで覚えているかどうかは確認出来ません」
ダークロットは、手帳のページをめくっている。
「あ、でも、一匹分の薬を半分づつ二匹のネズミに投与した実験結果がありました!
通常の半分の時間で眠りからさめた後、仲良くなった二匹のネズミは・・・・・」
彼はグルテンに向き合ってこう答えた。
「記憶が戻ると、二匹はこれまでないくらい、お互いに攻撃を始め、激しく噛み殺しあって、両方ともすぐに息絶えました」
もしも、少しでも「面白かった」「良かった」などと思ってくださいましたら
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