Episode.7 ウィリアム視点
それから1週間が経ち、今日はエリーとのお茶会の日だ。
「今日、お茶会の日だね。」
「ん?あぁ。そうだな。」
「エリーを迎えに行かないの?恋人なのに。」
少し圧をかけてみる。
エリーと付き合ったのは冗談だったと言って欲しい。ドッキリだと。
確かに、仕事を優先して蔑ろにしてしまっていた自覚はある。
そのせいで、寂しい思いをさせてしまっていたのかもしれない。
「確かに。恋人なら迎えに行くのが普通か。」
エディはそう言うと、んじゃ迎えに行ってくる。と早速行ってしまった。
しまった、余計な事を言うべきではなかった。
こんな風に迎えに行くのが習慣化してしまえば、彼女達の仲はさらに深まってしまう。
後悔先に立たず。僕は茶会の用意を命じ、それに間に合うように仕事をこなした。
「失礼します。辺境伯からの定期報告が届きました。」
「ご苦労。」
エディと入れ替わり、もう1人の側近が分厚い封筒を持って来た。
僕の仕事は主に国境側の領地の総括。僕の仕事が忙しくなってしまったのも、辺境伯から届いた報告書のせいだった。
ペーパーナイフで封筒を開け、早速中身を確認する。
最初の報告書から変わりなく、隣国の動きが怪しいという旨の手紙だ。
武器の調達を始めるために、鍛治職人をたくさん集めていること。我が国からも数十名の職人が移住した事が記載されていた。
その中でも、特に気になる報告が。
“最近、地方の貧民街にて怪しい吸い物が流行っております。使用していた貧民を捕まえ、入手経路を尋ねたところ、素性の分からない浮浪者が週に1度やって来て、興味を持った者たちへ配り歩いていたそうです。
それを吸うと、痛みや悩みが消えて陶酔感や性的快感に浸れるとの事。
それでも回数が多くなればなるほど、効き目が弱くなったと感じ大量に吸いたくなるそうです。
完全なる中毒となっておりました。
浮浪者はその吸引物を「アヘン」と。
こちらでも調べ、またご報告させていただきます。ですが、場合によっては皇太子様に足を運んでいただく必要があるかと。”
アヘン…聞いた事の無いものだ。そのような危険な物が出回っているとは、王都の方、特に貴族にまで回らないように注意しなければ。
そんなことを考えながら、時計を見る。時刻は茶会の始まる5分前。
丁度キリのいいところまで終われたので、僕は用意された席へ向かう。
椅子に座るなり、目の前のティーカップに侍女が紅茶を注いでくれる。
僕はそれを手に持ち、ありがとう。と軽く微笑めば、侍女は顔を赤くして頭を下げる。
今まで僕を見て顔を赤く染めなかった女性はいなかった。エリー以外は。
自分で言うのも何だが、僕の顔、スタイル、振る舞い、どこを切り取っても完璧な皇子だと思う。
だって、小さい頃からエリーはそんな人が好きだと言っていたから。
なのに、どうして、粗雑なエディなのだろうか。
僕とは真反対だ。僕の今までの努力は……
そんな事を考えていると、遠くから彼女達が歩いてくる姿が見えた。
腕を組み、楽しそうに笑い合う姿は誰が見ても想い合う二人だ。
腹の奥からふつふつと燃え上がる怒りを抑え、紅茶を一口頂く。
彼女達は立ち止まり、僕を視界へ捉える。
エリーは僕と目が合った瞬間、腕を離し少し後ろめたそうに目を泳がす。
そんな姿もとても可愛い。でも、可愛い以上に憎い。
僕以外の男にエスコートなんかされて。
僕以外の男の腕に腕を絡めて。
エリーは、僕がどれ程君を愛しているのか知らないから、そんな酷いことが出来るのだね。
「帝国の太陽、ウィリアム皇太子様へご挨拶申し上げます。」
そう言って軽くカーテシーをする彼女。
約1ヶ月ぶりに聞く声。可愛い。ずっと僕の隣にいて、小鳥のように囀っていて欲しい。
誰にも聞かせず、ずっと僕だけの為に話していて欲しい。
そんな事は、一生叶わないのだろう。
エディはと言うと、席に着くなり菓子を平らげ、やりたいがままに振る舞う。
そんな性格が、立場が、少し羨ましく感じた。
「ねぇ、どうして2人は腕を組んでいたの?」
エディの事だから、僕へ報告していることはエリーに黙っているのだろう。
それは仕事上当然のことだが、何も知らない体を装って聞いてみる。
「あぁ。俺ら付き合うことにしたんだ。な?リズ。」
リズ……初めて聞く愛称に、紅茶を飲む手が一瞬止まる。
彼女の方を盗み見ると、突然の振りに紅茶を噎せかけていた。
そんな少しそそっかしい姿も、とても可愛らしい。
「えぇ。なのでウィル様、婚約破棄をして頂きたく……」
最後まで言わせるものか。絶対にそんなことは許さない。
僕は焦りに身を任せ、エリーの話を遮ってしまった。
「付き合ったのは分かったよ。どういう経緯でそうなったの?」
身を任せすぎただろうか。レディーの話を遮る事は、侮辱にも当たる行為だ。
だが、ここは何としても話題を変え、押し通さなければ。
焦りを隠すために笑顔を作る。
「俺が口説き落としたんだ。お前が出れないお茶会の時に何度もな。実はずっと昔からリズの事が好きだったから。」
へぇ。この前聞いた時は秘密だと言われたのに。
エリーの前ではあっさりと答えるのか。
エディの言葉に顔を赤くする彼女。その顔は僕がさせたかったのに。
あぁ。本当に腹ただしい。僕のエリーを奪いやがって。
そのリズと言う愛称も。どうして違う愛称で呼んでいるんだ。
「そうなんだ。で、どうしてエリーのことをリズと呼んでいるの?」
ただ質問しただけなのに、黒くドロドロした感情が溢れてくる。
こんな事になるのならば、本当に、早く捕まえて僕だけが知る場所へ閉じ込めて置くべきだった。
「どうしてって、エリーだとウィル達と被るだろ?恋人になったんだから、俺だけの愛称で呼びたくて。な?リズ。」
そう言ってエリーの髪の毛にキスを落とす。
あぁ。今すぐ髪の毛を洗ってやりたい。変な虫の成分がついてしまったではないか。
こんな質問するのではなかった。あぁ、本当に。
最近は後悔する事が多いな。
「そうなんだ。」
怒りを悟られないように、出来るだけ、冷静に。
そんな僕の気持ちを他所に、彼女は期待の籠った瞳を輝かせ、再び僕に言い放つ。
「では、婚約破棄という事で…」
「しないよ?」
怒りから、再び言葉を遮ってしまった。
あぁ、本当に今日の僕は子供じみている。
エリーは残酷だ。理由なんて尋ねて。そんなの僕がずっと。ずっとずっっと、君を愛しているからに決まっているのに。
こんな状況で、言えるわけが無い。
本当に、エリーは残酷でいて、とても綺麗なのだから。愚かな存在だ。