Episode.4
それからことある事に、ウィル様はエディとのデートに同行してきた。
今まで仕事が忙しいから、と疎かにされていたお茶会も、週に一度ではなく2日に一度、エディと3人で開催されるようになった。
そして原作が始まる地方視察まで、1週間を切った今日。
今日は王城で夜会が開かれていた。
婚約者のいる人達は各々パートナーとなり、居ない令嬢達は父兄をパートナーとし、独身の貴族男性と親しくなる。
言わば王城主催の合コンだ。
いつもの様に夜会へ向かうべく屋敷を出ると、家の前にエディが立っていた。
今日のドレスは、エディに贈ってもらったものだ。透き通るような水色のドレスは、エディやウィル様皇族特有の瞳の色。
そして身に付けている宝石も、ドレスに合わせてエディが選んでくれた物だ。
エディは白ベースで、金糸の入った正装。カフスボタンやブローチは、さりげなく私の瞳の色である、ミントグリーンのベリルがはめ込まれている。
とこでそんな宝石を…と言う疑問を飲み込み、私はいつものようにエディの馬車へ乗り込んだ。
「いつも綺麗だけど、やっぱり俺が選んだドレスを来てるリズは格別に綺麗だな。」
そう言って自画自賛しているように、ウンウンと頷くエディ。
本当に調子いいんだから。と冷ややかな視線を送りつつ、少し口角が上がってしまう口元を隠すためセンスを取り出す。
「私は美しいんだから。何を着ても似合うのは当たり前じゃない。」
素直に嬉しい。ありがとうと言えない私。
仕方がない。前世合わせて恋愛経験ゼロなのだから。
なんだか最近、嬉しさを誤魔化す為の言動が悪役令嬢じみて来ている。
こんな事じゃ原作が始まる頃には本当に、小説の中のエリザベスのようになってしまうかもしれない。
それだけは絶対に嫌だ。
私は気合いを入れ直すために、両手で頬を叩いた。
少しじんじんするが、緩まった気持ちを引き締めるためにも、このくらい痛みがある方がいい。
「ほんと、調子狂う。」
「え?何か言ったかしら?」
窓越しに流れる景色を眺めていた私を見つめて、エディがぽつりと呟いた。が、馬車の揺れる音であまり聞こえなかった。
「そういえばお前…」
しばらくの沈黙が続いた時、エディが口を開いた。
しかしそのタイミングで、馬車が王城の玄関前へ着いてしまった。
周りには下級貴族が玄関前を避けて馬車を停め、城へ入っている途中だ。
「今日が勝負時なんだから、しっかりやれよ。」
エディはそう言うと馬車を降り、エスコートのために手を差し出す。
私はその手を取り、馬車から降りる。
周りはそんな私達を見て、唖然としていた。
中には、エディ目当てで来ている令嬢も居るだろう。彼女たちは私達を見るなり、失神したり、怒りからか睨みつけてきたりしている。
だが、エディはそんなのお構い無しに私と腕を組み、夜会の行われる大広間へと向かった。
大広間の入口では、長年城に仕えている家令が貴族の招待状を確認し、大きな声で紹介していた。
高位貴族となれば顔パスだが、めったに夜会に来ない貴族たちは確認が必要だ。
暫く並び、私たちの番が来た。
家令は私達を見るなり、驚き、一瞬で真顔に戻った。
そして誤魔化す為か、軽く咳払いをして、大きく口を開けた。
「エドモンド・カルリーニ公爵子息並びに、エリザベス・ロレーヌ侯爵令嬢のご入場です!」
その言葉を合図に、会場にいた全員が私たちへ注目する。
向けられる視線には様々な思いがこもっている。
驚き、嫉妬、ウィル様でなく、エディを伴っている私への軽蔑。
浮気をすると決めた時から分かっていたことだが、実際みんなの目に触れると、本当に罪悪感で押し潰されそうになる。
入場した後は、給仕からウェルカムドリンクを受け取り、主催である皇族が顔を出すまで談笑することになっている。
「エディ、やっと来たな。」
「父上。」
スラリとした背に、少し強面な見た目の中年男性。
彼こそが皇弟であり、公爵位を持つカルリーニ公爵だ。
「ご無沙汰しております。カルリーニ公爵。」
かしこまった場では無いので、略式の挨拶をする。
カルリーニ公爵は私を一瞥すると、人当たりのいい笑みを浮かべ、挨拶を返してくれた。
「やぁ。エリザベス嬢。エディから話は聞いているよ。付き合ったんだってね。おめでとう。」
「ありがとうございます。エディからすごくアプローチされて、負けてしまいましたわ。」
「うんうん。男は追い掛けたい質だからね。私も妻一筋だよ。」
そう言って、胸ポケットに入れていた懐中時計を取り出し、蓋を開けて眺める公爵。
昔見せて貰ったことがある。公爵の奥様、エディの母親はエディを産んだ時に、亡くなってしまったのだ。
エディのタレ目で柔らかい顔立ちは、公爵夫人とそっくりだった。
「婚約破棄した後のことは任せてくれ。私が対処しよう。何も心配せず嫁いで来るといい。」
公爵はそう言うと、ではまた。と笑顔で去っていった。
私は公爵の言葉に引っかかり、エディの方を見る。
彼はそんな私の視線を避けるように、露骨に顔を背けていた。
何だか最近こんなことが多い気がする。
私は持っていたグラスを通りかかった給仕に返すと、エディの腕を掴み壁際へと向かった。
「エディ?公爵には偽装だって言ってないのかしら?」
「いやいやいや、敵を騙すには味方からって言うだろ?決して説明がめんどくさいとかじゃなくて…」
体の前で手を挙げて、狼狽えている。
でも私にはエディを攻める資格はない。私のわがままに付き合わせてしまっているのだから、必然的にエディに縁談は来なくなる。
「ごめんなさい。エディ。婚約が破棄されたら、エディは私に言い寄られて仕方なく。と皆に弁明するわ。」
悪役令嬢を回避するべく取った策だが、必然的にエディに迷惑をかけているのは明らかだ。
申し訳ない気持ちになり、私は視線を下げた。