Episode.22
今日はいよいよ隣国へ出発の日。
途中宿に泊まりつつ、3日かけて隣国へ向かう。
隣国での滞在日数は1週間を予定している。
「まず、今日は元々視察予定だった辺境伯の屋敷に泊まらせてもらう。そこから明日1日は辺境伯領の視察。昼過ぎには出発し、隣国の公爵の屋敷へ滞在。次の日の朝出発し夕方頃に王宮到着の予定だ。長旅にはなるが、途中休憩も挟むからしんどかったらいつでも言ってくれ。」
「分かりました。では長い道中、よろしくお願いします。」
馬車が揺れる中、ウィル様は書類に目を通しながら道中の予定を説明している。
器用ね。酔わないのかしら?
「エリー、起きてくれ。」
「もう着いたのですか?」
いつの間にか私は眠ってしまっていたらしく、起きると馬車は止まっていた。
私はまだ完全に覚めきっていないながら、あくびを我慢し、周りを見渡す。
眼の前には座っていたはずのウィル様の姿がない。
隣が温かいと思っては居たが、もしかして・・・錆びた金属のようにぎこちなく横を向くと、隣にはもちろんウィル様。
「ウ、ウィル様!?ウィル様が肩をお貸しくださったのですか!?ウィル様の御前で寝るなど、何たる失態を・・・私、私・・・」
「問題ないよ。むしろ、僕の前で寝れるほど気を許してくれてるのが嬉しいくらいだ。」
そう言って笑っているが、こちらは全く笑えない。
王子様の前で眠りこけるなど、王族侮辱罪に値する。
いくら幼いときからの婚約者と言えど、それくらいの礼節は弁えておかねばならない。
「本当に申し訳ございません。」
「本当に大丈夫だよ。それより、昼休憩にしよう。外に準備させているから、行こうか。」
「はい。ウィル様。」
その後食べた昼食の味を感じなかったのは、言うまでもない。
それからまた数時間馬車に揺られ、辺境伯の屋敷へと到着した。
王族の訪問という事もあり、これでもかと手厚く歓迎され、皆で晩餐をした。
その後、ウィル様は辺境伯様とお話があるらしく、私は一足先に客室へと案内された。
湯浴みを済まし、きれいにメイキングされたベッドへ入る。
ウィル様はまだ辺境伯様とお話されているのかしら?
・・・と言うか、道中も今も薄々感じていたけれど、私って来る意味あったかしら?
何もすること無いし、辺境伯様は独身で女家族は居ない。尚更、連れてこられた意味が無い。
「ウィル様はなぜ私を連れてきたのかしら?」
・・・考えても仕方がないわね。
もし、王都に残れていたら、これからの動き等をエディと確認したかったのに。
婚約破棄できるのはもう少し先になりそう。
「はぁ・・・早く別れて、自由になりたい。」
永遠と馬車に揺られ続けて疲れたのか、その日は早めに就寝した。
そして、ある夢を見た。
ありえない夢を。
「エリー。君が悪いんだよ。僕と別れて、エディなんかの恋人になろうとする君が。僕はこんなにも君を愛しているのに。」
ここは・・・どこ?
薄暗い、広い、豪華な部屋。
窓は木の板で塞がれ、扉は一つだけ。ウィル様はベッドの傍らに立ち、私を見下ろしている。
そして私はベッドに腰掛け、ウィル様を眺めている。
何か分からないが、とてつもなく異様な雰囲気を感じ、逃げ出すために扉へ駆け寄る。
あと一歩、あと一歩で扉のノブを掴める!そう、手を伸ばした時、脚に衝撃が走る。
驚いて、足元を見ると、両足にベッドから伸びた長いチェーンに繋がれた足枷が。
なにこれ・・・どうして?
「どこに行くの?エリーはここで僕と一緒に過ごすんだよ。永遠に。好き。大好き。愛してる。君はもうボクのもの。」
ウィル様の虚ろな瞳が私を捉えて離さない。不気味に笑い、私に向かって手を伸ばす。
私は恐怖のあまり、その場へへたり込む。
右に立てかけてある鏡に目が行った。
そこには、髪を少し短くして、白いパジャマに身を包んだ。エリザベス・ロレーヌの姿が。
「好き。大好き。愛してる。君はもうボクのもの。何があっても逃がしてあげない。ずっとボクと一緒。今までもこれからも。死んでも離してあげない。誰の目にも触れないように、誰も彼女の声を聞かないように。
彼女にはボク以外必要ないから。ボクが買ったものを着て、ボクが用意した所に住み、一生、ボクの中で死ぬ時も一緒に。
ボクの可愛い可愛いお人形さん。エリー。君が行けないんだよ。すごく可愛いのが悪い。ボク以外の人の前に現れるのが悪い。僕以外の、人を見るのが悪い。
だから、一生、ボクから離れないで。ボクの事だけ考えて、ボクの事だけを頼って。ねぇ。エリー。世界で一番愛してるよ。いいや、ボク以外、君を愛する事は許さないよ。」
このセリフ・・・あの小説の最後の・・・まさか、ウィル様が小説の中で読んでいたエリーって、エリザベス・ロレーヌのことだったの?
そんな、まさか・・・そんなはずないわ・・・
ウィル様の伸ばした手が、私に触れるその瞬間、私は飛び起きた。