Episode.16 ウィリアム視点
「そうか。視察ご苦労だった。」
「失礼致します。」
地方視察へ行っていたトレローニー子爵が帰還し、報告を聞いた。
アヘンの広がり方は特殊で、貧民のみに拡がっているものと思っていたが、地方貴族の間でも流行っているらしい。
地方貴族まで広がっているとなると大問題だ……
今は社交シーズン。地方貴族が王都へ集まる時期。地方から王都へアヘンが渡るのは確実だ。
このような時期にそれを行うという事は、相手の目論見は十中八九、政治崩壊だろう。
今年の最後に皇宮で開かれる夜会は重大発表があるため、各国要人を招待している。
こんな中、貴族たちの薬物中毒を露呈する訳には行かない。何とかして防がねば。
僕は重い気分を少しでも晴らそうと、バルコニーへ出た。
すっかり日は落ち、あたりは真っ暗だった。そんな中で吹く夜風がとても気持ちよかった。
暗い空に浮かぶ銀色に輝く月。眩しすぎるほどの輝きはまるでエリーのよう。
エリーは今、何をしているのだろうか。
会いたい。
エリーへ思いを馳せている時、背後に人の気配がした。
「お前か。」
「はい。殿下。」
密かにエリーの護衛、監視を任せている影が片膝を着き頭を垂れていた。
僕は静かに向き直り、定期報告を聞く。
「お嬢様は、予想通り、今日のお茶会で公爵令嬢の涙をお知りになられたようです。」
「それで?」
「どんな話かと尋ねられましたので、あらすじをお話致しましたが、少し引っかかる部分があるらしく、何やらお悩みの様子でした。」
「エリーはもう寝たか?」
「私が報告に来る前はベランダで月を眺めておられましたのでまだかと。」
「そうか、その小説の出処と作者を調べるよう皆に伝えろ。」
「承知しました。」
そう言うと、影は再び頭を下げ、その場から消えた。
それにしてもエリーも僕と同じく月を眺めていたなんて。
隣にいなくても同じ時に同じものを見ている僕たちはやはり運命だ。
今すぐ会いたい。エリー。
君は月を眺め、何を考えているのだろう。
常に君の感じていること、見ているもの、聞いている音、考えている事、全てを知りたい。
「殿下、夜分遅く失礼致します。視察先に残していた部下から先程早馬が届きまして、至急ご確認頂きたく。」
「分かった。入れ。」
嫌な予感がした。
僕は入室の許可をして、バルコニーの扉を閉めた。
執務机の隣に立掛けてある剣を手に持ち、鞘を抜く。
その瞬間、扉が乱雑に開け放たれ、見たことの無い男が入って来た。
「護衛はどうした?扉の前に二人いたはずだが、物音はしなかった。」
「ハッ、そんなもん金でどうとでもできる。ちょいと掴ませてやりゃ簡単に裏切る。」
「そうか。じゃあその2人は解雇しなければな。」
男は僕という獲物を捉え、一直線に向かってくる。
正面から心臓を一突きにするため、剣を突き立てている。
いつもの殺し屋と変わらない。
もっとほかに攻撃パターンがあれば、僕も幼少の頃より習っている剣術の腕試しもできるのに。
あくびが出そうなくらい、つまらない。
相手が腕を伸ばすその瞬間。僕は剣を薙ぎ払う。
「こんなもんフェイクだよ。」
「なに!?」
男は剣を持っていた手とは反対の手にナイフを隠し持っており、隙の出来た僕の脇腹を目指して再度腕を伸ばした。
ギリギリ避けきれないか!?
間一髪の所で体を逸らす。そして相手の背後に回り込み、背中に剣を振りかざす。
「ぐはっ!」
「浅かったか。」
少し浅かったらしく、男は少しふらついている。
このまま生け捕りにして、情報を吐かせよう。
僕はもう一度剣を握り直し、次は男の足の腱を切付けた。
男はそのまま膝をつき、くそっ!くそっ!と喚きながら這い蹲る。
「その辺にしておけ。」
剣の柄頭を首に叩き込み、気絶させた。