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8.わたし、される!?

「現在私たちが目指している街――この場所から最も近く、ある程度発展した都市なのですが、ご存知ですか?」


 クレコの質問に私は首を振る。


「いえ、私は帝国から魔境の森に入ったので自分がどこらへんにいるのかも分かっていないです」


「あら、それは結構長く魔境の森の中を歩いたのですね。一般人であれば自殺行為でありますけど、コココさんなら今さらですね」


 クレコは肩を竦めて続けた。


「これから私たちはドバド王国のブレツァという城郭都市に向かいます。

 念のために説明しますが、ドバド王国は魔境の森を切り拓いて建国された比較的新しい国になります。

 この国の最初の開拓者たちは森のモンスターを討伐し土地を開墾した後、かつて存在したシンビセツ神霊国の王族の一つであるカサンガノス家を王に迎えて国を作りました。

 神霊国についてはお分かりになりますよね?」


「……はい」


 念を押すように言うクレコに頷く。幾ら世間知らずの私でもそれは分かる。

 かつて西のフパリエ神聖国と並んで東方の盟主として君臨していた大国だ。


 花咲き乱れ風香しきシンビセツ。

 

 東方世界における最大の領地を保有し、経済、外交の中心であったが、特筆すべきは何よりも文化である。

 散文や絵画、建築様式から、賛美歌、宮廷マナーに到るまでシンビセツが世界に与えた影響は絶大である。


 だが、その大国はもはや存在しない。


 世界の東端と言われるトキキョーリア半島にあった一つ小国が次々に周辺諸国を飲み込んでゆき、ついには神霊国の都、人類の精神の豊さを証明したと言われる美しき都市を、剣を突きたて馬で踏みつぶし、徹底的に蹂躙して滅ぼしたのである。


 その小国の名はカビレイ。


 現在ではその広大な版図よりカビレイ帝国、もしくは単純に帝国と呼ばれている。

 世界の三分の一を支配していると言われる、私の祖国だ。


「くれぐれも頭のキャップは被ったままにしてくださいね。

 コココさんがミムヤの『水氷の皇女』だとばれたら大変なことになりますから。

 冒険者の間ではあなたに懸賞金もかかっております」


 私が何を思ったのか分かっているように言ってくるクレコ。

 イモムシが蛹を作るように魔境の森で自己の中に閉じこもっていた生身の肉体と精神にその言葉は容易く突き刺さる。


「冒険者が私を探しているということですか?」


「簡単に言えばそうなります。

 ただ、私たち以外の冒険者はまだコココさんがミムヤを抜けたことを知らないと思いますので、それほど警戒する必要はありませんよ。

 ミムヤと直接相対できる冒険者はほぼおらず、実質的に探している者も極限られておりますし。

 ただ、その髪と目は青すぎて見る人がみれば一発で分かってしまうので、髪だけでも隠しておいてください。髪と目の両方が揃わなければ多分大丈夫です」


 私たち以外の冒険者、とクレコは言った。その違和感が顔に出たのだろう。クレコは補うように続けた。


「私とユタゲ様も冒険者ですよ。最も、ユタゲ様は冒険者ギルドの中で唯一の特Sクラスの冒険者になるため一般的な依頼対応は行っておりませんが」


「――黒の災厄が冒険者だったとは知りませんでした」


「あら、ご主人様の二つ名はご存知なんですね。

ああ、そういえばその名前はあなた方帝国が諢名してくれたのでした。では冒険者ギルドについてはどれほどご存知ですか?」


「依頼を受けてモンスターや盗賊の討伐をすることぐらいです」


「そうですね。一般的には仰る通り、依頼人からの依頼を受けることを生業とする職業になります。

 冒険者は一番下のEからSまでクラス分けされていて、自身のクラスによって受けられる依頼が異なります。

 Eクラスの冒険者には薬草の採取や危険度に低いモンスターの討伐が主な依頼になりますが、そこからクラスが上がっていくごとに求められるスキルは上がっていき、高いクラスの冒険者になると人の何倍にもなる巨大な鳥や火を吹くドラゴンの討伐などの依頼をこなすことが可能です。

 勿論、それに伴う報酬もEクラスの冒険者とは比べ物にならないほどになり、名声も各国に響き渡ることになります」


 滔々とクレコは一般的な冒険者について述べる。

 私もそこまでは知っていることであったので特に疑問を差し込まずに頷き、続きを促すように言った。


「そして黒の災厄はそんな冒険者たちのトップにいる」


「そうです。ユタゲ様以前に特Sクラスの冒険者はいませんでしたし、恐らく以後も出ないでしょう。

 そのクラスはあのお方のためだけに作られた特別なものです」


 私たちはそこから暫く黙って森を進んだ。


 魔境の森はどの国も領有できていない鬱蒼とした巨大な森で、帝国を含めた多くの国の国境に接している。


 通常は一歩あるくごとに様々な視線を複数の方向から感じる。

 事実見られているのだ。

 人ではないモンスターたちに。


 そして少しでも弱みを見せれば立ちどころに彼らの餌とされてしまう。

 

 当たり前であるが一般人は立ち入り禁止であり、確か冒険者であってもCクラス以上のでなければ入ることを許されていなかったと思う。


 だが、クレコとの旅路はそういった視線を感じることはなかった。それどころか生物の気配すら感じない。まるで地震の前触れでネズミが一斉に逃げてしまうように、そこには全くの空白が生まれてしまったようである。


 そして私たちは巨大な猪のモンスターを見つけた。

 ワイルドボアという名前で下顎についた鋭く長い二つの牙を前面に押し立てて突っ込んでくる危険なモンスターである。

 身体は私の三倍以上はあり、この一帯の生態系の頂点にいてもおかしくないだろう。


 だが、驚くべきはそんなボスの風格を持つモンスターが、脳天から尻尾まで真っ二つに切り裂かれていることであった。

 大きな屍骸の目には生前の怯えの色がまだ残っている。


 誰が何をしたのかは明らかである。


「あらー。ご主人様も随分派手にやりましたね」


 クレコはやんちゃな子供の遊び散らかした後にため息をつく母親のように言う。


「コココさん、このワイルドベアの牙を抜いてくれますか。あの水の剣で根本を切断するのでOKです。

 これほど立派なものであれば結構高値で売れますよ。本当は皮もはいで持って帰りたいのですが、重すぎで無理だと思いますので」


 言われるままに水流剣を出した。


 その時、ふらっと眩暈のようなものを覚えた。

 ここ数年は感じていなかった魔力が底をつく間近の合図である。


 ねむねむねむ……まさか水流剣を出すだけで魔力切れを怯えないといけなくなるなんて。


「おろ、大丈夫ですか? 魔力足ります?」


「……はい、これぐらいであれば大丈夫です」


 異変を察したのか問いかけてくるクレコに応える。


 水流剣の水の流れを現状できる最大速にして牙の根本に当てる。

 これまでの速さから半減された程度のスピードでありスパッと切ることはできなかったが、一分ほど当てると切り落とすことができた。


 もう一方の牙を落としている時にクレコは言った。


「もう日も暮れますし、本日はここらへんで野宿としましょう。明日の昼頃には到着できると思います」


 牙を切り落としたと、私たちは平たい開けた場所を探したが、幸いにしてすぐに川の側に砂利が敷き詰められている場所を見つけた。

 横になれるほどの真っ平な巨大な岩もいくつかある。一晩ぐらいであれば火を起こして過ごすことができるだろう。


 野営に取り掛かる私と、ゆったりと岩場に腰を降ろして川のせせらぎに聴くメイド。

 なんともちぐはぐな感じであるが、ええ、文句なんかありませんとも。私は彼女の奴隷ですから。こなこなこな。


「あ、そうでした。コココさんの新しい名前を決めないといけないのでした」


「名前ですか?」


「あなたがコココ・ミムヤであるとバレてはいけないと言ったでしょう。そうなれば当然本名も隠す必要があります」


「あ、そうですね」


「そこで私考えたんです! どうでしょう、『コナ』さんというのは? コココさんのイメージにぴったりの響きではありません?」

「えぇ……」


「それにコココさんはよく『こなこなこな』って可愛らしく言っているじゃないですか。ついさっきも! どうですか?」


「いや、えーと、ちょっとやめ――」


「あ、もしコナにしないであれば、こなこなこなの意味を教えてくださいね? よく私に対して言ってますよねー?」


「――コナでいいです」


 おそらくクレコはその言葉が何かしらの意味を内包していることに気が付いているだろう。

 さすがに意味までは分かっていないように思うが。

 私は冷や汗がどっと出て、慌てて了承してしまった。

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