7.わたし、でる、いく!
しんと冷えた巨大な岩石が身体の中心に据えられているような感覚。
身体に内在する魔力に対するイメージは、個々人によってまちまちだ。
中には焚火という人もいるし、渦潮と言う人もいう。
私の場合は川の流れで、その流れる道は身体の隅々に渡る。
ひょっとすればだからこそ、他の人と違って体のどんな場所からでも魔法を行使できるのかもしれない。
だが、元々りゅうりゅうと清い川が流れるところであったのだが、巨大な岩石が現れたことによって、川はせき止められ、本来の流れに沿って進む水は僅かとなってしまった。
岩石の正体は分かっている。クレコの光魔法である。私を奴隷として縛るために置かれた楔である。
「具合はいかかですか?」
魔境の森から人間の街へと到る道なき道を進みながらクレコが問う。まるで私の中で何が起きているのかを知っているかのように。
私とクレコは簡単な旅支度を終えた後、一番近くにあるという街へ向けて歩き出していた。
裂かれたローブは他のものに着替えメイドキャップを被った。
ただ、見かけも中身も全く以前のものと同じだ。私は同じ服を何着も揃えておくタイプだ。
「……大丈夫です。ただ、魔法はこれまで通りは利用できないかもしれません」
私は正直に答えた。奴隷となる前のパフォーマンスを求められたらたまらないからである。
「そうでしょう。コココさんはご自身以外で光魔法によって奴隷化された人を見たことがありますか?」
「いえ、ないです。そういうことができるということも知りませんでした」
私のいた帝国内にも奴隷は存在する。
だが、それらはどちらかと言うと軍人や商人などの社会の属性の中の一つとしての奴隷であり、魔法で他人の肉体と魔力を支配することなどは聞いたことがない。
「無理もありません。この魔法を行使できる者は教会の中でも僅かであり、少なくとも大司教相当の信仰が求められると言われています。
最も、私はしがないメイドでしかありませんが」
さらりととんでもないことを言う自称メイド。
大司教? つまりは修道士や助祭、司教の上に立ち、複数の司教区を束ねる存在。
教会は大陸全土において、神の国へと先導する少数の聖職者組織である。
その中でも大司教はその身分においては生涯の生活資金はもちろん、各国の納税の義務や法律の支配を受けず、死後はその名を冠した聖堂が建てられ後世に渡り称えられることが約束されている。
さらに教会組織の頂にして、人間という身分において最も聖なる祝福を与えられる五人の枢機卿に立候補する資格を有している。
つまり、大国の王侯貴族と並ぶほどの、とんでもなく偉い人間ということだ。
クレコの横顔を見る。まだ二十代前半の、子供の幼さが残る顔。輪郭はどこか丸みを帯びており、どことなくアナグマを連想させる。
一瞬、最高の敬意をもって接した方がよいのかと思ったが、すぐに頭の隅の忘却のゴミ箱に捨てた。
幾ら大司教相当と言えど、クレコの普段の言動や振る舞いはムカつく賢しい俗物の印象である。
それに彼女自身が敬意を払われることを求めていない気もする。
というかユタゲとかいう頭のネジが飛んだ殺人鬼に仕えている時点で敬意もへったくれもない。
実際にメイド服を着ていることからも、彼女が大司教の位に付いているということはないだろう。
私がじっと顔を見ていることに気づいたメイドはこちらに振り向いて、にっこりと笑った。
「そして、あのですね、今だから言いますけど、コココさんが奴隷化された人を見たことがない理由がもう一つあるんです」
「……それはなんですか?」
「まあ、なんというか、コココさんが感じている通り、奴隷化の要は人体に内在する魔力を直接的な影響を及ぼして、魔力および肉体を無理矢理に支配するというものなんですが、これは結構なダメージを精神と肉体に与えてしまうのです。
……百人に行ったら十人は死に、二十人は廃人となるでしょう。
まともに動けるのは半数ほどでしょうが、彼らに魔法なぞ望むべくもないでしょう。
その意味ではさすがは名にし負う水氷の皇女ですね!
死ぬどころか、ちゃんと動けて、制限付きながらも魔法も使えるとは」
「……こなこなこな」
奴隷化の魔法を行使できる術者も稀少で、その魔法に耐えられる対象も稀少であれば、確かにこれまで見たことも聞いたこともなくとも不思議ではない。
奴隷にする魔法、その言葉に含まれるネガティブな響きを考えれば、聖の代表である教会や光の魔法使いが敢えて公言していることもないだろう。
誇るわけではないがミムヤにても無尽蔵と言われた私がこれほどに魔力の枯渇を感じているのだ。
クレコの言う通り一般人であれば光の岩石に押しつぶされて魔法どころではないだろう。
「まあ、いいじゃないですか、過ぎたことは。 それよりもこれからの話をしましょう」
私の恨めしい視線をさっと受け流して、クレコは強引に話を変えた。
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