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5.わたし、やばばばばばばば!

「あ、ありがとうございます。その、お腹大丈夫なんですか?」


「どういたしましてですー。と、痛たたた。全く、ユタゲ様にも困ったものです」


 余裕の表情でクレコは語るが、そうしている間にも赤の染みは広がり続けている。


「少し治癒するので待ってくださいね」


 クレコの両手が光に包まれた。私を縛っている縄と同じ光である。


 光は液体のように両手から垂れた。

 しかし地に落ちることはなく、まるで意志があるかのように、彼女の周りをそわそわして、やがて腹から背中に貫通した穴を見つけると、そこの欠落を埋めるかのように穴の中に入っていった。


 その後に起こったことは、クレコの信仰心――聖なる位の高さを裏付けるものであった。


 教えによれば、神は全ての病気と長患い、精神の苦しみを治し、老いを若きに変えることすらできるという。


 それ故に、万物の救い主とも言われている。正確には、さらに永遠の幸福が約束された天国に召せられることも含めての名であるが。


 光魔法の使い手は天より罰と癒しの権能を授かった。


 だがそれらは余りに強すぎる権能であるが故に、多くの術者は目に見えるほどの能力を示すことはできない。


 例えば癒しであれば、一般的には患部に薬草を塗り込むのと、光魔法にて治癒するのとはあまり変わらないと言われている。

 

 だが、クレコの出した光は、彼女の患部に溶け込むように消えると、今後は患部自体が光初め、あっと驚く間に塞いでしまったのである。


「うん、大丈夫ですねー。あ、ついでにコココさんの傷も治しちゃいましょうか」


 そう言って、クレコはまた手から液体のような光を出して、今後は手で光を押し付けるように私の脇腹に光魔法を行使した。


 そうだ忘れていた。私もそこをあの殺人鬼に斬られていた。

 それどころではなかったので、全く痛みに気づかなかったが。

 

 ぼおぉと温かい光が傷口に広がり、やがて温かみがなくってゆくと思うと、もう脇腹も完治している。


「他に痛いところはありますかー?」


「ありがとうございます。いえ、大丈夫です」


「ユタゲ様に狙われてここまで軽傷で済んだ方はとても珍しいので、その意味では誇ってよいかもですねー」


「あ、いや、それは……クレコさんのお陰です」


「ふふふ、コココさんはかわゆい子ですねー」


 頭をなでなでされた。この時、少しだけ泣きそうになったのは秘密だ。


「じゃあ、さっさとすませちゃいましょうねー」


「何をするのですか?」


「あら、ユタゲ様と私のお話を聞いていませんでしたか? 今から私とコココさんは契約をするんですよ。……コココさんは私の奴隷になるんですー」


「え……」


「安心してください。ちゃんと言うことを聞いてくれれば、子犬のように可愛がってあげますからー」


 なんでもないことのように笑顔で言うメイド。

 だが、当然、私はそんなものを受け入れられるわけがない。


「あ、あの、どうか奴隷にするのはやめていただけませんか?」


「あらあら、どうしてですか?」


「どうしてって、奴隷なんて……」


「殺さないでくださいの代わりは、奴隷にしないでくださいですか? 随分とわがままですね」


 そういったクレコはとても冷たく私を見下ろしている。


「……まあ、いいでしょう。ユタゲ様を呼んで来ますね」


 『ユタゲ』という言葉にドキッとする。


「ど、どうして……」


「決まってます。コココさんを殺してもらうためです。

 あなたはなんでもすると言って私に助けを求めた。

 そのために私はユタゲ様からお腹を斬られながらもあなたを助けた。

 けど、今になって約束を反故にしようとしている。

 だったらもう、当初の予定通り殺されてもらって結構ですよ」

 

 そう言うと、クレコはもうユタゲを追っていきそうになる。私は慌てて止める。


「ちょっと待ってください!」


「コココさんは逃げてばっかりなんですよ。

 恵まれた魔法の才の上に胡坐をかいて。

 ミムヤから逃げただけでなくて、いろいろなモノからも逃げたからこんな辺鄙なところにいるんですよね?

 そしてユタゲさんから逃げて、私からも逃げようとしている。

 逃げて逃げて、その果てが、いまなんです。

 それでもまだ逃げたいというのなら、ご自由にしてください。私も、好きにしますから」


 容赦のない言葉に、私は目を瞑って、うぅぅぅあぁ、呻くことしかできなかった。


 現実として、私はいま光の縄に四体を縛られている。いや、縛られていなくても、あの殺人鬼を相手に逃げ切れる自信は全くない。


 死か、奴隷か。究極の選択。どちらかを必ず選ばなければならないのであれば、答えは出ている。

 死にたくない。けれど、イメージするのは粗末なボロ服をきてやせ細った奴隷たちが主人に鞭打たれる姿。


 死んだ目にこけた頬。半ば死臭を発する腐った体。


「なぜ、奴隷にしようとするのですか? いったい、奴隷となったら何をさせられるのですか?」


 投げかけた質問にクレコは足を止めると、私の方にずんずんと近づいてきて、じっと威圧するように見つめてくる。


 そして私の中に怯えを見たのか、一転してにっかりと笑った。


「何も虐めるわけではないので、安心してください。

 私とユタゲ様はとある目的のために動いているのですが、そちらにコココさんの力も借りたいだけです。

 ただ、極秘な目的なので、そのために信頼できる人物――つまり奴隷になって欲しいのです。

 勿論、目的が達成されれば解放しますよー」


 それは、常闇の中で口を裂いて笑う三日月のような。そしてクレコは私をぎゅーと抱きしめてくる。


「それに、目的が達成しなくても、コココさんが私たちの本当の仲間になってくださったと判断できたら、すぐに解放します。

 ええ、コココさんなら大丈夫です。ユタゲ様が怖い場合も私が全力で守ってあげますよ」


闇 が明ければいったい何が彼女に回りに散乱しているのだろうか。だが、私は、もう、それに縋るしかない。


「分かりました。分かりました……。ただ、どうか……どうか、優しくしてください」


「あたり前じゃないですか。こんなに可愛い子は大切にしますよー!」


 では、やりましょうかーと言ったクレコは掌から、人の頭ほどの光の玉を出した。

 それはクレコの頭上に上り、やがてくるくる回りだした。そしてクレコは私に言った。


「コココ・ミムヤに問います。あなたは、無垢な子供を殺したことがありますか?」


「……え?」


「純粋な少女を殺したことは? 誠実な青年を殺したことは? 身重な女を殺したことは? 哀れな老人を殺したことは? 無実な一般人を、殺したことはありますか?」


光の玉の速度が増してゆき、極限にまできたとき、かッと辺りを鋭く照らした。


 光が私の身体を浸透し、通り過ぎる。


 かつて、ミムヤの命にてある村を焼き払ったことがあった。

 そこは帝国が征服してまだ新しいため、抵抗勢力の勢い甚だしく、ついには州長を殺すに至った。


 軍が派遣されることが決まったが、それに先だってミムヤに下された命はある村の殲滅で、それは敵のアジトの可能性や敵構成員の供給源となっていることなど理由が付けられていたが、要は見せしめのためだった。


 民に恐れを、敵に絶望を抱かせること。

 とても簡単な目的で、派遣された私たちは片っ端から、敢えて凄惨に血しぶきをまき散らしながら殺しまわった。


 ぎゅっと私の裾を握りしめてくる子供がいたかもしれないが、憶えていない。

 確かなことは、私たちは、いや、私は、動く者の一切合切を殺して殺して、殺し切ったことだった。


「あああ、あああ、ああああああああ」


「そうでしょう。コココさんは、かの悪逆非道の帝国の中でも、最も悪名高いミムヤの一員。

 一般市民の百や二百、片手間で殺してきたでしょうね」

 

クレコの頭上の玉はいつの間にか輪となっていた。


 頭上に煌めく光の輪。それは天界の住人たる天使の特徴であり、彼らから特別に加護を受けた証である。

 現実世界で見ることは極めてまれであり、殆どの人は絵画の世界の中だけの幻の存在である。


「聖ヒビセイシュ・クンク・セイエンの名において告発します」


 天より特別な寵愛を受けし乙女は言う。両手を天に向かい大きく広げ、声高らかに。


「コココ・ミムヤは多くの無辜の民を殺しました」


 天使の輪が再度鋭く光を放った。光の余りの清廉さに、私は自らの体の醜さを耐えきれず、吐瀉した。


 腰に縄を打たれて主の御前にて引きたてられたかのようだと思ったが、実際に縄は腰どころか手足を縛っていて私は芋虫の如く無様に転がっている。


 クレコの後ろに聖なる天使たちが立ち並んで私を見ている。光は取り繕った外面を剥ぎ内面を暴く。


「この者の手は敬虔な信徒達の血で塗れている。

 この者の足は醜悪な欲望へと常に向いている。

 この者の口は死臭を八方に発している。

 数え切れぬほどの殺人は、主より与えられし命という奇跡を否定する所業に他ならない。

 それでもこの者に主の祈りを唱える資格は残っているでしょうか」


 突如として光が重さを持ったかのように私の身体全体を上から押さえつけた。

 頬に吐瀉物が押し付けられる。


「――否、もはやこの者は立つこと、掴むこと、触ること、感じること、聞くこと、食べること、嗅ぐこと、眠ることの、あらゆる営みを禁じられるに相応しい重罪を犯している。

 見よ、自らの罪の重さに押しつぶされる様を!

 主よ、この罪びとはもはや現世での命を散らしてあなたの元に送ることでしか救われることはないのかもしれません」


 クレコの後ろに揺らめく光のベールから、僅かに透き通って見える天の住人達の顔が険しくなる、気がした。

 私は全身をガクガクブルブルと振るわせていた。

 ここに到ってユタゲに殺さられればよかったとすら思った。

 それであれば哀れな殺人鬼の犠牲者の一人であったはずだ。


 だが、いまや主の御前にて罪人の烙印を押されようとしている。

 死後も続く咎の十字架は死よりもなお黒々としている。


「――けれど、主よ、おお大海のごとき無限の愛にて私たちを包んでくれる唯一の神よ、私はまだこの女の汚れ切った魂の内に僅かに光を見出しているのです。

 あなたが原罪を持つ人間に絶望をしないのと同じように!

 聖ヒビセイシュの名において、どうかひと時の間この者を私の元に置いてください。

 彼女が悔い改め、やがて天の国に訪れることができるよう教導いたします。

 全能の神よ、罪深き彼女の肉体を私の口で縛り、業深き彼女の魔力を私の言葉の中にお収めください」


 光のベールがクレコの言葉とともに眼前に移動してきた。ざぁとまるで津波が押し寄せるように。


 光の波の中に飲み込まれると、光は重量がない筈なのに酷く重い感じがした。

 

一瞬の後に理解する。光の波が私を飲み込んだのではない。

 飲まされたのだ。私が光を飲み込んでしまったのだ。


 天からの罰が光。それが私の身体の中に溶け込んでゆく。巨大な鉛のようなものが私の中で形成されてゆく感覚。


「この者の身体に贖罪の中途にある証を刻みます。

 これは常に主の存在を彼女に知らせる祝福の証。

 彼女の未来を祈りたまえ。彼女の罪の贖うことを祈りたまえ」


 クレコが近づいてきて、手足を縛る光の縄を解いた。

 だが、私は中の大きな鉛のせいで身体を動かすことができない。泣くことさえも。


「うーん、どこがよいですかね」


 クレコはわさわさと私の身体を触りながら呟く。


「まあ、鎖骨のあたりですかね。ここだったら服で隠せるでしょう」


 そう言うとメイド服のポケットからナイフを取り出して、鎖骨が見えるように私の魔術師のローブを裂いていく。

 そして左右の鎖骨の中心に右の掌を当てた後に言った。


「多分、とてつもなく痛いと思いますので、覚悟してくださいねー♪」


 言葉と同時にクレコが触れた箇所から、広がるように皮膚が裂けた。焼けるような激痛が走る。


 だがそれは、クレコが言った”とてつもなく痛い”ことの、序章にすぎないことをすぐに知ることになった。


 私の中に溶け込んで大きな鉛のようになった光の集まりが、突如体内で四方八方に暴れだした。

 

 神経を、内臓を、私を構成するあらゆるモノを光が強制的に侵略し、壊し、新たに作り変えてゆく感覚。

 強烈な不快感は激烈な痛みを伴い、人体の通常あるべき姿をぐちゃぐちゃに蹂躙され、それがまた深い絶望の味となる。


 経験したことのない痛み齎す光の蹂躙は、やがて脳にまで達した。


「あがァッがうァ、ぐるがァ……ぐぎゃぎゃぎゃぎゃ」


「あははは、泡まで吹いちゃって。何言っているんですか」


 身体の支配権を全て喪失してゆく。

 口は勝手に動いて意味のない音を述べ続けている。

 手足も内臓も、それぞれが光に力づくで踊らされている。


 痛みはもはや痛みとすら認識できず、危険、危険と、残り僅かな私だったものが言っている。

 身体で何が起きているのか、足や手を動かしているのか、何か言っているのか、


 そして、ぷつんと、何かが脳の中で切れた。それは私を私としていた重要なものの一つであったはずである。


 そして私は意識を失ったのである。

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