14.わたし、みてる、だけ!
その後は特に何事もなく盗賊のアジトに辿り着くと、その奥にユタゲを発見した。
殺人鬼は血に塗れた現場の中で傷一つ負うことなく、盗賊の棟梁と思われる者の掻き切った首を傍の机の上に置いて、天井の空いた穴から入ってくる夜風に髪を流していた。
一通り楽しんだ後なのであろう、既に表情はいつもの無表情に戻っており、私たちが来たのを冷たい瞳で見ていた。
「ユタゲ様、お迎えに上がりました」
そういったクレコの言葉に振り向くと、つまらなそうな顔のまま横を通り過ぎて出てゆく。
通り過ぎる間際、ちらりと視線が合った。そんな気がした。心臓が乾いた音を立てた。
「さて、ご主人様も無事だったようですし、簡単に確認だけして私たちも戻りますか」
ユタゲのその行動はいつものことなのだろう。
クレコは特に気にした風もなく告げる。
クレコとジルさんは慣れた仕草でせっせと確認作業をしている。
やっていることは盗賊団の首領の首の確認と、簡単な拠点の間取りおよび状況の確認、敵の生き残りの有無の確認、金目の物の確認といったことだ。
もちろん、私はその間ぽつんと一人で立っているだけだ。
時折クレコがこちらを振り返って、にっこりと笑い、いま拠点の状況を確認してますよーとか、蓄えた簒奪品の確認をしてますーとかいらない報告をしてくる。
言うまでもなく、覚えろということだろう。
今日は初めてだから見逃してあげますが次からは馬車馬のごとく働いてもらいますよーと背中で語っている。
集めた情報は最寄りも町にいる冒険者の職員に渡すらしい。
すると冒険者ギルドから後始末をする人員が派遣されるとのことだ。
「前は高価なものをちょろまかすこともありましたが、最近は資金も充実してますし、荷物になるばかりだからギルドに丸投げしてますね。
あ、でもコココさんが気に入ったものがあれば取っちゃって大丈夫ですよ」
乱雑に積まれた金貨や宝石の山の前でクレコが言うが、私は丁重にお断りした。
奴隷の身で煌びやかな財物がどれほど役にたつのだろうか。
「あらかた終わりましたの」
「それじゃあ戻りましょうか」
クレコの掛け声で私たちは拠点を後にする。
「ほれ、嬢ちゃん」
ジルさんが近づいて声を掛けてきた。ぱっとそちらを見ると、いつものように水筒の飲み口を私に向けている。
仕方なしにちょろちょろと水を注いでやる。
「ふむ、コココ……いや、コナ嬢と言っておこうかの。
実は儂はもちっと冷えている水の方が好きなんじゃ。さっきまで見学しているだけの嬢とは違って汗をかきながら働いていたしの」
「……分かりましたよ」
言われるがままに小さなを氷を二三個水筒の中に落とす。
こん、こん、と。
元気な老兵はその場でぐびぐびと水を飲みほして、お代わりを要求する。
「コココと名がついている水の魔法使いとあれば、もう遠慮なんかいらんじゃろ」
「あー、ずるいですよ。ジルさんばかり。私にもついでくださいー」
クレコがずいと割り込んできた。しかしジルさんも譲らない。
老戦士とメイドが大人気もなくわちゃわちゃしている光景が繰り広げられる
「――いや、分かりましたよ! クレコさんは左手! ジルさんは右手で!」
大声を出すと二人とも大人しくなり、黙って言われた方の手に水筒を当てた。
私は両方の手から水をだして、すぐに中を水で一杯にした。
「いやぁ、クレコ様もよいものを拾いましたな。」
「ふふふ、そうでしょう。世界で一つだけの、私だけのものですよ。
ご主人様からお腹を裂かれながらゲットしましたから」
「なんと! ユタゲ様に歯向かってまで手に入れたのですか」
「そうですよ! ご主人様ったら殺す、殺す、って言って聞かないし、この子はわんわん泣いていたし、大変でしたよ」
「ほほう。なるほどですな。ではユタゲ様が魔境の森から帰還された際に剣を一振りなくされていたのは嬢ちゃんの仕業ですか」
「ええ、ええ。中途半端に逆らって剣を折った挙句、本気になったご主人様に気圧されて、命乞いをしたんですよ。
あの時は面白かったですねぇ」
「それでもあのお方の剣を折るほどとは凄いですな。つくづくよいものを得られました」
……よくもまあ、こいつらは本人を前にしてこれだけのことを言えるものだ。
努めて平静を装いながら話を聞いていると、ひょことクレコが見た目だけは整った顔をこちらに向けてきた。
「あ、コココさん、おかわりお願いします」
「儂も貰おうかのぅ」
「――こねこねこね」
呟いたその言葉は当然のように二人にスルーされ、夜の靄のように儚く消えていった。
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