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1.わたし、こもる!

 心情を映したような、暗く、不気味な静けさで、ずーんと沈み込むような景色。

 ひと際輝く月の晩は、日課のお祈りを終えると、できるだけ下を向いて早々にベッドの中にもぐりこむ。そそくさと。大切な何かを奪われないように。


「――こなこな……こなこなこな!」


 部屋に満ちる奇声の音源は、私の喉からでてきたものだ。

 意味はその時々により変わっていくが、まあ大体においてはこんな感じだ――くそったれ<


 もともとはそのままの言葉を口癖としていたのであるが、あんまりだと自省をして、この奇声に変えたのだ。……ちょっと可愛くないかな? うん、可愛くない。むしろキモい。


 残念なことに私は五才児ではない。幼女ではない。立派な十七歳児なのである。


「――こなこなこな!」


 おっと、また呪詛が漏れた。


 いや、この呪詛は結構応用がきいて便利なのである。

 今使っているように不特定多数に向かって吐くこともできれば、特定の個人に向かってと言いたいけれど言えないって時にも代わりとすることができる。


 喉が渇いた。

 布団から出て、床に落ちている空の木製のコップを拾い上げる。

 いつも飲んでは床に捨てるように置いているとか、そんなこと知らない。


 右手の指を揃えた状態でコップの淵に寄せ、軽く意識する。


 何を意識するかと言えば、腕の脈を水が流れるイメージ。


 すると、ちょろちょろと、実際に手から水が出てきた。


 なみなみにコップを満たして口に持っていく。


 ……うん、ちゃんと常温だ。身体に染み渡る。

 さらに部屋が乾燥していたので湯気を左手から出して軽く湿気を追加した。部屋の隅には氷づけにしてある鳥のモンスターの肉がある。



 これが私の魔法。


 ふふん。なんと私は通常の水の魔法使いと違い、気体、液体、固体の水の三つの性質全てを行使することができる。

 さらに、自分の身体であれば、どこからでも魔法の起点とすることができちゃうのだ。


 これが通常の魔術師であれば、水、氷、気体の中から使えるのは産まれ持って適正のある一つだけだし、行使の起点もだいたい利き手一か所に過ぎない。

 なお水を使える者でも、温度の調整をできる術者は稀だ。


 早い話、私は手から足からもお尻からも、自由に水や氷、湯気を出すことができちゃう天才美少女なのである!


 …。

 ……。

 …。


 いぇーいと虚空に胸を張った私に、しんと落ちてくる静けさが痛い。


「――ねむねむねむ」


 意味は、生きてて本当にごめんなさい。


 コップを床に投げ捨てて布団にもぐりこむ。

 私に『美』なんて言葉、おこがましくて口にすることすら許されないです。

 ごめんなさい。死にたいです。


 外は魔境の森。

 モンスターたちがうようよと蠢いている。

 人影はない。

 ここに来られるのは一級の冒険者か、各国のエリート部隊、または教会の聖騎士様ぐらいだろう。


 ちなみに、私はエリート部隊の口である。頭に『元』がついてしまうが。


「ふッ」


 鼻で笑う。いや、笑うではなくて、嗤う。

 誰を? 決まっている。こんな辺境の地で布団にくるまって悶えている哀れな女をだ。


 殿下の鬼の形相が突如としてフラッシュバックしてくる。


 倒れた味方たちが血の池で呻いている。憎悪に瞳を燃やしたモンスターや敵兵。次々と落ちてくる無理難題な指令。

 死線をくぐるのは日常で、殺した敵兵の臓腑が顔に落ちてきて、ああ、取れない、落ちない。どうしよう。どうしよう。殿下! 私もう、身体が動かなくなっちゃいました。

 

 心臓が縮みあがる。きゅーと、きゅぅぅぅと。

 強力な魔法の一撃を行使する際には体内の魔力をできる限り凝縮させ、一度に解き放つ必要があるが、なるほど、凝縮される側はこういう感覚か。

 次に活かせるね。……なんて。


 いな、いな! もう活かしたくなんかない。


「ねむねむねむ。――ねむねむねむ、ねむねむねむ……こなこなこな」


 頭に浮かぶ言葉を呪文のように繰り返し唱えていると、それに混じって、何やら可愛らしい高い声が聞こえてきた。


 クぅー。クぅー。


 ベッドに乗り込んでくる小さな何か。細長く、澄んだ泉のように清らかな水色。気遣うように見やった群青色の瞳。

 私はそれに思いっきり抱き着いた。


「ハミちゃん、ハミちゃん、ハミちゃん!」


 ああ、ハミちゃんの人肌程度の温かさが染みる。


 つるつるすべすべ。温度は自在に変えられるというに、私のために……良い子! 愛している!


 抱きつつ抱かれる。ハミちゃんの身体は蛇そのもので、もちもちの肌で巻き付いてくる。けど、苦しいほどではない。甘噛みならぬ、甘巻き。


 愛おしさの余り、がぶぅと噛んじゃう。これは甘噛み。コココの甘噛み。


「……。何やってんだ、コココ・ミムヤ」


 自虐の言葉が漏れた。コココ・ミムヤ。私の名前。


 この『ミムヤ』は所属していた部隊の名称でもあり、部隊に任命される際に殿下から頂戴したものであった。


 しかしもうミムヤからは離れてしまったし……うん、これからは単なるコココだな。

 

 ちなみに、ハミちゃんの名前の由来は、『励み』という言葉からとった。


 私の励みそのものだから。最初は先頭の二文字を取った名も考えたのだけど、それだと頭が寂しいことになる気がして、最初と最後の文字を取った。


 だから、ハミちゃん。


 ハミちゃんとの出会いは壮絶なものであった。


 壮絶というか、奇跡的というか、あり得ない的な、未だに信じられない的な、そんな凄いものである。


 その頃、私は酷いめまいに悩んでいた。


 部隊から逃げ出して魔境の森に落ち着いて一瞬間程度。もう過去も未来も知らないとばかりにヤケになりながら、急ごしらえの木造の家を作って、一息ついていた時だ。


 幸いにして私は水の魔法使いであったため、綺麗な水を常に側にあり、日々の食事も部隊にいたときに散々鍛えられたお陰で、そこいらのモンスターを解体して夕食にすることは朝飯前であった。


 最も、昼夜を問わずひっきりなしのモンスターの来襲には辟易していたが。


 このめまいに伴う吐き気いうか便意というか、何かが詰まって出てこない気持ちの悪い感触。

 それは日々強まるばかりで、やがてベッドから起き上がることができなくなった。


 まるで、一カ月間うん……あ、いや、その、、、下の大の方が出てこないような感覚である。


 一か所に神経も筋肉も集中して、今か今かと解放を待っているというのに、出口で栓をしっかりとされているような。


 それでいてじりじりと少しずつ進展はしているような。


 食事も睡眠もとることができない日が丸二日続いた。

 そして厄介なことに魔法も使えなくなってしまっていた。

 どうやら魔力も栓によって封じられたようだった。


 やがて出産もかくやというような、体の内部より叩かれる激しい痛みと苦しさが頂点に達し、顔が変わるのではないかと思うほどに力みが続いたとき、解放感が突如として現れた。


 身体中から閉ざされていた魔力が水となって溢れた。

 汗か涙か、魔法の水か、それ以外のものか。


 様々なものがぐしゃぐしゃに交じり合った体液はベッドに浸水し溢れ、床に零れ落ちた。


 体内の魔力の放出は終わらず、どうしようもなく膨張し、あっという間に四方八方に飛び出していった。


 私を震源地とした大爆発が魔境の森を震撼させた。

 当然、やっとのことで作った私の家も木っ端みじんに吹きとばしてしまった。


 爆発の煙が晴れた後、疲労困憊ながらも茫然と周囲を見渡すと、自分を中心に巨大なクレーターが形成されていた。


 偶々に居合わせた周辺のゴブリンやオーガ等のモンスターが目を点にしてこちらを見ていた。


 中には吹き飛ばされた衝撃で地面に上半身を突っ込んだ間抜けな者もいた。


 そして目の前で何かが宙に浮いてきらきらと光っていた。それはすうぅと胸元に降りてきた。


 もうお分かりであろう。

 それこそがハミちゃんである。


 私から産まれただけあって、この子も自由に水の魔法を扱えるようである。

 というか、身体も水でできているみたいで、私に抱きつくときはいつも人肌程度の温もりにしてくれている。


 ――クぅー。クぅー。ハミちゃんが胸の中で鳴く。


 なんだろうこの子は、と思う。

 生き物を生み出す魔法なんて聞いたことがない。


 でも、どうでも良いかとも思う。

 ここは魔境の森。辺境の地。人々の営みからは隔絶された世界。


 ここで一人と一匹で暮らしていくとするならば、何の影響が他人に及ぼすだろうか。

 何の釈明や説明が必要だろうか。


 そう、何もかも不要だ! 私たちは摩訶不思議を懐に抱えて、ひっそりと生きてゆくのだ。


 ハミちゃんが産まれた一件で、モンスターの襲撃がぱたりと止んだ。


 どうやら、化物たちから化物と思われてしまったようだった。


 時折、私が寝ている時にゴブリンやオークがそそくさと新鮮な肉を新しくした家のドアの前に置いてゆく。


 さながらみかじめ料か、上納金といったところだろう。


 おらおら! このあたりはコココ様とハミちゃん様の縄張りだぞ!

 安全に生活したくば肉や木の実、薬草なぞを置いていかんかい!


「おらおらおらぁ!」


 ベッドに寝転んだままシュッシュッと左と右でワンツーを決める。


 ここは繭の中。母胎の揺り籠。素晴らしき自分だけの世界。


 ちなみに、いまの私の服装は大きな青の魔術師のローブである。


 同じものを五枚持っている。

 頭からすっぽりかぶって、腰回りを青色の帯で巻くだけで終わる簡単便利な衣服である。


 ここにきてもうすぐ一年になる。

 

 もう、外の扉は勝手に開けられることはない。


 寝起きに突如戦闘が始まることも、

 疲労困憊な状態で次なる死地に飛び込む命令がくることもない。

 ようやく、そう実感できてきた。


 あと二年ぐらいしたら、町にまで出かけてみてもいいかもしれない。


 うん、あと二年はいないとな。


 まだまだゆったり、ぐっすりしまくってやる。


 なんてたって、こここそが私が十八年の歳月を経てようやく見つけた楽園。邪魔できるもんなら、してみやがれってんだー!


 ――コン、コン、コン


 その時、聞こえるはずのない音が、耳を刺激した。


 ――コン、コン、コン


 それは、確かに、ドアをノックする音。


 ――コン、コン、コン


 反射的に布団をかぶりなおして、体を折って丸くなってしまう。嘘です、嘘です。どうか、そっとしておいてください。


「あのー。どなたかいらっしゃいますか?」


 若い女の声。

 全身を震わせながら、耳に全ての神経を集中させる。


「まあ、いてもいなくてもいいんですけど。

 あのー、いまからこのオンボロの小屋を壊しちゃいますので、もしいるのであれば気を付けてくださいね」


 私は嵐が通り過ぎるの待つ子犬のよう。

 やだやだ、まだ外の人間と交流なんか持ちたくない。ハミちゃんを抱きしめる。


 ……ちょっと待て。あの女、いま何と言った――。


 私が慌てて布団から顔を出した。次の瞬間、――我が家が、縦に真っ二つに斬り裂かれてしまった。


 ズズズと家を構成していた木の板たちがずれ落ちた。


「あら、いらっしゃったんですね♪

 でもどうせなら一緒に死んじゃってもよかったんですけどねー」


 愕然とする私を他所に、来訪した女は天使のような笑顔で悪魔のようなことをのたまったのである。

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