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地底の王  作者: 三倍ザー
8/22

8.祈る

 食事の時間から数時間後、アレスはとある扉の前に立っていた。

 外観は他とさほど変わらない見た目だが、どうにも目を離すことができない。

 何か嫌な予感がしたのだろうか、と聞き耳を立ててみたものの、そういう訳でもなかったようだ。

 しかし外見はやはり何の変哲もない扉である。

 蝶番と思われる傍らの銀板はきらびやかに光っており、木製と推察される本体も一本の木を彫りだしたかのように切れ目が見当たらないと、かなり上等なものではある。

 だがそれらは全国の宮殿でよく見受けられる形式であり、この階の雰囲気と合わせるとさほど浮いているわけでもなかった。

 そもそもとして、ここの扉は今のところすべてこのような王宮などで見ることのできる形式である。

 ――引き返すべきだろうか、とアレスは悩む。

 だがしかし、おおよそ他の場所も網羅したと言って良いほどに探索したものの、未だ階段は見つかっていない。

 それだけではなく、足元が再びおぼつかなくなっているのがわかる。今度は眠気のためだ。

 問題の部屋は廊下の行き止まりになっている部分に存在しており、この場所が洞窟らしく窓が存在しないということもあり、襲撃は一か所からしかできない構造になっている可能性が高い。

 そう考えると、寝床としてはかなり安全な場所なのだ。

 もちろん別の廊下につながっている可能性も考えられるが、その場合も探索がより進むというメリットがある。


「……とりあえず行ってみるとするか」


 アレスは仕方ないと息を大きく吐くと、視線を暗殺者のごとく鋭いものへと変え、ゆっくりと扉を開いた。

 ギィ、と蝶番の軋む音がする。

 ――そこにあった光景に、アレスは目を見開いた。


「ここは……!」


 そこには下の階へと繋がる階段があった。

 自然の石をそのまま組み合わせたような素朴な作りをしており、豪奢な周囲と比べると少々浮いているようにアレスは感じた。

 幅はおおよそ人ひとり分ほどであり、大型の魔物ならここから逃げ込むだけで対策になるように思える。

 しかしそれ以上にアレスの目を惹いたのは、とある祭壇だ。

 大きさはアレスの腹の辺りまでだろうか。

 彼自身そこまで大きくないことを考えると、祭壇としては小さい部類であるように思える。

 しかしその構造は、彼がそれまで見てきた――そして知識として蓄えてきた――どの様式とも違うものであった。

 祭壇を構成している石は、階段とは打って変わって美しい正方形で、ここにすさまじい文明があった――あるいは今もある――ことを思わせる。

 恐らく王国一の石工に任せたとしてもこうはいかないだろう。もっとでこぼことした歪なものになってしまうに違いない。

 しかも祭壇はその石を組み合わせる形で作られているのではなく、巨大な石ひとつのみで構成されている。

 ともすれば石切り場の石をそのまま利用したと言われてしまいそうな代物だが、そこに彫り込まれた緻密な意匠には、大陸のどの国よりも高度な文明の(しるし)が残されていた。

 その傍らには解読不能な線の組み合わせ――これは文字だろうか――が認められる。

 アレスはしばらくの間、ただ茫然とその未知の技術の結晶を眺めていたが、ぼんやりと覚えた既視感に意識を戻された。

 既視感の強い部分を頼りにおおまかな全容を眺めてみると、何故そのような感覚を覚えたのかを理解した。

 それは王国の子どもは聞いたことがないというほどに有名な昔話だったからだ。

 粗筋を書き出すと『チッツァ=リトルがテスカ=リトルの生贄に選ばれた亡国の姫を救うために冒険に出る』という内容で、アレスはそれがいっとう好きだった。

 ――あんまりにも何回もねだるもんだから、最後には直接買ってもらってたな。

 かつての思い出を懐かしみながらも思考を進める。

 ――だけどどこかおかしい。

 アレスは奇妙な引っかかりを覚え、再度絵図を読み直すことにした。

 ――チッツァ=リトルは神であった。彼の者は――

 そして何故引っかかりを覚えたのかを理解し、なるほどとうなずく。

 内容――とはいっても固有名詞などの変化のみで、話に大きな影響を及ぼしているわけではないのだが――に変化が起きているのだ。

 アレスが聞いた昔話では、チッツァ=リトルは生贄に選ばれた亡国の王女を助けるために冒険に向かっていたが、こちらでは出自の明確でない「黒の王」を救うために冒険に出たとされている。

 また大陸の昔話で頻繁に言及されるテスカ=リトルの存在がなく、代わりに「混沌」なる謎の存在がその位置に置かれていた。

 チッツァ=リトルの性別も反転しており、昔話のほうでは男神として描写されていたチッツァ=リトルが、今アレスに話しかけているかの自称神と同じ、女性として描かれている。

 ――それに、とアレスは視線を祭壇の上へと移す。

 こちらにも奇妙な点があった。

 本来大陸の祭壇は1柱の神の彫像を彫り、それを上に乗せるという形式で作られている。

 しかし、この祭壇には2柱の神が彫られているのだ。

 こちらの片方は容易に想像ができる。チッツァ=リトルだ。

 本来であれば着色されていたであろうそれらは、今となってはすっかり剥げて黒一色と変化してしまっているものの、両手に麦と本を持った男の姿は、王国の最高神そのものであった。

 問題はもう1柱である。

 片足の欠けたその女神は、己の身体よりも長い杖を天へと掲げている。

 アレスの知る限り、このような女神は存在したことがなかった。

 どこかの地方で信仰されている神という可能性もあるが、その実態は判然としない。

 しかしアレスは、その女神のことをかつて見たことがあるように思えて仕方がなかったのだ。

 彼女は一体――


「お! 祭壇だねー!」


 やったじゃん! というリトルの明るい声に、思考が現実へと引き戻される。

 最初はどういうことかと眉をひそめるアレスだったが、やがて「あ」と、合点がいったという風な声を出して、


「ここでなら捧げ物ができるのか」

「そーそー! 生肉とか貴重な宝石とか、そういうのを捧げてくれたらさ、ボク頑張っちゃうよ!」

「ってことは、これがお前の祭壇なのか?」

「大体そんな感じだねー。少なくとも変な加護が付くことはないから安心するといいよ!」

「いや、その様子が一番安心できないんだが」


 ひどい! と抗議を始めたリトルを後目にアレスは考える。

 ――ってことは、周囲の比較的弱い魔物を倒して捧げれば、色々な加護が手に入るってことか。

 どんな内容なのか気になる。もしかしたらかなり有用なものかもしれない。

 ……ただ、現状はそんな物はないし、一端この辺りに留まっておくのもいいか?

 いや、そうは言ってもここの魔物も十分強い。その辺りを加味すれば――


「一回やってみなよ! 今回は初回サービスで、無料でお祈り受け取ってあげるからさ!」

「初回サービスって……そういうのダメなんだろ?」

「んー、まーそうなんだけどさー、キミなら大丈夫かなって」

「んな適当な……」


 リトルのあまりにもあまりな物言いに呆れ果てるアレス。

 ――そりゃルールを決めたのだって神なんだろうし、そこらへんは自分達でどうにでもできるんだろうが。

 とはいえ神の力を何の対価もなく頼れるというのはかなり魅力的だ。

 今のところ到底神とは思えない彼女だが、力を試すという意味でも良いだろう――

 アレスはそう結論付け、リトルに向き合って言った。


「それなら、鑑定の杖をを出してくれ」

「それでいいの?」

「ああ」

了解(ラジャー)! さっそく頑張るよー!」


 先ほどよりもさらにハイテンションな様子でリトルが呪文を唱える。

 まるえ子どものような声の弾み具合から気分が良いことが見て取れた。

 しかし唱える呪文の内容は高尚で、完全には理解できないながらも、少なくとも賢者でなければ習得は不可能であろう呪文だと理解できる。

 アレスはその技術力に感心する心が半分、幼子のような彼女の様子に心配する心が半分ずつ混ざりあった気分で、呪文の詠唱を眺めていた。


「――汝よ、我が知識に実りし糧を受け取らん!」


 リトルが最後の一文を唱えるのと同時に、アレスの手物に小さな杖が現れた。

 先端はまるで虫眼鏡のように中心のくりぬかれた円形となっており、鉄で出来た体には様々な眼の図形が刻まれている。

 ――確かにこれは鑑定の杖だ。

 と、いうことは――


「本物、だったのか」

「フッフーン、最初からそう言ってたでしょ!」

「ああ、そうだな。……すまなかったな」

「いいっていいって! それよりさ、それ使わないの?」

「良いのか?」

「ボクがいいって言ったからいいの!」

「そうか。ならありがたく使わせてもらうよ」


 そう言ったアレスが杖を使おうと軽く振り始め――


「あ」


 ――リトル何かを思い出した様子だったので、そのまま利用を止めた。

 彼女はそのまま「そういえばさ」とアレスに向けて話しかける。


「ゴメン、さっき言い忘れてたことがあったんだ」

「言い忘れてたこと?」

「そう! それはねー」

「それは……!?」


 リトルがそう言って黙る。

 一体どんなものだろうか。

 もっとも彼女のことだ、大した内容ではないだろう。

 アレスはそう目星を付け話の続きを待っていたが――


「……周囲に結界が貼ってあるから、モンスターが入ってこれないんだ」

「……つまり?」

「この部屋だったら寝ても安心だってことだよ」


 ――アレスは思わず崩れ落ちそうになった。

 今までのように期待外れだったからではなく、むしろその逆、あまりにも有用な情報だったからだ。


「マ、マジで?」


 声が震えていることがわかったが、そんなことを気にする余裕など今のアレスには無かった。


「マジマジ」

「捧げものとかそういうのは?」

「ぜーんぜん要らない。結界はタダだよ」


 ――やっと眠れる。

 そう自覚した瞬間、アレスの意識は闇の彼方へと途切れていった――

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