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地底の王  作者: 三倍ザー
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6.弔う

 アレス達は、迷宮のようになっている洞窟の中を探索していた。

 黒一色の背景は相変わらず彼らの距離感を奪い、着実に疲労を齎している。

 とはいえ現状はまだまだ万全に近い状態で、アレスは抜け目なく周囲を確認しながら、ゆっくりと探索を続けていた。


「それにしても、何でこんな不思議な階層が出来上がっているのか、不思議で仕方がないよ」


 そりゃあ絶えず構造が変化するだなんて不思議な場所だし、常識的に考えちゃいけないんだろうが、とアレスは言った。

 床は大理石を敷いたかのように美しく無機質な平坦さを表したかと思えば、急に自然のそれのような荒々しさを見せつける。

 壁に所々見受けられるそれも、教会などにある美しく彫られた柱と、鍾乳洞のそれを掛け合わせたかのような歪な姿をしていた。

 廃墟、というよりも洞窟と建築物を強引に融合させたような、奇妙な姿である。

 奇妙と言えば、地形もまた奇妙と言っていい。

 高低差があること自体はともかくとして、そこに別の建物が混ざったように鋭角の三角形が突き出しているのは明らかに異常だ。

 良く見ると模様も床のそれとは異なっており、まるで屋根が建物に突き刺さったような形になっている。

 その根本を見ると植物のようにか細い根を大量に生やしており、全体的な造形は人工物そのものであるというのに、その部分だけが植物のような有機的な空気を纏っていて、それがなんとも異様であった。

 ――本当に、なんでこんな形になってるんだか。

 時折足裏を刺激する小石のような感覚を覚えながらアレスが歩いていると、リトルは「まー、普通はそうだよねー」と返した。


「何か理由があるのか?」

「うーん、ま、理由といえば理由かなー」


 ――なんだよそれ、とアレスは思う。

 理由でありながら理由でないというのは、まるで哲学か子供の悪戯のようだ。

 このような馬鹿馬鹿しい問答を繰り出されてなお食い掛る人間など、相当の暇人しかいないだろう。

 とはいえ、今は――あくまで束の間ではあろうが――魔物も見つからない平和な時間。

 その「相当の暇人」となったアレスの好奇心を止める方法など、どこにもありはしなかった。

 知識欲に突き動かされるままに、アレスが口を開く。


「それでもいいさ、教えてくれ」

「いいの? ……ま、キミがそれでいいならいいんだけどさ」


 あっさりと返答したアレスに軽く瞠目しつつ、リトルは話を続けた。


「ここはね、テスカリトルの夢みたいな場所なんだ」

「夢? 力で出来たとは言ってたが……」

「そう夢。ここにはテスカリトルの力以外に記憶もあってね、それが混ざりあって、こんな風になってるってわけ」


 ほら、こことか夢っぽいでしょ、とリトルは金属板のような、あるいは一枚岩のような奇妙な物体を指さす。

 大きさはアレスの頭から肩までだろうか、壁に融合するような形で張り付いていたそれは、半分を黒い結晶に浸食されながら、ピンクや青といった色に光っていた。

 時折何かが動くような気配があって、次の瞬間にまた別の色に光り出す。

 光は不規則で、時折縞状に違う色の光が昇っていくことがある。

 近づいてみると不思議なことに音が鳴っているらしく、滝の落ちる音に近いもののやはり決定的に異なる、どことなく不安を掻きむしられる音を鳴らしていた。

 古代文明の遺物を思わせるが、それらと比べてもあまりにも奇妙で不気味だ。


「……なるほど、これは確かに悪夢みたいな光景だな」


 アレスは素直にそう答えた。

 様々なものが無秩序に交じり合い、時に喰らい合う。

 そうやって生まれた光景はやはり混沌としていて、しかし同時に秩序だった根本の存在を指し示していた。

 この無秩序と秩序が同居しながら闘争を繰り返す光景も、夢のそれだと思えば納得がいく。

 壁に埋まっていたそれが不意に消えるのを見て、アレスは殊更にそう感じたのだった。


「だからさ、夢だからって言うのが理由ではあるんだけど……」

「だけど?」

「それって説明を放棄してるようにも聞こえるでしょ? だって夢なんて、理屈を付けられるようなものじゃないんだから」

「なるほど」


 確かにリトルの言う通りだ、とアレスは思った。

 夢が夢である以上その夢を見る対象から逃れられないように、完全に理性的になることもまたない。

 どうあがこうが本能と知識をグロテスクに混ぜ合わせたものにしかなりえず、またはそれらの奇妙なパズルにしかなりえない。

 そのピースは奇妙に捻じれ、あるいは壊れ、再構築して新しいピースとなる。

 そういった法則や常識といった概念で測れないものに例えるのを説明と言わないだろうと考えるのも、確かに当然のことであるように思えた。

 ――とはいえ。


「こんな光景、そうとしか言いようがないもんなー」

「そうなんだよねー」


 悪夢のような景色の中に、アレスとリトルのどこか気の抜けた声が木霊する。

 彼らはどこかのんびりとした、しかし隙のない行動を続けながらも、漆黒の道を歩き続けるのだった。


◇ ◇ ◇


 部屋の中に赤い物体を認めて、アレスは足を止めた。

 どこか余裕をもって探索していた最中のことである。

 アレスは己の芯が冷えていくのを感じた。

 それは人型をしていて、ぐったりと横に倒れている。

 アレスが赤いと認識した理由は自明で、その中ほどから床の辺りに、赤いものがこびりついていたからだった。

 ――紛れもない、死体だった。


「……ひどいな」


 アレスは片膝を付いて、悲しみに眉を顰める。

 それは若い男の死体だった。

 生前はさぞもてはやされたであろう、端正な顔は苦痛と恐怖に歪んでいる。

 眼球はなく、赤黒い瞳孔が、血の涙を流してぽっかりと開いている。

 下半身は乱雑に切り離され、部屋の奥で足を縺れさせながら落ちていた。

 内臓はおおよそ食い尽くされてしまったようで、ゼリー状の赤いそれの欠片が、鎧に少しこびりついているだけだった。

 鉄臭さはなく、代わりに吐き気を催す腐敗臭が漂っている。

 それが何よりも、この哀れな犠牲者が襲われて時間が経っている事実を物語っていた。

 ――恐らくは、かつて行われたという探索事業に従事した者の内のひとりだったのだろう。

 荒々しくも素朴な鎧の意匠は名誉というよりも実利を取ったと思わせる姿で、かつて戦争の気配が冷めやらぬ頃の王国のそれと同じ形をしていた。


「でもおかしいな、時間が経っているにしては腐っていない」

「ここは時空がゆがんでいるって前言ったでしょ? 多分それが理由で、偶々ボクたちが彼が亡くなって少しした時間帯に辿り着いたんだと思う」


 なるほど、とアレスは小さく呟くと、そのままゆっくりとぽっかりと開いた眼光に手を伸ばした。

 その褐色の手で目を閉じさせると、赤黒く染まっていた眼孔が見えなくなる。

 未だおぞましく残虐な死に様には違いないが、眼を閉じるだけでその苦痛が和らいだようにアレスには見えた。


「……弔うの?」


 膝を付くアレスにリトルが問いかける。

 アレスはそれに「いや」と、死体となった男をじっと見つめ続けながら答えた。


「この辺りに柔らかい地面はないし、そもそもこんなにバラバラになっちまった死体をどうにかするのも難しい。それに……」

「それに?」

「きっと、弔いなんかしたってこの人達のためにはならないんだ。こんな場所で、悼んでくれる人だっていないのに」

「……そう、かな」

「そうだよ、……それに」


 アレスは少し声色を明るくして言った。


「ここで弔いはしないってだけで、この人達の死を無駄にするつもりはないさ」

「……どういうこと?」

「ここの宝を手に入れて、その上でここの構造をちゃんと王国に伝えてやる。それがきっと、オレがこの人達の代わりに出来る唯一のことだろうからな」

「なるほど」


 アレスはすっかりバラバラになってしまった下半身を持ち上げ、空洞になってしまっている彼の腹の下へと置いた。

 そのまま小さな声で冥福を祈ると、立ち上がって部屋のドアへと歩き出し、リトルもそれに(なら)う。

 彼の眼にはやるせなさと悲しみと、強い意思の炎が燃えていた。

 戦士としての抜け目なさをもって静かに扉を開け、そのまま足音を残さず外へと出る。

 ――光の加減だろうか。

 扉を閉じる瞬間、倒れ伏した彼が微笑んだように見えた。

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