5.探る
「で、ポイントってのはどういうことなんだ?」
ゴブリンの死骸から離れて数メートルほど、通路の角にある小さな部屋にアレスとリトルはいた。
部屋の中も廊下同様真っ黒で、窓のようなものもない。
幸い扉に関してはあったので、それを占めた上に防音の魔法をかけている。
現在アレスが何を質問しているのかというと、リトルが以前口にした「信仰ポイント」なる謎の存在についてだ。
曰く、それが足りなければ神の協力を得ることができないとのこと。
何故そのようなことになっているのか、どのような条件でそのポイントを蓄積することができるのか、アレスとしては聞きたいことが盛りだくさんである。
「んー、そうだねー……」
どこから話し始めようか……とリトルが頭を唸らせる。
少なくとも話す気がないというわけではないということがわかり、アレスは胸を撫でおろした。
「まずさ、もし神様がなんでもかんでも力を貸してくれるってなったら、キミはどうなると思う?」
「……どういうことだ?」
「あー、別に深い意味があるわけではないよ。ただキミ自身は人間がどうなるって思うのか聞きたくて」
「もし、神が力を貸してくれるなら、か……」
アレスは考える。
例えば、自分や自分達の部隊に終始神が力を貸してれるようになったとして、恐らく自分達はそれに依存するようになるだろう。
特別己を卑下しているわけではない。他の部隊も似たようなものだ。
加えて、内政においても――アレスはスパイとして最低限度のレベルしか知らないのも事実だが――似たようなことになるだろうという確信めいたものがあった。
「……まずいな」
アレスはそう結論づけた。
それを聞いて、リトルは満足げにうなずく。
「そう、あんまり超常的な存在が力を貸してしまうと、多くの人々がそれに依存しきってしまうようになるんだ。もちろんそうでない人だっている、けど、依存してしまう人の数はそうでない人よりずっと多い」
「まあ、そうだな」
「そうなってしまえば、人々は自分の意思で動いているというよりも、ボクたち神の力によって動かされているといったほうが正しいような状態に陥ってしまう。……それじゃあ人形と同じじゃないか」
「お前が作った眷属でもか?」
「ボクが作った眷属だからこそだよ」
我が子に自立してほしいと思うのは自然なことでしょ? とリトルは締めた。
その表情は先ほどまでとは違う、至って真剣なものであり、アレスはそれが嘘ではないのだと、嫌に信じたくなった。
――とはいえ。
「それでも、どうしても手を貸したくなるようなときだってあるんじゃないか?」
「そりゃーね、そういう時の信仰ポイントですよ!」
少し調子の戻ったリトルがおどけた表情で言う。
先ほどまではてんで意味のわからない言葉だったが、今のアレスには――しっかりと理解できているわけではないが――ある程度の輪郭が掴めているという、そんな自信があった。
「どうしても手を貸さないとまずい状況、例えば世界の危機などに陥ったとき、ただそれで人々が神に依存してしまわないような最低限のサポートをするためにその信仰ポイントやらがある、って所か」
「だいせ~か~い!! さすがだね!」
やけに己を褒めるリトルの様子に気恥ずかしくなって、アレスは顔を横に背けた。
次いでこれ以上褒められないようにと、「具体的にはどうすればポイントやらが溜まるんだ」と話の続きを促す。
「ああ、確かにそれも話さないとねー」
リトルは咳ばらいをひとつして、再び口を開いた。
「どうすればいいかは簡単! 捧げ物を祭壇に捧げてくれればいいよ!」
「どういった類のものを捧げればいいんだ?」
「まあ簡単なものだったらここの魔物のお肉とか、あ! 腐ったのは勘弁してよ! あとはレアな宝石だったり武器だったり……」
「……なあ」
「なに?」
アレスが頬をひくつかせる。
それは引いている、というよりはどうすればいいのか途方に暮れている、といったような表情であり、
「祭壇って、どこにあるんだ……?」
「…………あ」
リトルの小さな声が、やけに部屋に響き渡った。
アレスは扉を少し開けると、周囲に魔物が存在しないことをしっかりと確認して、
「『あ』じゃねーよ! ムリじゃねーかよそれ!」
「ま、まあ、力を借りるときは祈ってもらうだけでいいから」
「祈ってもポイント足りねーなら意味ないわ!」
「まったくもってその通りです、ハイ……」
「……とんだ無駄話だったじゃねーかよ……」
「まーでも、こんな場所だし、それにテスカリトルの力でできてるんだから祭壇くらいきっとどこかにあるって!」
「えぇ……」
んな楽観的な、とアレスは呆れた様子でリトルを睨みつける。
当のリトルは先ほどの殊勝な態度はどこへやらといった様子で、さ、説明も終わったし早く行こう! とアレスの手を引っ張る。
一方アレスは、色々と言いたいことはあったものの、これ以上話しても時間の無駄だと判断してその手を払うことなく、足を進めるのだった。
◇ ◇ ◇
現在ふたりは廊下――厳密には廊下の「ような場所」だが――を進んでいた。
一面黒の光景は正常な距離感を着実に奪っていく一方で、アレスはそれに抗おうと神経を尖らせ続けている。
どうやらこの場所の構造は、廊下と複数の部屋によって構成されているらしい。
その証拠に、所々に部屋へと繋がるであろう扉が散見された。
いくつかの扉には鍵がかかっており、簡単に部屋の中には入れないようになっている。
しかしその鍵もアレスのピッキングの手にかかればないようなものであり、ふたりはすでにいくつかの部屋に侵入し、その中の物資を手に入れていた。
内実は、複数の材質、色に分かれた杖が5本、これまた複数の種類に分かれた魔法書が3冊、そして木材――おそらくは硬い類の――でできた弓がひとつと矢が5本。
弓は特に拾い物だ、とアレスは思う。
現在のアレスであれば対応可能とはいえ、この洞窟の魔物は強靭なうえ、どこからともなく湧き続けるという性質を持っている。
実際のところは、このあたりの魔物もどこかに巣を持っているのかもしれないが、今のアレスからすれば暗闇の中からぬるりと生まれ出づるようにしか見えなかった。
それだけ数が多かったのである。
いくら強化されたとはいえ、まだ真正面から戦って8割といった状態だ。
それだけなら大丈夫かもしれないが、数に任せて襲い掛かられてしまえば、あっけなく負けかねない。
たとえ勝てたとしても、切れ目ない戦いに衰弱したアレスが次の戦いでも勝てるという保証はない。
そこから導き出される結論は、可能な限り安全圏から戦うのが吉、というものだった。
その点、長距離からの攻撃を可能にし、さらに音もほとんど鳴らない弓矢は、現在の戦いにおいて最適と言っても良い。
一方であまり使えない類のものも落ちており、例えば中が空洞になった球体のものなどがあった。
別に戦闘に使えるわけではなく、ただ振ると大きな音が鳴るというだけの代物だ。
相手に使われると逆に厄介になりかねないというのと、一応高く売れるかもしれないので拾っては置いたが、正直なところ、完全な無駄ではなかろうかというのが彼の正直な気持ちだ。
しかし、それよりも重大な問題がひとつある。
それは――
「――ハァ、これがどういう代物なのかさっぱりわからん」
拾いものの詳細が全くわからないというものだった。
基本的に、こういった拾い物は中々詳細を判別することが難しい。
そのため、基本的に『拾い物は鑑定できるまで使わない』というのが、アレス達をはじめとした戦争に関わる職業や冒険者たちの共通認識になっていた。
武器は形状に特徴のあることが多いためまだ問題ないが、飲み物や薬といった類ともなれば治療のために似た色の毒薬を飲んだ、などと言った状態に陥りかねない。
しかしそれらは理由の一端でしかない。
本当に未鑑定品が恐ろしいのは、呪いが掛かってしまっている危険性があるからだ。
呪われた道具を使ってしまった場合、様々な不利益を被る危険性がある。
逆に祝福されている道具を利用してしまった場合もあまりよろしくない。
祝福とは文字通り神に祝福された道具で、通常の道具よりより強い、あるいは便利な効果を使用者にもたらしてくれるようになる。
それ自体は当然ありがたいことだが、もし鑑定せずにこの祝福した道具を利用してしまった場合、その状況に対して過剰なまでの効果を使用者に与える可能性がある。
そうなってしまえば、純粋な無駄遣いになってしまう。
そのため、詳細を判別しようと鑑定を使うというのが自然と浸透していったのだった。
とはいうものの、鑑定を行うというのも実のところ難しい。
というのも、呪いなどを鑑定するには、基本的に魔法を利用して鑑定するしか方法がないのだ。
自力で鑑定するだけの目を持った人物も存在こそするものの、大陸全土で2人と現実的な数字ではなく、一方の魔法は自力では習得できないという弱点を持つ。
そうなると魔法で鑑定するほかないのだが――
「巻物がないんだよなぁ……」
呪いなどを解読するためには、基本的に相応の魔力を込めた巻物を利用する必要がある。
意外と高度な技術を必要とする呪文で、その上詠唱者の知識に依存するという性質もあり、実戦で利用するには魔道具の力が必要不可欠であった。
魔道具に様々な知識を記述することで、呪文がそちらを参照してくれるからだ。
「まーでも、仕方ないか」
巻物は寝るまでに見つかればいいか。
アレスはそうつぶやいて、恐る恐る更なる暗闇へと足を進めていった。