3.語る
「――悪かったって、だから機嫌直してくれよ」
「フーンだ」
機嫌を悪くしてしまったリトルをアレスはなんとか説得しようとする。
しかしすっかり拗ねてしまった彼女は、アレスの言葉を聞いてもそっぽを向いたままだ。
――まるでさっきの焼き増しだな。
アレスは子どものように己をにらみつけるリトルに先ほどまでの自分を見てしまい、少し気恥ずかしくなった。
「……まあいいよ、両成敗ってことにしてあげる」
ボクは神だからね! と「神」の部分を強調してリトルは言った。
「わかったよ、じゃあ聞きたいんだが――」
「えー? 謝ったりはしてくれないの? ボクがこんなに寛大な心で許してやったっていうのにさ」
「――この現象はどうやったら解除されるんだ? つっても、適当になんかやってれば治るってわけでもなさそうなのは見て取れるが」
「うーむ塩対応」
完全にスルーされたリトルは不満そうにアレスを睨みつけたが、すぐ表情を真剣なものに変えるとこう答えた。
「その方法なら簡単だね、最深部の『宝』を手に入れればいいのさ」
「……本当か? それなら万々歳なんだが」
任務もあるし、とアレスは聡明な現国王を思い出した。
現国王は賢く、正義感に満ちているが、同時に腹の底が知れない人物でもある。
不都合なことに関してはうまく煙に巻きたい性質のアレスとしては、彼のすべてを見通すような目がどうも苦手であった。
――最初は体のいい厄介払いでもされたかと思ったが、案外陛下はこうなるとわかっていたりしてな。
ふと奇妙な考えが頭をよぎったので、アレスは頭を振ってそれを払った。
「まあでもあんな洞窟だ、どうせそれも一筋縄ではいかないんだろう」
「まーね。目的自体は本当にそれだけだけど、最深部にいくためにはそれなりの準備が必要になるよ」
まあここらへんは追々ね、とリトルはものを横にどかすようなジェスチャーをした。
「とりあえず今キミがやらないといけないのは、5階層までの踏破かなー」
「5階層までって……オレが殺られたの、1階層どころか入り口近くだぞ? 正直このままじゃ、10回やろうが100回やろうが同じ結果にしかならないだろ」
「あー、確かにそうだったねー」
悲観的な予測をアレスとは対照的に、リトルはひどく楽観的だ。
なにか秘策があるのだろうか――とアレス考え始めたそのとき、リトルが言葉を続けた。
「まーやってみな! なんとかなるから!」
あまりの脱力感に腰が砕けそうになるのを必死にこらえて、アレスは眼前の自称最高神を半眼で睨んだ。
――やっぱりコイツ、ただの変なヤツなんじゃないのか。
「その顔、絶対テキトー言ってるだけだろって顔だね」
「そうだな」
「ひ、ヒドい! そこはせめて嘘でも『そんなことない』って言うところでしょ!」
よよ、とリトルが袖で顔を隠す。
泣いているつもりなのだろうが、あまりに声の演技が下手なので嘘であることがバレバレだ。
「ウソ泣きする暇があったら話を進めろ」
「ひ、ヒドい! この鬼! 鬼畜! テスカリトル!」
「あ゛?」
「すみませんふざけすぎました」
「それでよろしい」
リトルが土下座をして謝罪した。
そのあまりのスピードに、自称とはいえ最高神がこれって……とアレスが心中で複雑な思いを抱いていたことは余談である。
「とは言ってもねー、ホントやってみなとしか言えないんだよねー」
「……ってのはアレか? また盟約により話せないって」
「そーいうことー」
「……お前、本当は知らないんじゃないか?」
「アッハッハ!」
「ごまかそうとするな!」
先ほどの謝罪はどこへやら、すっかりふざけた様子に戻ったリトルは、笑ってアレスの追及を逃れたかと思うと、空中に浮いて足を子どものようにバタバタと動かした。
高等な技術を要すると言われる空中浮遊を平然と行う能力の高さと、その子どもっぽい所作の落差にとうとう溜め息をついたことも余談である。
「つってももう少し言えることはあるだろ。いくらなんでも『やればわかる』じゃどうしようもねーよ」
「あー、それもそっか。じゃあもう少し具体的に説明するね」
「できるなら早くやれよ」
アレスのツッコミをスルーしながらリトルが話を続ける。
「ひとつはね、まず復活したキミはさっきまでのキミとは違う」
「ん? どういうことだ? 身体が変わったりでもすんのか?」
「んー、それは違うっていうか、まあしてるかしてないかで言えばしてるんだけど、それはたぶんキミの思ってる「してる」とは違うからしてない扱いでいいんじゃないかなー」
「はぁ……?」
「ここらへんは説明できないこともないんだけどねー、どうしても難しい言い方しかできないし理解できるかというと微妙だからスルーして」
「……わかった」
「ごめんね、どうしても説明しないといけないときがきたら、ちゃんと説明するから」
いささか納得のできない状況ではあったものの、少なくともかなり高位の魔術師、自称を信じるのであれば王国の最高神そのものだ。
彼女が「難しい」と言っている物事を理解することは困難だろう。
そう結論付けたアレスは、しぶしぶといった様相で首を縦に振った。
「もうひとつはね、別に彼らはキミが倒せないほどの存在じゃないってこと」
「……どういうことだ?」
アレスは思わず顔を顰める。
いくら暗部とはいえ、アレスとて王国直属の部隊の一部隊長を勤めている――当人としては現状を「いる」と表現するべきか「いた」と表現するべきか悩むところだが――身だ。
だからこそ、あのコボルドが通常種と比べて――そしてアレス自身と比べても――異常なまでに発達した膂力を持っていることが理解できた。
「ほらさ、別に彼らにだって隙とか弱点がないわけじゃないんだよ。そこを突いてしまえば簡単に倒せるってわけ」
まー、普通の種と弱点が違うってこともよくあるけどねー、とリトルは付け加えた。
「なるほど」
己が視野狭窄になっていたことに気づいて、アレスは自嘲する。
もともと奇妙と称してもなお過小評価に聞こえるような洞窟に適応した生物たちだ。
一見して通常種と似たような特徴を持っていても、特定の器官が発達していたり、あるいは退化していたりと変容している可能性は十分に考えられた。
「納得してもらえたところで、次は洞窟についての説明にいくねー」
「ああ、頼む」
「まずひとつ目。これはちゃんと肝に銘じてもらっていてほしいんだけど、死に戻ったあとも洞窟の構造は変わる」
「……どういうことだ?」
リトルの奇妙な忠告に、アレスは思わず頭をひねった。
確かに、不帰の穴は終始構造が変わることで有名な場所である。
しかしそれは通常の時間軸での話であり、理由は不明ながらも過去へと戻る以上、構造はそのままと考えるのが自然に思えた。
「理由としてはね、ここがテスカリトルの力が封印された場所、っていうのが大きいかなー」
「テスカリトルの……?」
「そ、キミは彼がどういう神なのか知ってるかい?」
「ああ、大昔にアンタと戦って封印された邪神だろ」
テスカリトル。
ハイデルン王国に代々伝わる神話に登場する、闇を司る神であり、同時に魔法の創始者とも呼ばれる。
かつて世界が産まれるまえ、そこにはチッツァ=リトルとテスカリトルだけがいた。
ふたりは互いに協力して天と地を産み、それぞれの眷属を作り出したという。
しかし光と闇の神の蜜月はそこまでだった。
突如として変心したテスカリトルは、チッツァ=リトルとその眷属――人間のことであるが――を滅ぼすべく戦いを挑んだのだ。
何百年にも渡る長い戦いの末、ついにテスカリトルは封印された。
そしてその時、共にテスカリトルを封印した勇者の末裔が今のハイデルン朝の王家なのだが――
「ソイツがここに封印されているのは知ってるが、それがなんか関係あるのか?」
「大有りさ!」
リトルが勢いよく手を広げた。
「神話を知ってるってことは、彼の戦いについても大体知ってるだろ?」
「ああ」
「どんな内容だったか、覚えているものを教えてくれないかな?」
「うーん、確か『彼の神は遥か過去へと戻り、彼のものを奪い取ろうとした』……あ」
アレスは古いおとぎ話の一節を暗唱すると、なにかに気づいた様子で声をあげる。
――『遥か過去へと戻り』ってことは……。
「テスカリトルは、時空を超えることができる……!?」
「大正解!」
パチパチパチー! と拍手しながらリトルはアレスの推測を認めた。
「彼は時空を超えることができたし、同時にすべての時間軸の出来事を認識することもできた」
ま、それも万能ってわけじゃなくて、ボクみたいな同等以上の存在が関わってる出来事を知ることはできなかったらしいんだけどね、とリトルは付け加える。
「じゃ、そろそろアッチに戻る時間っぽいし、話はここまでにするね!」
「ああ、ありがとう。それじゃ――」
また、と言いかけたところで、アレスの脳裏にとある疑問が浮かんだ。
「そういや、アンタに洞窟の攻略を手伝ってもらえば簡単に最深部まで行けるんじゃないか?」
「あー、それムリ、ポイント足りてないし」
「は!? ポイントって――」
アレスの足元に大きな穴が開いた。
「それじゃ、あっちでね。バイバーイ♪」
「ちょ、待て!! ポイントってなんなんだよおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ…………」
アレスの叫びもむなしく、リトルに笑顔で見送られながら、彼の身体はこの空間の中を落ちていくのだった……。