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地底の王  作者: 三倍ザー
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1.不帰の穴

 ハイルデン王国とディルヴァ共和国の国境沿いを有する盆地にその洞窟はあった。

 遥か昔の神話時代、神々が強大な力を持つ邪神テスカリトルの力を封印したという洞窟は、その影響かおぞましいほどの魔力に溢れていた。

 そして規格外に膨大な魔力は、かつては特別でもなかったであろう洞窟そのものに悪影響を及ぼす。

 魔力の塊から外とは比べ物にならないほどの魔物が生み出され、そしてその魔力に()てられた周囲の地形が当然のように変化する。

 邪神によって生み出された眷属たちも棲まうようになり、強力な魔物と地図が使い物にならない不定形な内装をもつその洞窟は、いつからか『不帰(かえらず)の穴』と呼ばれるようになっていた。


「……ったく、なんでオレがこんなことしないといけないんだよ」


 こういうのは騎士団とか探せばもっと適任なヤツ見つかるだろ、と、洞窟の前でとある少年が(ひと)()ちた。

 少年の髪は絹糸のような白色をしていたが、うなじほどで切りそろえられたその髪はまるで鳥にでも襲われたかのように四方八方へと散らばっていた。

 健康的な褐色の肌に描かれたかのような大量の隈をこさえた目はくすんだ金色で、中性的な顔をゆがませて呪詛のようなものをつぶやいている。

 体躯は150センチ前半ほどで、周囲とよく溶け込む、茶色や緑色を多用した服を着こんでいた。

 腰の辺りにはいくつかのナイフとロープ、そして短めの杖を装備しており、それぞれがぶつからないように広めに空間を取っている。

 足音はない。枝を踏むような音も最小限に抑えられており、まるで彼の周囲だけが静寂に取り囲まれたかのようだ。

 彼の名前はアレス・ドラン。

 不帰(かえらず)の穴を持つハイデルン王国の諜報部の部隊長である。

 本来敵国へ潜入し、重要な情報を持ち帰るのが本職のはずの彼。

 そんな彼が今回受けた任務は、「不帰の穴にあるという財宝の奪取」であった。

 なんでも邪神を封印する際に用いた強大な神器が最深部に残されているそうで、教会庁からの申し出でどうしてもそれを持ち帰る必要があるとのことであった。

 ――さも緊急事態みたいな口ぶりの割に人選がおかしいにもほどがあんだろ。

 アレスは何度目かもわからないため息とともに、あの時なんとか飲み込んだ言葉を反芻(はんすう)した。


「神器っつーなら、なんかふさわしい家の出とか探せばいくらでもいるだろうに」


 諜報部隊をはじめ、王国の部隊長には英雄の血筋や王家との関わりがある名家の出身が多い。

 しかしアレスはそういった血筋を持たない人間であった。

 というのも、彼は義父に拾われた捨て子だったからだ。

 ドランという姓も、育ての親であり、また前諜報部部隊長であった男のものを頂戴しただけだ。

 育ての親の生家は男爵であったため、一応彼も今は男爵の子孫ということにこそなっているものの、実際の彼の出自は川のほとりに捨てられていたただの捨て子。

 しかもどちらかといえば裏方に位置する諜報部の人間であるから、神器を手に入れたとして大々的な宣伝に使えるとも思えない。

 騎士として王家に仕えている人間であれば、祭事などで姿を見せることも多いものの、諜報部はその性質上市民の前に姿を現すこと自体がないのだから。

 またあらかじめ用意された物資があまりに少ないというのも理由のひとつであった。

 大臣から渡されたものは、ナイフとロープ、杖に装備と、そして数点ほどの保存食のみ。

 どのような内容になっているか不明なのであえて最小限の物資のみとした、とは大臣の弁だが、アレスからすれば胡散臭い釈明としか思えなかった。

 とはいうものの、仮にも部隊長である以上、捨て駒とするには地位が高すぎる。

 ――ま、こういうときに一番ありえるのは


「知らない間に政争にでも巻き込まれていたかねぇ」


 あーやだ、これだから貴族のボンボンどもは、とアレスは肩をすくめる。

 それからすぐに自分の芝居がかった動きを理解し、顔を赤らめると周囲を必死の形相で見渡した。

 同行者がいないことは最初の時点で通達があったうえ、追手の類もいないことはすでに把握していたが、万が一、本当に万が一たまたまここを通りがかった通行人に今の動きを見られたら……。

 そう思うと冷静ではいられなかったのだ。

 ――余談だが、不帰の穴の周囲10km以内は民間人が入れないように厳重に封鎖されている。

 アレスは真っ赤になった顔をどうにか冷まそうと必死に手で扇いでいたが、さっと瞳を真剣なものへと変化させると、


「とりあえず、偵察と行ってみますかね」


 と、黒々と闇を湛えた洞穴へと足を踏み入れるのだった。


◇ ◇ ◇


 不帰の穴について判明していることはほぼないと言っていい。

 その定期的に構造を変えるという性質も理由の一旦だが、「不帰」の名の通り、純粋に帰ってきたものがあまりにも少ないからだ。

 王国が建てられてからここ200年ほど。

 かつては1年に3回ほど送り込むという事業が10年ほど行われていたようだが、帰還に成功したものはたったの1人。

 その上、彼は入り口のほんの付近を歩き回っただけで、まるで情報源とした役に立たなかった。

 結局洞窟の調査は、内装の把握どころか取り戻すことのできない無数の屍を生み出すだけの結果に終わったのだった。


「松明をつけてこの暗さか……」


 アレスは右手に松明を掲げながら舌打ちをひとつした。

 魔法によって火力を高めた炎は煌々と燃え上がっているというのに、周囲の状況がまるで把握できない。

 壁が黒いなにかによっておおわれているようで、それらが光を吸い込んでしまうのだ。

 3mほど先までは視認することができるが、それから先は全くの闇。

 床が(ぬめ)っているわけではないのが唯一の救いであった。

 音をたてないように慎重に足を差し出す。

 視界があまりよくない以上、魔物に位置を悟られて奇襲されてしまうのが最も恐ろしい事態であった。

 壁も床も真っ黒な結晶のようなものでできており、ところどころに鋭くとがった結晶が顔を出している。

 試しに手元にあったナイフで叩いてみると、キンキンと硬質な音がした。

 中々に切れ味が良さそうだ。


「ちょっと試してみるかね」


 アレスは杖を手に取ると軽く振り、小さい声で呪文を唱えた。

 すると、彼の目の前に小型のつるはしが姿をあらわす。

 その杖には簡易的な魔法がかけられており、限られた回数以内であれば特定の魔法を魔力なしで取り扱える効果を持っているのだ。

 今回の杖に込められた魔法は「異次元の箱」

 魔力によって作られた異空間に物を送り込んだり取り出したりする魔法で、これがあるだけで荷物に困らないという優れものであった。

 とはいえ弱点はあり、非常に魔力の消費が大きい。

 魔法の発動にも魔力を使えば、空間の維持にもそれなりの魔力が必要だからだ。

 アレスはそれなりに魔法が得意ではあったが、今回のような任務で無駄な消費をするのはいけないということで、代理策として杖を持ち込むことを決めたのだった。


「残りは……あと11回か」


 どっかで魔力を充填(チャージ)しないと難しそうだな、とつぶやきながら彼は黒い結晶を抉り出す。

 無論周囲の安全は確認した後である。

 この洞窟を構成する物質だから、てっきり光を完全に吸い込んでしまうのではないかと危惧していたが、そうでもないようだ。

 黒々としていること自体はかわらないものの、周囲の光に応じてその色の濃度を臨機応援に変化させている。

 どうやらガラス質の物体のようで、反射によって見える色が変わっているようだ。

 なら……と周囲をもう一度見渡してみるが、今回の鉱石のような反射は見受けられない。

 洞窟から取り出されたことにより、中に潜む魔力が変質したのかもしれないと結論づけ、アレスはあと2つか3つほど結晶を取り出してから足を進めることにした。

 ――そう決めた矢先、アレスの頭上にぬめった液体が落ちた。

 何事かと頭上を見渡すと、そこには六本の足を醜く蠢かせた、犬と蜘蛛を掛け合わせたような頭をした人型の怪物がいた。

 ――王国内でも厄介な魔物として有名なコボルドだ。

 採取に気を取られすぎたか、とアレスは舌打ちをする。

 相手の様子を見てみると、天井をつかむ脚の筋肉が通常の種とくらべて発達している。

 王国で対峙するものと比べて数段強いと考えてよさそうだ。

 まずはさっき手に入れた結晶を投げつけて、そのまま撤退を――


「……カハッ」


 後ろに飛んだのとほぼ同時に、アレスの口から血が噴き出した。

 信じられないといった表情で目線を下に向けると、コボルドの脚の一本が胸元に突き刺さっている。

 天井はそこまで高くないとはいえ、少なくとも対応はできるほどの高さであった。

 それを上回る速度でコボルドが近づいてきたのだ。

 ――ちくしょう、こんなところで――

 もはや何度目かもわからない悪態をつきながら、アレスの意識は闇に閉ざされていった。

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