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訪問者たち

 翌日の昼頃、見知らぬ男が門のベルを鳴らした。この「竜の城」を訪れるのは、ギュンター子爵の使いの他は、麓の村の者が数人だけだ。むろん厳しく選ばれた信用のおける人間で、城の使用人たちにも顔が知られている。


「知らねえ顔だな……」


 ちょうど門の近くで鋏を入れていた、庭師の二コラは首をかしげた。身なりからみると王宮からきたらしいが、いつもの子爵の使いとは雰囲気も違う。

 二コラの知らせで、家令のエクムントがやってきた。


 もっともらしい口上を述べ始めた男を、エクムントは制した。


「わが主より、証拠の印をお持ちでない方は通してはならぬと申しつかっております。印をお示しいただけないのなら、お引き取り下さい」


 男は「途中で印を失くした」だのあれこれと言い訳をしていたが、エクムントはにべもなく言った。


「お気の毒ですが、一度お戻りになって出直して下さいますよう。主の言いつけですから、決して咎められることはございますまい」


 さすがに無理だと悟ったのか、男は諦めて引き下がった。エクムントはヴィルフリートに報告はしたが、ひとまずそのまま様子をみることに決めた。




 それから十日ほど経ったある晩。ヴィルフリートはふと目を覚ました。彼が夜中に目を覚ますことは珍しい。隣を見ればアメリアが、彼の肩に額をつけるようにして眠っている。特に変わった様子もない。


「……?」


だが、何かが変だ。ヴィルフリートはアメリアを起こさぬように起き上がり、ガウンを羽織ってそっと窓に近寄った。

 二人の寝室は館の中心にあり、広い前庭が見渡せる。その夜は新月も近く、それほど明るくはなかった。だが彼は普通の人間よりも夜目がきく。何かを目にした彼は、急いで部屋を出た。


「エクムント」


 静かに扉をたたくと、すぐに身動きする気配がして、まもなくエクムントが顔を覗かせた。ヴィルフリートは目顔で合図して囁く。


「門の西側から侵入したものがいる。おそらく三人」


 エクムントははっと息を呑んだが、すぐに頷いた。


「ヴィルフリート様は奥方様を。あとは我々で」


 そう言いながら、エクムントはすでに他の使用人の部屋へ歩き出していた。ヴィルフリートはそのまま踵をかえす。


 アメリアは何も知らないまま、よく眠っている。何事もなく済むならこのまま寝かせておいてやりたいが、そうも行かない。ヴィルフリートはアメリアをそっと揺り起こした。


「……静かに。敷地へ忍び込んだものがいる」


 アメリアは小さく息を漏らしたが、それでもヴィルフリートの言う通りに、気丈にも靴を履き上着を羽織った。ヴィルフリートはそのまま長椅子にかけてアメリアを抱き、庭へ目を光らせる。エクムントらは間に合うだろうか。



 おそらく侵入者は盗賊の類ではない。ギュンター子爵の足取りを辿り、ここに「竜の末裔」絡みの秘密があると探りに来たものだろう。すぐに館へ入ろうとはせずに様子を伺っている。

 やがて人気のなさそうな図書室のほうから侵入することにしたのか、黒い影が窓に近寄った。


 その時隣室の窓が開き、煌々と明かりが灯った。侵入者たちがハッと立ちすくむ。


「こんな時間に、当家に何のご用ですかな」


 低い声で問いかけたのはエクムントだった。その手にはボウガンが構えられている。中心にいた男が慌てたように言った。


「い、いや、お騒がせして申し訳ない。道に迷いましてな、一晩休ませていただけないかと……」

「ほう、道に迷われた。呼び鈴も鳴らさず、わざわざ生け垣を乗り越えてとはご苦労さまですな」

「……」


 もう一人の男がひっと息を吸った。エクムントが注意を引いている間に、いつの間にかさらに二人の男が、後ろから武器を構えているではないか。彼らは知らないが、庭師のニコラと馭者のフーゴだった。


「言い訳は聞きません。お引き取り下さい」


 中央の男はそっと振り返った。それぞれの武器が確実に狙いを定めている。


「くっ……」


 それでもまだ何か言おうとしたが、それまで黙っていた男が首を振って止めた。


「さあ、帰ってもらおうか」


 ニコラが大きな鎌を構え、三人の男を歩かせる。フーゴが手にしているのは馭者らしからぬ長剣だ。エクムントは侵入者が敷地の外へ出るまで、矢をつがえたまま見送った。




「失礼、ヴィルフリート様」


 男たちが門の外へ出ると、エクムントはすぐに主の寝室へ向かった。もちろんヴィルフリートは起きていて、その腕に妻を抱いている。


「エクムント、ご苦労だった。……追い返したのか?」

「はい、あとはニコラとフーゴに任せてあります。お騒がせを致しました。奥方様はどうか安心してお休み下さい」


 アメリアの不安を煽らぬよう、そう報告するにとどめた。あとはヴィルフリートが何とか宥めてくれるだろう。

 エクムントは自分の仕事部屋へ入り、ギュンター子爵へ手紙を書き始める。


 手紙を書き終えてしばらくした頃、静かに扉が空いて、ニコラとフーゴが入ってきた。


「エクムントさん、戻りました」

「ご苦労ですな、お二人とも」


 エクムントの言葉は、庭師と馭者に対するものより丁寧だ。実は二人とも、もとはギュンター子爵の部下だった。「竜の城」の警護役としてここに暮らすようになって長い。普段は庭師と馭者としての暮らしがすっかり板についているが、決して訓練を怠ることはなかった。


「……で?」

「ええ、ご安心を」


 それ以上は口に出さずとも分かる。ただ追い返しただけでは安心など出来ない。森の中で、 密かに始末してきたのだろう。エクムントは頷いた。


「とは言え、これ以上人数を増やされでもしたら困りますな。やはり子爵様にお知らせしたほうが……」

「ええ、今書いておきました」

「なら明日、私が村へ行きましょう。ちょうど買い出しに行く日ですからね」


 ついでに果物を買ってくるくらいの気安さで、フーゴが言った。だが彼が実は先代子爵の護衛を任された程の腕前であることを、エクムントは知っている。



 エクムントからの知らせを受け取ったギュンター子爵は、重い息を吐きながら手紙を読み返していた。

 彼が思ったよりも、事態は緊迫している。竜の城へ現れた男たちが誰の手の者かは分からないが、過去の自分の足取りをたどるのは、やはり難しくなかったようだ。始末するしかないのは理解できるが、いずれ王都へ戻らなければ次の災いの種となるだろう。もはや放置しておくことはできない。

 と言って、今自分が動けば完全にヴィルフリートとの関わりを知らしめることになってしまう。どうにか後をつけられぬようにすることはできても、自分が王都を留守にしては状況が分からない。子爵はまた頭を抱えた。




 三人の男が侵入した翌日、ヴィルフリートはアメリアに包み隠さず説明した。「竜の末裔」に関わる話も完全に共有したのだ。今さら秘密にしておいて守られたいアメリアではない。

 アメリアは少し青ざめたが、それでも落ち着いて話を聞いた。


「……もし、また来たら……?」


 それは当然の問いだった。ヴィルフリートももちろんこれで解決とは思っていない。


「エクムントたちは、最悪の場合はここを捨てて逃げろと言っている」

「どこへ、ですか」


 ヴィルフリートは首を振った。


「残念だが、そこまでは分からない。その前に子爵と連絡がつけば良いのだが……」

「……私はヴィル様となら、どんなところでも生きて行けます。でも、できればこのままで……」

「そうだな。今から心配しても仕方ない。私たちはここで待つしかないんだ」


 静かに頷くヴィルフリートに、アメリアはそっと寄り添った。

 窓の外には早くも夏の花が咲き始めている。去年のように、屈託なく陽射しの下で語り合えないのが少し悲しい。それでも、ただ諦めて座っているのも嫌だ。


「ヴィル様、お庭へ行きましょう。遠くでなければ、前庭なら良いでしょう?」


 少し驚いた顔をしたが、すぐにヴィルフリートはアメリアの意図を察してくれたようだった。


「ああ、いいね。そうしよう」

「今日は帽子が要りそうですね」


 腕を組んで庭へ出てゆく二人を、レオノーラが静かに微笑んで見送った。




「本当に、『竜』とやらがいるらしいぞ」

「いや、鱗のある人間だと聞いたが」

「どちらにしても、化け物に違いない。そんな気味の悪いものは人間じゃないだろう?」


 いったい、どこから洩れたものか。王宮に、いつのまにかまことしやかな噂が囁かれだした。

 アメリアの義父カレンベルク伯爵のように、断片を知る者もいただろう。先祖が大昔の伝説を記録していた家もあったかもしれない。未だ王家をはじめ多くの貴族たちの後継も定まらず、沢山の死者を出した病の恐怖も薄れていない。


「もしかして、この前の流行り病もそれのせいなんじゃありませんの?」

「気味の悪いこと。いっそ、そんなものは殺してしまえばいいのに」

「その通りですわ。むしろその方が、国も安泰でしょうに、ねえ」


 不安な空気は、不穏な噂を広めるのにふさわしいのかもしれない。確かな情報などないためにかえって想像が膨らみ、たちまち竜が悪の権化のような噂が広まってゆく。国王は一度「人心を惑わす噂」を禁じたが、もはや人の口に蓋をすることはできなかった。

 王家とて、真実が明らかになることは望んでいない。ということは、積極的に事態の収拾に関わりたいものでもない。あまりに年数が経ちすぎて、当の王家自体も認識が甘くなっているのかもしれなかった。


 ――だめだ、もはや自分にどうにかできる状態ではない。


 ギュンター子爵は密かに国王に面談を申し出た。思った通り、国王はできることならこの事態を黙ってやり過ごしたいと考えていた。


「しかし陛下、ことはかなり切迫しております。もし本当に、ヴィルフリート様を連れ帰られたらどうなさいます」


 それは、王家としてはあってはならない事態だ。千年もの間隠し通してきたのだ。王家の権威も信頼も、すべてが地に落ちてしまう。すでに「竜の城」に何者かが現れたと聞き、さすがに国王も顔色を変えた。


 かなり長い時間をかけて話し合い、子爵はどうにか国王の同意を得た。足早に王宮から退出すると、今度は部下を呼ぶ。その夜遅くまで、子爵の執務室から灯りが消えることはなかった。

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