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プロローグ

 純白のドレスを着て、寝台に横たわる一人の娘。


 艶やかな栗色の髪は解き流され、ふんわりと枕に波打っている。

 長い睫毛に縁取られた瞼は固く閉じているが、ごく薄く化粧を施された薄紅色の唇は僅かに緩んで、深い眠りの中にいる娘の吐息が聞こえてくるかのようだった。


 彼は眠る娘の横に立ち、淡い金色の瞳で、食い入るようにその姿を見つめた。ふと頭を振って、瞳と同様に淡く黄みがかった、淡く透ける髪を後ろへ払う。

 (あらわ)になった顔は、例え美の女神でも文句のつけようがないほどに整っていた。もし敢えて難を言うならば、色味が少ないせいで表情に乏しく見えることだろうか。


 こうやって、目の前で眠る娘を見下ろすことも、もう何度目になるだろう。その都度別の娘だったが、いつもならひと目見ただけで、この娘は違うと分かったものだ。


 それなのに。今回は……何なのだろう? 

 どうしてか、目を離すことができない。他の者には見えない輝きが娘を包み、彼を引きつけているように感じられる。


 初めての感覚に、彼は戸惑った。

 そっと手を伸ばし、陶器のようになめらかな頬に触れてみる。

 ぞくり、と今まで体験したことのない震えが体を駆け抜け、彼は慌てて手を引いた。


 ――何だ、この感覚は? 


 閉ざされたごくごく狭い彼の世界で、このような感覚を味わうことは、今まで一度もなかった。


 ――これがそうなのか? この娘が私の……?


 吸い寄せられるようにもう一度手を伸ばし……、今度は絹糸のような髪に触れてみる。


 ――なんと柔らかいのか。


 胸の奥で甘くざわめく何かを感じ、彼は確信した。


 どれだけ待ち望んだことだろう。

 彼女は――彼女こそ、彼のものだ。

 妻や伴侶という言葉では足りない……己の片割れ。まさに(つがい)としか言い得ぬ存在。


 狂おしいほどの喜びに、彼の全身に震えが走る。

 欲しい、欲しい。今すぐこの腕にかき抱いて、もう永遠に離したくない。


 彼は知っている。

 もし今ここでこの娘を欲望のままに手折っても、誰も彼を責める者はいない。この城の主は彼だ。彼女とて、責めることは許されない。

 だが、彼女はきっと泣くだろう。そのような姿を見たいとは思わなかった。


 だから、彼は耐えた。身の内から湧き上がる、凶暴と言ってもいいほどの激しい衝動に。

 彼の瞳は今までにない熱を帯び、黄水晶(シトリン)のように煌めいた。


 いま一度、ひと筋の髪を指先に絡め……白い額に、そっと口付ける。甘い香りが、彼の鼻腔を満たした。

 やがて名残を惜しむように、ゆっくりと髪を放し……。


 彼は部屋を出ていった。

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