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こうして私は再婚しました。

と思ったらその日のうちに、ユリア様が再び我が家にやってきました。

「あら、御機嫌よう、ユリア様」

「ご、ご機嫌よう…あの、彼と離婚したと伺いましたが?」

「ええ、昨日彼は出て行きました。

当然、書類上の細々とした事はうちの優秀な執事が既に終わらせておりますので、

ユリア様は大手を振って彼の妻としてお暮らしください」

「でしたら!何故、貴方がこの家にいるのですか!?」

「はい?」

私はきょとんとしてしまいました。

対する彼女は目を大きく開いてまるで、私を威嚇しているよう。

「貴方はもう伯爵夫人ではないのですよ!?

確かにある程度の財産分与は仕方ないにしても、この屋敷に居座るのは些か図々しくありませんか!?」

「……ちょっと言ってる意味がわかりませんが…もしかして、貴方この家が彼の物だと思ってらっしゃる?」

「何を当たり前のことを!彼は伯爵様なのよ!?

この豪邸が彼の物でなければ、一体誰の物だと言うのかしら!?」

「豪邸というほどの家ではありませんが」

一般的な貴族の屋敷ですよ、我が家は。

といっても、彼女は平民。

平民からすればこの家は豪邸と言って差し支えないかもしれませんね。

「褒めてくれて嬉しいわ。

この家は親から受け継いだ大事な家ですから」

「……は?」

ぽかんとした顔をするユリア様。

そんな彼女に席とお茶を勧めます。

「え、親から…?」

「ええ。私の父が元グラノール伯爵。

そして私が現伯爵。お分かりかしら?」

そうお伝えした途端彼女の顔色がどんどん悪くなる。

空調が効きすぎているのかしらね。

彼女に羽織るものをと言えば、即座にユリア様から辞退の申し出がありました。

どうやら寒い訳ではないようです。

「じょ、女性が…伯爵になれるのですか…?」

「昔は男性しか家督が継げませんでしたからね。

でも10年前に法律が改正されて今は女性にも家督を継ぐ権利が認められてますわ」

というのも、先代国王陛下には王女様しかお生まれにならず。

そうなると、どこかから男を養子に迎えて王位を渡すか、法を変えて王女様ご自身に王位を渡すかの二択となります。

先代国王陛下は悩みに悩んだ挙句、

後者を選び陛下自ら主体的に動いて法律を改正。

お陰で現在我が国は女王陛下が治める太平の国となっています。

という話をしてみたのですが、

あまり学がないようで、ご自分の国の王が女性である事は流石にご存じでしたが、

それに伴い法律が改正されたあたりは理解されていませんでした。

「最近漸く貴族の中にも女性が爵位を継いだという家がポツポツ出てきた…

という感じですものね。

まだまだ平民にまでは広まっていないのね」

私はそう呟きます。

「で、では、彼と結婚してもこの家には住めないの?」

「勿論。彼は我がグラノール家にやってきた婿養子。

離縁の際に、今後の生活の足しにと幾ばくかの金銭は握らせましたが、

それ以上の物を差し上げる事は出来ません」

「そ、そんな…!じゃあ、あのお店は…!」

「当然あれは私のお店。その経営の実権も全て私の物」

「イリヤ様は会長なのに…!?」

「私の夫だったから会長の椅子に座っていて貰っただけだわ」

私の言葉に彼女はすっかり萎れてしまう。

もしかしたら、彼女は元夫と結婚すれば自分も貴族の仲間入りと思ったのでしょうか。

それもそこらの貴族ではなく、金庫にお金が唸るほどある大富豪の貴族に。

でも、残念でした、そこまで世の中は甘くありません。

私はきっぱりと引導を渡します。

「彼はしがない男爵家の三男坊。

ですから、貴方は伯爵夫人にはなれません」

「!!!」

彼女はハッとした。

おそらく、男爵家という単語に反応したのでしょう。

「そうでしたか!

エミリア様、教えてくださりありがとうございました!」

彼女は平民らしくおざなりな挨拶をした後こちらの返事も聞かずに帰ってしまいました。

「…よろしかったのですか?」

「何が?」

「イリヤ様のご実家は領地を持たない名ばかり貴族。

その実態は小さな村の農家だとお知らせすべきだったのでは…?」

「あら私とした事が。すっかり忘れていたわ」

だって、元夫は実家の話を全くしないのですもの。

ただ実家にコソコソと仕送りをしていたのは知っていました。

あの仕送りもグラノールの店で会長職に就いていた彼へのお手当が原資です。

彼が会長などというポストに就いていたのは私の夫だったからに過ぎません。

そうでなくなった彼はもう会長でもなんでもなくなるのです。

多分、今頃店の使者が彼の解雇を伝えている頃でしょうね。

もうご実家に仕送りは出来ないと思うのですが大丈夫なのでしょうか。

彼のご実家の暮らしは非常に厳しいとサイモンから昔聞いた事があります。

「奥様」

「もう私は奥様ではないのだけど…」

サイモンにそういえば少し困った顔をする。

「ではなんとお呼びしましょう」

「未婚のレディはいくつになってもお嬢様よ」

「…では、お嬢様」

ふふ、奥様よりお嬢様の方が聴き慣れているからか、酷く落ち着くわ。

それに彼にはそう呼ばれたいのよ。

「何かしら?」

「裁判の日程ですが、いつに致しましょう」

「そうねぇ、早い方がいいのだけど。

それより、慰謝料は幾ら請求したらいいかしら?」

「相手は平民ですから。然程は取れません。

精々、住居兼用のパン屋の店くらいしか目ぼしい財産はありません」

「なら、その土地と建物の評価額くらいにしておきましょうか」

「それが妥当かと」

店を失ったら彼女は元夫の実家に帰るのかしら?

彼女は平民だけど、都会育ちのお嬢様。

田舎の農家の嫁なんて務まるのかしらね?

「クスクスクス…」

「楽しそうなところ申し訳ないのですが」

「あら、何?まだ何かあったかしら?」

「再婚についてです。お嬢様の離婚はまだ知られていませんが、それも時間の問題でしょう。

そうなると縁談がまた山のように来ます」

「懐かしい話ね」

私が結婚したのは五年前。

成人したばかりだったわ。

普通なら成人してすぐに結婚なんてしないもの。

でも私はするしかなかった。

だって、両親が突然亡くなってしまったから。

成人した翌日が丁度両親の結婚記念日で、旅行に行くわと言付けを残して…

そしてそのまま帰らぬ人に。

だから私は文字通り寝耳に水の状態で爵位と店を継いだの。

その財産を、爵位を狙うハイエナが私に接触を図ってきたのは半ば必然の話。

自然界では弱いものから順番に餌にされてしまうから。

成人したばかりの小娘など容易く食べられると思ったのでしょうね、

王家からすら打診があったわ。

結婚なんて私、本当はしたくなかったの。

でも、爵位は兎も角店の運営には男が必要だった。

社長が女というだけで、顧客は私を舐めてかかり不当に安く品物を買い叩こうとする。

従業員も私が女というだけで、平気で仕事をサボりそれを注意してもヘラヘラとしていたわね。

勤務怠慢でクビにすれば逆恨みとばかりに

強姦しようと我が家に不法侵入する者まで現れる始末。

警備の者とサイモンが私を守ってくれたからよかったけど、あの時は本当に怖かった。

だから私は結婚した。

男というわかりやすい張りぼてを置くだけで店が正常に回るのだから安いものよ。

元夫は一応爵位のある家の息子だったし、

歳も父親とほぼ同じとなれば、お客様も従業員も納得してくれた。

実態はお飾りそのもので、仕事なんて形ばかりのものしかしてなかったけれど。

そんな理由の結婚だったから、愛なんてかけらもなかった。

だから、離婚は別に構わないの。

でも、店が心配だから次の結婚相手は早々に見つけなくてはならないし、

さりとて適当に選ぶわけにもいかない。

元夫は父親と同世代という点が店を運営するにあたり都合がよかったから結婚したけど、

早々毎回都合よく父親と同世代の男の人が

結婚もせず実家に暮らしているとは思えない。

「そこで、縁談話が舞い込む前に私と結婚しませんか?」

「…………はい?」

突然の提案に私はサイモンをマジマジと見る。

「私はお嬢様のお父上と同い年ですし、

店の経営についても勉強してきました」

「いや……でも……」

「実家は子爵家、私は三男坊」

「そう聞くと好物件ね」

「更に、今まで女性とお付き合いした事もございませんし、今後も無いでしょう」

「完全に新品……」

元夫ですら風俗でだったけれど一応女性経験があると申告していた。

なのに、サイモンはその経験すら無いという。

「でも貴方を夫にすると、今度は誰を執事にするかという問題が持ち上がるわ」

「いいえ、お嬢様の夫と執事は兼業可能です」

「え?」

仮にも伯爵の配偶者で、店の会長が使用人の真似事など。

「お嬢様に公私共にお仕えするのが私の望みでございます」

「…………そう?」

まあ、家の中なんて外から見えるわけじゃ無いし。

それはそれでありかもしれない。

「なら、それで行こうかしら?」

「ありがとうございます」

サイモンは膝を突いて私の手を取るとそっと口づけをしたのでした……

もしかしたら、私は幸せになれるのかもしれません。

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