浮気相手来襲
数日後。
特に約束もなく、自宅に人が訪ねてきました。
基本、約束のない人の来訪は断るのですが、
その来訪者がユリア・バレンという事を知り、特別に応接室に通しました。
「はじめまして、私がエミリア・グラノールです」
私はドレスを広げ、優雅に一礼。
対して彼女は慣れないであろう、挨拶をする。
「どうぞ、おかけください。
今、紅茶とお菓子をお持ちするわ」
「いえ…お気遣いなく…」
落ち着きなくキョロキョロ辺りを見回しながらも彼女は私を不躾に見つめてきます。
なので私も遠慮なく彼女を見つめました。
赤茶色の髪は長いのに手入れを殆どしていないようで、痛みが見えます。
小さな目に丸い鼻。
歳は私と同じだと言うのに顔全体にはそばかすが散りばめられており、
化粧の一つもしていません。
着ている服はドレスではなく木綿のワンピース。
それもそのはず、彼女は貴族でもなんでもない、平民の少女なのです。
何の変哲もないパン屋の看板娘。
それが夫の不倫相手の正体でした。
普通の貴族男性はこのような女など相手にしません。
何故なら貴族の世界には彼女より美しい女性が山といるからです。
けれど、人の好みは千差万別。
きっと、お互い何か惹かれるものがあったのでしょうね。
「あの…先日送りました手紙はお読みになりましたか…?」
「ええ。勿論」
私は頷きました。
一読した後は金庫に保管してあります。
「あの手紙に書いた通り、あの方は貴方と離婚して私と結婚したいと申しております。
ですが、奥方様が離縁なさるのを嫌がっており、話し合いにもならないと。
彼は優しい人で強く言えない性格です。
なので無礼を承知で手紙を認めた次第です」
「なる程、確かに私と彼ではその話題で話し合いが成立した事はないわ」
紅茶を軽く啜りながら私は言う。
「でもその理由は貴方が思うものとは違っていてよ?」
「どう違うと言うのでしょう?」
「私は貴方から手紙を貰うまで、夫の浮気の事実を全く知りませんでした」
「え…?そんな筈は…」
彼女は動揺していた。
「う、嘘です…!嘘つかないでください!」
「嘘じゃないわ。さてはあの人貴方にいい顔しつつ、私に浮気の事実がバレるのを恐れて
貴方との関係を黙っていたのね」
「そんな筈は…」
「あの人、臆病なところあるから。
きっと私と貴方双方から責められるのを恐れたのよ」
「わ、私は彼を責めたりなんか…!」
「まあ、そんな過ぎた話は兎も角。夫から聞いたわけでも確認したわけでもないけど、貴方と夫の関係はどうやら嘘ではないみたいね」
「当然です!彼は私が勤めるパン屋の常連で…!
いつも美味しいと笑顔でパンを買ってくれるんです!
それに、年が上だからか、包容力もあるし私が困っているとすぐに助けてくれるんです!
この間も……」
聞いてもいない夫との馴れ初め話を垂れ流す彼女。
それを適当なところで止める。
「貴方の夫への愛はわかったわ。
でも、私はタイミング悪くまだ夫から離婚についてまだ何も聞かされてないの。
わかるかしら?」
「ええ」
「だから、貴方の話が本当かどうかわからないの。貴族の愛人を騙ってお金をだまし取る詐欺師も世の中にはいるからね」
「そんな!私詐欺師じゃ…!」
「ええ、ええ、とてもじゃないけど、貴方を詐欺師とは思えない。
でも、いかにもな詐欺師なんてものがこの世にいないのもまた事実。
グラノールを預かる身としてはそのあたりをきちんと見極める必要があるわ」
「一体どうすれば信じてくれるのですか?」
「夫との関係を示す物は何かないのかしら?」
「関係…関係…?あ、私達交換日記してるんです!それを見せればいいですか!?」
…交換日記…
ダサいと危うく言いそうになり慌てて口を閉ざす私。
「…ええ、構わないわ。」
「でしたら、それを後日郵送します!
それを見てくだされば私の言葉は嘘じゃないってわかると思いますよ!」
言って彼女は嬉しそうに我が家から帰っていった。