手紙から始まります。
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始まりは一通の手紙でした。
執事から手紙を受け取った時、私は首を傾げました。
差出人に心当たりがなかったからです。
「ねぇ、サイモン。私、ユリア・バレンという方に覚えがないのだけど…。
貴方、わかるかしら?」
「…申し訳ございません。私の方もとんと記憶がございません」
「そうよねぇ…」
サイモンの答えに私は頬に手を置き溜息を一つ。
暫く手紙の差出人の名前を思い出そうと奮闘するも、結局は無駄に終わりました。
私より賢いサイモンが覚えていないのならば、私のような愚鈍な女に思い出せる筈もないのです。
私は諦めて手紙にナイフを入れて開封しました。
女性が送る手紙というには、随分と面白みのない便箋。
私のお友達は皆、可愛い花が印刷されていたり薄紅色など色彩鮮やかな便箋を使うのですが、
ユリアなる人物からの手紙は違いました。
真っ白な業務用の便箋。
そういえば、封筒も単なる茶封筒でした。
まあ、手紙など要件が伝わればいいものですし、と気にせず読み進めていきます。
最初は時候の挨拶。
そして、突然の手紙に対する謝罪と自己紹介。
どうやら彼女と私は会った事がないようでした。
どこかのパーティーで顔を合わせた…なんて事もないようで、
自分の記憶力に問題があった訳ではないと一応安心。
では、全くの初対面である私の名前や住所を何故見知らぬ彼女が知っているのでしょう。
それは大して難しい話ではありません。
私の名前はエミリア・グラノール。
グラノール家は狭い領地を持つ伯爵家です。
ですが、初代が始めた名店グラノールを代々引き継ぎ、充分な財を蓄えた富豪貴族です。
今は私の夫が会長をしています。
グラノールの店は貴族だけでなく平民の間においても知らない者はいません。
それぐらい、息長く商いをしてきたのです。
まあ、恙無くとは言いませんが。
とにかく、私はグラノール関係で有名人。
ですから、私の名前や住所を知らない人が当然のように知っている事に関しては驚きません。
で、その辺の定型的なやりとりを流し読みして便箋の半ば。
漸く本題に入ると私は少しばかり眉を顰めた。
「どうされました?」
側に控えていた執事が問いかける。
「……どうもこうもないわ」
私は深く深く溜息をつきました。
色々と書いてあるけど、要約すると私の夫イリヤと彼女は愛し合っている。
彼は貴方と離婚して彼女との結婚を望んでいる。
…つまり、愛人による密告の手紙だったのです。
こんなの私じゃなくても眉を顰めるのではないでしょうか?
「手紙に書いてある事は本当なのでしょうか?」
「そんなのわかる訳ありませんわ」
私は夫の顔を思い浮かべる。
私よりだいぶ年上なところ以外これといって特筆すべき点のない男。
性格はよく言えば温和、悪く言えば臆病者。
それが私の夫への評価です。
聞いた事こそありませんが、サイモンも似たり寄ったりな評価を下しているはずです。
「でもこれが本当なら…」
「随分と変わったご趣味のご令嬢ですな」
「ええ」
思わず頷いてしまいました。
正直、夫を夫として迎え入れたいと望む令嬢など私くらいだと思っていました。
その理由でさえ、愛だとかいうものではなく、もっと即物的な理由だったのです。
なのに、彼女は彼を愛していると言うのですから驚きです。
蓼食う虫も好き好きという諺が頭をよぎります。
「宜しければこのご令嬢についてお調べしますが?」
「あら、ありがとう。助かるわ」
言って私はサイモンに手紙を預けた。
彼女が何者なのか。
そして手紙の内容が事実なのか。
確認してから夫には問えばいいでしょう。
それまで私は手紙など何も知らないふりをして日常を過ごす事にしたのです。