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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第十五話 -自由の使い方-
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進むべき道程


 銃口を突き付けられてフリーズするという痴態を晒し……いや至って普通の反応だと思うが。ともかく当人にとっては痴態だったらしく、鍛錬が足りないと言って狗月光は部屋を出て行ってしまった。今頃地下一階の訓練スペースで汗を流していることだろう。

 早速シャワーを浴びてきた金色少女は、ブラウスにロングスカートといったシンプルな服装となり帰ってきた。年齢は十五歳程だが、サイズの大きい洋服を着ていると更に幼く見えてくる。

「まあセンスは悪くないかな。貰っておく」

「もら……? 貸すとかじゃなくて……?」

 一丁前に腰に手を当て、さも当然のように拝借宣言をした金色少女……ゼロに対して、洋服の元持ち主である鈴城(すずしろ)(みどり)が唖然とする。

 そんなやり取りを横目で見ながら、片羽(かたは)(ゆい)は問題は片付いたと一人頷く。ゼロエイト……今はエイトとゼロだが、二人を心配していたのだ。

「プラトーを脱走……ドクター・セシルの目利きは相変わらずみたいね」

 銀色少女、リンは半ば呆れ顔でそう言った。

「ああ。半壊したレリクスでも戦えたのは、そも基本設計が堅牢で隙がなかったから、と考えることも出来る」

 金髪の青年、エイトはそう答える。プラトーから脱走した際の経緯は、本人が淡泊に語ってくれた。

「そこで本題だが。鈴城(すずしろ)(みどり)、君の意見も欲しい。こちらに来てくれないか。あとゼロのやることには深入りしない方がいい。四割程の確率だが、唐突に怒り出す時がある」

「はあ?」

「俺が四割を引いたか」

 十五歳の少女とは思えない目付きで睨むゼロと、それを涼しい顔で受け流すエイト……緑は困ったように笑って場を取り繕うと、車椅子を動かしてリンとエイトの傍まで近寄った。

「先程話したように、俺のアームドレイターは破損したままだ。これの修復を頼みたい」

 エイトは右手で自身の左腕を、左腕型アームドレイターを持っている。素人目に見ても傷だらけで、まともに動くとは思えない。

 リンは何やら考え込んでいたようだったが、溜息を吐いて手を出す。

「確認してみる。お礼はそれなりに期待してもいいのかしら?」

 皮肉たっぷりなリンの言い口に、まず反応したのはゼロの方だった。

「散々助けてあげたの忘れた? その頭に綿(わた)でも詰まってるの?」

(ワタ)ならお腹に詰まってるわ」

「はあ?」

 銀と金がピリつく中、エイトは左腕型アームドレイターをリンに手渡す。リンはそれを作業机に置き、工具を手にすると中を検める。

 金色少女、ゼロはふんとそっぽを向くと、手近なソファへ飛び込んだ。唯はしまったと焦る。ゼロが確保しようとしているソファは、自分の根城ならぬ寝城なのだ。

「あ、小さい方、じゃなくて。ゼロちゃん?」

「ちゃん付けやめて。なんか気持ち悪い」

 唯は目を閉じ、さすがに傷付くと眉をひそめる。十五歳の女の子に気持ち悪いと言われるのは、これまであまり味わった事のない苦痛だ。

「じゃあゼロ。そのソファはやめた方がいいかも」

 まあそれはさておきと持ち前の切り替えの早さを活かし、唯はゼロにコンタクトを取り続ける。ゼロも攻撃相手を探していたのだろう、ソファに転がりながらも体勢を変え、こちらをじろと見てきた。

「なんで? あんたが汚したとか?」

「ニアピン。そこは俺が寝るのに使ってるから。綺麗ではないと思う」

 ゼロはふうんと呟き、思いの外あっさりとソファから下りた。そして、極めて真顔に近い表情で唯を見る。

「……レリクトの匂い」

「はい?」

 ゼロはふるふると首を横に振り、片眉を上げるという器用な表情をした。

「何でもない。シャワー浴びてこようかな、汚れたし」

「そんなに? そんなに酷かった?」

「半分冗談だから安心して。別に臭いとか、汚れるとかじゃないんだけど。なんか、なんだろ。嫌だなって」

 真面目なトーンで否定されるという、これ以上ない攻撃を食らった。唯は半ば泣きそうになりながらも、進展があったらしいリンや緑、そしてエイトの方を見る。

 リンはアームドレイターに機器を取り付け、モニターを凝視していた。

「緑のレッグドネイターとは真逆ね。あれは内側の損傷が激しくて、今も修復中なんだけど。この腕、外傷は激しいけど内部はそれ程でもないわ。ガワは最低限支障がないようにして、メインは因子の修復ね。急場凌ぎでプログラムされてるから、あっちもこっちも滅茶苦茶よ」

 リンの診断結果を受け、エイトは深く頷く。

「それで、時間はどれぐらい掛かる? 最低限、こちらで出来ない範囲だけ修復してくれればいい。後はこちらで再構成する」

 エイトの問いに、リンは渋い顔をする。そして、その表情のまま緑を見た。緑はモニターをじっと凝視しており、指で膝を叩いている。それこそ、キーボードを叩く時のように。

「……再構成からの再構成、それを踏まえて最低限の処置。最短で三十分、安全面も考慮するなら三時間は欲しいですね。リンさんと分業なら、もうちょっと縮まるかもですが」

「同意見ね。本来なら三日は欲しいわ」

 その会話を聞いていた唯が、ふと疑問を口に出す。

「それ、三日掛けちゃダメなの? 急いでるみたいだけど」

 エイトが唯を振り返り、小さく頷く。

「俺自身は急いでいない。だが、仮想敵はどれも悠長に待ってはくれない。アロガントはいつ暴れるか分からない。プラトーはすぐにでも裏切り物を処分したがっている」

 そういうことかと、唯も納得する。戦いはいつ起きるか分からない。それどころか、今エイトとゼロはプラトーから追われている立場にある。

 エイトは破損したアームドレイターに視線を向け、話を続けた。

「それに、番狂わせが起きていなければ。部隊を編成しているのはドクター・セシルかドクター・ディエゴだ。どちらも天才、かつやるべきことはやる。今すぐに襲撃されても、さほど不思議ではない。それと、本題はもう一件ある」

 そう言うと、エイトはここにいる全員の顔を見渡す。そして、最後に唯を見た。

「プラトーの使う《クロス》レリクス。まだ試作段階だが、増産されている。ドクター・ディエゴの主導だ。あれの生産工場を突き止め、それを破壊したい。ここにいる全員、今上の階に緑のパートナーがいるが、彼も含めて。協力して欲しい」

 それはつまり、プラトーに攻め入る、という事なのだろうか。唯はそれだけを理解し、リンの方を見る。リンはやはり溜息を吐き、呆れ顔のままエイトの方を見た。

「一つ、レリクス三騎のみで施設の破壊は困難。二つ、《クロス》の設計自体はもう世界中のプラトーで閲覧されている。ここの地区だけ破壊した所で増産は止まらない。三つ、そんなことをしてもプラトーの追撃は止まない。それについては?」

 ふむ、とエイトは呟く。

「一つ、プラトーのレリクス戦備が整っていない今しか実行出来ない。通常戦備が相手ならばレリクスは負けない。後は作戦次第だ。そこはまだ考えていない。二つ、増産を止められないのは承知している。三つ、生産工場を破壊する理由は、俺の偽善的な衝動によるものだ。損得ではない」

 小難しい言葉が飛び交う中、唯は引っ掛かった言葉を口にする。

「エイトの偽善的な衝動って?」

 エイトは再度唯の方を向く。相も変わらず無表情のままだ。

「《クロス》は実験体をパーツとして使っている。これまでもこれからも、俺は《クロス》と戦うだろう。生存の為に、俺は《クロス》を倒す。その中身となっている実験体は、無事では済まない。いや、言葉を選ぶべきではないな」

 エイトが目を伏せ、その目に黒い影を宿す。

「俺は彼等彼女等を、生存の為に殺した。これから先も変わらない。殺すことになるだろう。だから生産工場を破壊する」

 唯は小さく、何度も頷いた。何となく、分かってはいたのだ。ただ、気付かないようにしていただけ。《クロス》と直接戦った緑も、同じように考えていたのだろう。敵だから仕方がない、倒すしかない。倒した後それがどうなるかなんて、考えている余裕はなかった。

 だが、エイトはそれを考えたのだ。その責任の取り方を。

「……別に、そんなに気負わなくてもいいんじゃないの? だって実験体だし。元から死んでるようなものだし。そんなこと言ったら、そもそもアロガントだって実験体だし」

 ゼロがエイトと視線を交わし、そんなことを言った。気にするべきじゃないと、ゼロの声色は伝えている。だが、それを誰よりも分かっているだろうエイトは、首を横に振って返す。

「正しい道はそれだと分かっている。だが、俺の衝動は別の道に行きたがっている。考えておいて欲しい」

 誰も何も言葉を返さなかった。唯はリンを見て、手伝うべきだと目で訴える。リンは保留だとジェスチャーで示し、モニターに向き直ってしまった。

「とにかく、何をするにしても貴方達を戦力として考えられないと始まらないわ。アームドレイターは修復する。緑、手伝って」

 作業に入ろうとしたリンの手が止まる。一拍遅れて警報が鳴った。今はもう聞き慣れた、アロガント出現のサインだ。

 唯は自身の右腕、アームドレイターを左手で掴む。

「今動けるのは俺達だけ。だよね?」

 唯はそうリンに問い掛ける。リンは今日何度目かの溜息を(こしら)えてから、すっかり氷の溶けたウイスキーを乱暴に流し込んだ。

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