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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第二話 -世界の裏側-
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リンと拠点内覧


 リンの後ろを付いていくようにして、片羽唯はその施設の全貌を知った。

「……狭いね」

「広くはないわね」

 むしろ狭い。先程まで自分が寝ていた研究室、その隣にある雑多な倉庫、ドクター・フェイスの私室兼研究室に、リンの私室だ。

 そして、今はリンの私室にいる。ここは地下二階に位置しているらしく、窓もなければ壁紙すらない。打ちっぱなしのコンクリート壁が寒々しい。

 ソファに机、ベッドに冷蔵庫と生活感のある家具もあるが、部屋の殆どを占有しているのは機械や工具、作業台の類だ。

「その奥がシャワーブースになってるわ。好きにどうぞ。それと、ベッドかソファかは、その時空いている物を使って」

 リンは指を差し、部屋について説明してくれていた。しかし、その内容から察するに。

「俺はここに寝泊まりするの?」

 そんな唯の問いに、リンはさも当然のように頷く。

「貴方は行方不明って扱いにしたわ。腕のこと、私達のこと。諸々考慮しての判断よ。事後承諾になるけど」

 だから、とリンは続ける。

「基本的にここで生活して貰うわ。私達、というかドクター・フェイスは一応追われる身でもあるし」

 唸りながら、唯はどうしたものかと考える。決着を付けておきたい情報が山ほど出てきた。

「……うん、一つ一つ片付けよう。まず、俺の部屋はリンと同じらしいけど」

「らしいじゃなくて同じだけど」

 きっちり訂正をしてくるリンの容姿を、唯はちらと盗み見た。腰まで届く銀色の長髪に白い肌、炎を思わせる赤い目と、普通ではない容姿をしている。幾ら見た目が小学生と言っても、背丈や身体付きは高学年と表現しても差し支えないだろう。

 そこに前述した容姿が合わさっている為、ちょっとぞっとしてしまう時があるのだ。悪寒が走るとか、そういう訳ではない。綺麗な何かを見た、好きな音楽を聞いた、そんな時に込み上げてくる感覚が近い。

「あのさ。互いに年頃なんだから、同室はなんか抵抗感ない?」

「二十八歳は年頃に入るの?」

「ややこしいな……」

 まあ、仮に見た目相応の年齢だとしたら、それはそれでよろしくない。そもそも、いくら綺麗だとしても初等部高学年を相手に意識をし過ぎるのはどうなのか。

「大体、私を見てみなさいな。こんなチビッ子、意識する方がおかしいわ」

 それはそうなのだけど。

「それに、私の部屋が一番無難よ。研究室はそもそもドクターが使ってるし、倉庫は清潔だけど常に冷えてる。あのドクターの研究に使う物が入ってるのよ? 人の内臓を見ながらモツが食えるタイプ以外はおすすめしない」

 想像しただけで気持ち悪い。唯はこくこくと頷き、同室問題は不問ということで決着を付けた。

 唯は部屋の中を歩き、冷蔵庫に近付くと中を検める。食べかけのサラミにチーズ、封の切られていない酒瓶が入っていた。

「行方不明、か。なんか凄いことになってる」

 冷蔵庫を閉めながら、唯は平たくなっている右肩を見遣る。今更と言えば今更な感慨だけど。

「……キャッチボールは出来そうにないな」

 数少ない友人の顔を思い浮かべながら、唯は未練らしい未練がそれしかないことにまず驚いた。両親も心配するだろう。するだろうが、あの二人が自分を必死に探し、心配している姿はどうにも浮かんでくれなかった。

「少し陰鬱な顔になってるわ。上に行きましょう」

 そう言うと、リンはさっさと部屋を出てしまった。急ぎ追い掛け、その背中に視線を落とす。

「あの首のない化け物は、アロガントって呼ばれてる。実験用のコードだけど、そのまま正式名称になってるみたいね」

 狭い通路を歩き、取って付けたような階段をリンと二人で上がっていく。

「アロガントは特殊元素であるレリクトを取り込むことで、人間が変異した姿なの。レリクトに関しては、二つ目の元素周期表の話になるから、ここでは割愛するわ。とりあえず、危険な物とだけ認識してくれればいい」

 手摺りすらない階段を、唯は少しふらつきながら上がる。地下一階に相当するそこは、今までいた地下二階とは打って変わって広かった。頭の中で浮かんだイメージは、柔道の授業で使うような広いスペースだ。床に敷かれたマットも、動きを阻害しない程度に硬いがクッション性がある。

 リンは部屋の隅まで歩き、棚にある‘右腕’を掴む。戦いの時に付けた、あの義手に似ている。あれと比較すると細部が違うように見えるし、何より右肩から右手までがある。唯は左手で自身の右肩があった位置をなぞる。

 想像は合っていたのだろう。リンは頷いてみせた。

「このデバイスはアームドレイター。危険な元素であるレリクトを、人の身で扱えるようにする為の成果物。アロガントの身体能力、再生能力は人のそれとは比べ物にならないわ。レリクトは対象を強化するの。だから、こんな力が必要にもなる」

 目の奥に若干の暗がりを生じさせながら、リンはその義手を……アームドレイターを握り締める。

「リンが……それを作ったの? レリクトとか、アームドレイターとか」

 リンの服装……白衣や、その物言いから、何となくそう感じた。

 しかし聞いてしまってから、唯の頭にいつかの光景が浮かんでいく。朧気になっていた光景、リンが見てきた物の一つだ。繋がった時に、彼女がどんな物を見てきたのかを、同じ目で見た。

 白衣の人間達に囲まれ、無遠慮な視線を注がれる。四肢を拘束された状態で、腕には針とチューブが。チューブをゆっくりと通る無色透明な液体が……レリクトが自身の身体に這入り込み、目の前が比喩ではなく真っ赤に染まる。

「……ごめん、君は」

 唯は左手で頭を押さえながら、無神経なことを言ったと謝罪しようとする。

 しかし、リンは首を横に振る。アームドレイターを棚に戻すと、羽織っていた白衣を脱いだ。

「間接的にはそう、と言えるわね。プラトーの実験体だった私は、遺伝子調整や肉体改造を経て、レリクトにある程度の耐性が付いた。不幸だし幸運だったわ。取るに足らない実験体だった私が、数少ない成功例として重宝されるようになった。少なくとも、化け物になって理性や首がなくなるよりはマシだった。多分ね」

 リンは部屋の中央までいくと、腰まである長髪を後ろに結わき始めた。身体の線がはっきり見える黒のボディスーツに、ベージュのショートパンツといったシンプルな姿だ。白衣を脱いだことによってよく見えるようになっているが、個人的にはもう一枚ぐらい何か羽織って欲しい。輪郭がはっきり見て取れるのはどうなのだろうか。

「プラトーって何?」

 あまり直視するのもよろしくないと判断し、唯は部屋を見渡しながら質問する。

「簡単に言えば研究機関よ。ドクターのような研究者が沢山いて、私みたいな実験体が沢山いる。目的については私も知らない。ドクターが言うには、世の中を便利にしてお金を儲けるだけの組織らしいけど」

 レリクトのような物を使って、何をどう世の中が便利になるというのか。そんなことを考えた唯だったが、リンにとっては想定済みの疑問だったのだろう。

「ダイナマイトは沢山の人を殺せるけど、土木工事の安全性を高めることも出来る。何がどう巡り巡って影響を及ぼすのかは、単純な計算式では導けないわ。プラトーの連中は、何でもやるの。それがどう影響するのかは、やってみないと分からないから」

 リンの答えを聞きながら、唯は自身の頬に左手を添える。何も言っていないのだが、ぽんぽんと疑問を解決してくる。自分はそれ程までに分かりやすいのだろうか。

「表情に出やすいのはあるわね。まあ、それは二割程度、残りの八割は一般論と推測でしかないわ。大体の人は、貴方と同じように考える」

 そうだとしても、と唯は表情を曇らせる。現にレリクトは、人間をアロガントという化け物に変えた。あれのもたらす未来がどんなものかは分からない。だが、あまり愉快なものではなさそうだ。

「プラトーやドクターの考えは、正直分からない。ドクターはプラトーを離反して、私を連れていったけど。あの人は見ての通りだから」

 唯はドクター・フェイスについて思い返す。飄々としていて自由気まま、といった印象だ。確かに、真意なんてものは感じ取れない。

「じゃあ、君の目的は? プラトーって連中が裏にいるのは分かった。ドクターがそこから出て行ったのも。なんでリンは一人で戦ってたの?」

 リンと視線を合わせながら、唯はそう問い掛ける。出会った時、彼女は銃を持ってアロガントを追っていた。

「一人でしか戦えなかった。ドクターは現場に出たがらないし。プラトーは未だに目立った動きをしてくれない。でも、プラトーの所有する実験施設からアロガントが逃げたって聞いたら、見て見ぬ振りも出来ないわ」

 ふっと口元を緩めながら、リンはどうしようもないのだと肩を落とす。彼女を取り巻く環境の中で、やれることがあるとしたらあれぐらいだったのだと。そう小さな身体は物語っている。

 誰も彼女に手を貸さず、彼女も誰かの手を求めなかった。

「でもね、唯。これからは違う。私の目的の為、貴方には手伝って貰う。この街のアロガント、及びレリクトに関する事件の収束。それを成し遂げた時、貴方は表の世界に戻れる。私が戻すわ」

 強い意志、リンの目にはそんな光が宿っていた。無理難題を突き付けるだろうが、それだけは叶えると。その目は言っている。

「……リンは、どうな、どうするの?」

 唯は口を開き、同時に後悔した。どうなるのかと聞こうとした。中途半端に察しの良い頭が、聞きかじった単語を思い返していたのだ。

 リンとドクター・フェイスの会話を。解剖、という単語を。無意識に思い返し、質問してしまった。

 しかし、リンは笑ってみせる。その笑顔は綺麗だったが、どうにも純粋なそれには見えなくて。まるで不安がる子どもに、大丈夫だよと笑いかけているような。そんな優しい、けれど同じ位置にはいない笑顔だ。

「心配する必要はないわ。忘れてるのかも知れないけれど、私はこんな(なり)でも年上なのよ? むしろ貴方は、これからの事を心配すべきね」

 そう言って、リンはちょいちょいと手招きする。

 大人しくリンの目の前まで行く。そこでようやく、中途半端に察しの良い頭が一番最初のイメージを思い出させた。柔道の授業で使うような、とか考えていたあれだ。

「アームドレイターを用いた戦闘、その基本は格闘戦よ。貴方がどれぐらい動けるのか、まずはそれを観測するわ。難しい話や、将来の不安に対する答えの一つがこれよ」

 準備運動を始めたリンを見ながら、唯はどういうことなのかと一歩下がる。

「身体を動かしていると、大体はどうでもよくなるわ。体力も付くし」

「ごめん、具体的には何をするつもりなの? 凄いおっかないんだけど」

 リンは両手を組んで上に伸ばし、ぐぐっと身体をしならせている。無駄を一切感じさせない身体のラインが更に強調されていた。

「まずは単純な試合形式でやるわ。軽い運動程度だから心配いらないし」

「片腕がない人間を殴って蹴るつもり?」

「じゃあ腕は使わないことにする。蹴るわ」

 リンの中でレギュレーションが定まったのか、小さな身体がすっと身構えている。

 高校二年生、そして男性という体格差はあるものの、一方的に蹴られるイメージしか浮かんでこない。

 ちょっと泣きそうな顔になりながら、唯はそれでも見様見真似で左手を構えてみせた。







 速度が乗っていると、細い足でも充分に痛い。そんなことを学びながら、片羽唯は這々の体で後退する。

 軽い運動と銘打って始められた戦闘訓練は、基本的に蹴られるだけのサンドバッグ体験だった。

 軽く汗は流れているものの、リンは涼しい顔のまま動き続けている。軽くステップを踏み、間合いを調整して蹴りを叩き込んでくるのだ。唯に出来ることは後ろに下がりながら左腕でそれを受け止めるか、受け止められずに蹴りを貰うかだった。

 ひょっとして自分が倒れるまで続けるつもりなのだろうか。唯の頭にそんな恐ろしい考えが浮かび始めた辺りで、リンは地面を蹴って間合いを大きく取った。

 リンの視線は階段の方を向いている。唯も息を整えながら階段の方を見た。

 息も絶え絶えといった時には気付かなかったが、階段からはあの足音が聞こえている。

 ドクター・フェイスが、先程と変わりない笑みを浮かべながら上がってきたのだ。

「んー、取り込み中みたいだね。後にした方がいいかな?」

 肩で息をし汗だくになっている自分と、じんわりと汗を流しているリンを交互に見て、ドクター・フェイスは両手を広げる。

「何かあったの?」

 リンの問いに、ドクター・フェイスはぴっぴと指で上を差す。

「大したことじゃない。濃度の高いレリクト反応が検知されたんだ。まだ真っ昼間なのに、動き出したアロガントがいるってことかもね」

 小さく唸り、リンは部屋の隅にある棚まで歩く。

「ほぼ間違いなくアロガントでしょ。出るわ」

「いや、この件に関しては実証されてないじゃないか。アロガントが活動した確率が最も高いだけで、確定的なことは言えないよ。直接観測した訳でもないし」

 溜息を吐きながら、リンは上着を羽織る。白衣ではない、薄手のジャケットだ。

「もういい。唯、これを」

 ドクター・フェイスに何を言っても無駄だと判断したのか、リンは早々に会話を切り上げると、ベルトのような物を唯に向かって投げた。

 唯は左手でそれを掴み、まじまじと見る。

「変身ベルトかな? とか思ったけど。弾丸?」

 ベルトには、散弾銃に使われてそうな弾丸が八発ほど通してある。

「それがレリクト・シェル。液体状に濃縮されたレリクトが、その中には封入されているわ」

 渡したということは、ベルトを巻けということだろう。幸いなことに、このベルトは既に輪になっている。ゴムバンドに近いような構造をしている為、頭から被るようにして腰まで移動させていった。服の上からでも、しっとりと吸い付くような感覚がある。

「レリクト由来の強化繊維よ。私が下に着てるのもそれで作ってあるの。ラバーみたいな使用感覚だけど、髪にも皮膚にも引っ掛からない。耐久性も高い」

 説明しながら、リンは鞄の中に義手……アームドレイターを突っ込む。手の平が鞄の口から飛び出していて、中々にシュールだ。

「行くわよ。早速で悪いけど、貴方の力が必要なの」

 有無を言わさぬ口調を前に、唯は流されるままに頷くことしか出来なかった。

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