不愉快な責任
前回までのブランクアームズ
普通よりちょっと無気力寄りだけど何かとツッコミがちな高校二年生、片羽唯は右腕を化け物に食い千切られてしまった。日常は傾き、アームドレイターと呼ばれる義手を用い、銀色少女……リンと共に戦う道を歩む。
唯とリンの新たな腕、《アブレイズ》に敗れたナンバー08は、プラトーで廃棄を待つのみとなった。元より覚悟の上だった二人だが、《アーマード》は《ブレイクド》となりその運命をはね除け、プラトーから逃げ出す事に成功した。
それは即ち、追う者と追われる者が、新たに街へ加わったことを意味していた。
冷たい水で顔を洗う。汚れは落ちても怒りは落ちず、屈辱もまた拭えないシミとなってここに残っている。
プラトーの部屋はどこもかしこも白い。洗面所であってもそれは変わらず、強固な冷たさを見る者に植え付けるだろう。
ドクター・セシルはもう一度だけ顔を洗い、目の前の鏡を睨め付けた。怒りから眉はしかめられており、右目の義眼はゆっくりと明滅を繰り返している。
レリクト研究の一環で、《アーマード》レリクスは誕生した。レリクトを人の身で扱えるように濾過し、外装として身に纏うレリクス構想自体は、確かにドクター・フェイスが発案した物だった。だがそれらは彼の天才性を体現するかのように、あまりにも不安定で不確実だった。
そんな不安定な代物を、敢えて完成させたのが《アーマード》だ。外装を身に纏うオペレーター、レリクトデバイスを駆動させるガイド、どちらも遺伝子レベルで選定した。レリクトデバイスであるアームドレイターや、積層プログラムも一級品だ。まさに最強になるべくして成ったレリクス……セシルにとっては成果の一つであり、次への足掛かりでもあった。
そんな《アーマード》の存在が、予測出来ない何かへと変貌し、自らを苦しめている。ドクター・セシルは歯を食いしばりながら、どこで間違ったのか割り出そうとした。
ナンバー08を信用し過ぎていた? いや違う。優秀とはいってもただの実験体であり、彼等の行動が多少予測を外れても問題はなかった。
《アーマード》レリクスを信頼し過ぎていた? それも違う。完成された最強のレリクス、だがそれは一過性の物でしかない。通過点に過ぎない存在が、予測に影響を与える筈もない。
ドクター・フェイスを侮っていた? 断じて違う。あの男は嫌いだが、実力は嫌という程に知っている。充分に注意を払っていた。
ドクター・ディエゴを見誤った? 違う……とも言い切れない。セシルは目を細め鏡の向こう、拭えない怒りと屈辱を見据えながら考える。
《クロウ》レリクスを用いた裏仕事、《クロス》プロジェクトの運用手腕、どれも予測の範疇だった。
だが、そう見せ掛けているのかも知れない。今回の件、即ちナンバー08(ゼロエイト)の脱走、及び施設の破壊についても、ディエゴはうまく責任を逃れた。
その時のことを思い返し、ドクター・セシルの目がまた険しくなる。
事故の責任は、ナンバー08の所有者が請け負う。セシルにとって、ゼロエイトは既に惜しくない実験体だった。だからこそ取引に応じ、ゼロエイトを譲渡した。しかし、ドクター・ディエゴは課題が正式に終了してから譲渡に応じると言ったのだ。
実験体が制御不能となり、施設を破壊して逃げ出す。それは正式な終了とは言えない、というのがディエゴの言い分だ。
不服だったが、結果として。ドクター・セシルは責任を取らなければならない。プラトーにおける責任とは、即ち事態の収拾……逃げ出したナンバー08を、速やかに処分する。
「私は、ここで終わるような人間じゃないんだ」
鏡の向こうにいる自分へ、言い聞かせるように呟く。セシルは顔を拭うと、携帯端末を操作しながら使えそうな手駒を探す。相手はレリクス、まともな戦備では戦いにならない。仕込んだキルスイッチは無効化され、最早役に立たない。
だが対処のしようはある。思案を重ねながら洗面所を後にすると、出口には見知った顔が、今一番見たくない顔と対面した。
「やあ、ドクター・セシル」
そう声を掛けてきたのは、他でもないドクター・ディエゴだった。
自分をここへ追いやった張本人、セシルは舌打ちだけを返し立ち去ろうとする。しかし、ディエゴは横に並び同じように歩き出した。
「この前は些か事務的だったが、君ならその理由も分かるだろう」
「私に責任を押し付けたいだけだろ。ペナルティもそのまま、全部目論見通りっていう訳か?」
棘や苛立ちを隠そうともしないセシルの言葉に、ディエゴは短く溜息を吐く。
「あれを予測出来た者はいない。フェイスのような天才なら、話は別だろうがね。まあいい、そんな話をしたい訳じゃない。前回の件、責任は君にあると言った」
「分かってるんだよそんなこと。だからこうして動いているんだ」
セシルは歩き続け、ディエゴは立ち止まった。
「責任は君にあると言ったが。それは責任の所在をはっきりさせたいだけだ。あの状況下では、私にだって非はあるし責任の一端ぐらいはある。そうは思わないか?」
セシルは足を止め、振り返ってディエゴを睨む。
「だから何だって言うんだ? 本題を言えよ」
セシルの物言いに、ディエゴはやれやれと言わんばかりに肩を竦める。そして携帯端末を取り出すと、何かを操作し始めた。
怪訝そうな表情を浮かべていたセシルの端末に、送られてきたデータが表示される。それらを確認すると、セシルは表情を消してディエゴを見た。
「とりあえず二十機は使えるようにした。《クロス》を使ってくれたまえ。決定打にはなり得ないだろうが、まあ、そこは君に任せよう」
用が済んだのだろう、ディエゴは背を向け歩き出す。
「……こいつらのプログラムは甘い。私に預けるんなら私が調整するぞ」
「構わない。データは提供してくれたまえよ」
振り返りもせず、さっさとディエゴは曲がり角に消えていった。
ドクター・セシルはやはり舌打ちだけを返し、それでも先程よりは怒りを忍ばせた様子で歩き始めた。




