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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第二話 -世界の裏側-
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見知らぬ部屋


 前回までのブランクアームズ


 普通よりちょっと無気力寄りな高校二年生、片羽(かたは)(ゆい)はショッピングモールで生活必需品を調達しようとしていた。避難警報が鳴り響き、お決まりの日常が少しずつ傾く。

 避難の人波から逆行する銀色少女を見掛け、追い掛けてしまったことにより唯は事件に巻き込まれることになる。

 化け物に右腕を喰われるトラブルを経由し、唯は銀色少女……リーンドールと共に戦う道を選ぶ。

 レリクト兵装、《ブランク》レリクスを身に纏い、唯はリーンドールと共に化け物……アロガントを撃破する。

 戦いの衝撃と余波、そもそも右腕が食い千切られていると散々な目に遭い、唯はその場で気を失った。


 朧気な光景の中で、それでも右手首にある時計を見る。父から貰ったその時計は、いつもと変わらず時を刻んでいた。意識が揺らぐ。時計の文字盤がよく見えない。

 頭の裏側、瞼の内側で光がちらつく。見えていた筈の腕時計が消える。いや、消えたのは時計だけではない。

 歪んでいく視界の中、左手で右腕を探す。右腕があるべき場所に手を伸ばすも、そこには何もない。右肩を擦ろうとしても、ぞっとするような空白しか感じ取れない。

 光が瞬く。肘から先がなくなった右腕、無理矢理切断された右肩、機器が肉を食い破る音と色、首から上がない異形、それを打ち砕く新たな右腕……スライドが切り替わるように世界は移ろい、ここが現実ではないことを無言のまま伝えてくる。

 そう、現実ではない。こんな無茶苦茶なこと、現実に起こる筈がない。

 眠りに付く前の微睡みが込み上げてくるのを感じ、それに身を委ねる。

 目が醒めれば、いつも通り見慣れた光景が広がっているのだろう。父から貰った腕時計を付けて、取り立てることのない日常を生きる。

 身体が浮上していく。夢で眠りに落ち、現実に目覚める。

 いつも通りの光景が広がっていることを期待しながら、片羽(かたは)(ゆい)はその時を待つ。

 現実に向き合う時を。







 息を吐き出しながら目を開く。久々に呼吸を思い出した……そう思わせる程の息苦しさを感じながら、片羽唯はまばたきを繰り返す。薄ぼんやりと天井の輪郭が見え、照明の点いていない部屋にいることが分かった。

 その天井も、今まさに横たわっているベッドも、そこらに沈殿する空気すら。ここが自分の部屋ではないことを物語っている。

 横になったまま唯は左手で右腕を、そして右肩を探す。それさえあれば、あの光景が夢だったと納得出来る。ここが知らない場所で、右腕の感覚すら感じないとしても、腕さえあれば。

 しかし、左手は空を掴むのみ。右腕は勿論、右肩もなくなっていた。あの妙な機械を付けられた筈だと、現実逃避を止めた頭が疑問を生じさせる。

 唯は身体を起こし、暗闇の中で自分の右肩があった場所を見た。上半身は何も身に着けていないようで、そこがどうなっているのか遮る物はない。

 右胸から右脇にかけて、明らかに人の肌ではない物が付けられていた。左手でそれに触れると、硬質な感触だけが返ってくる。右肩がある場所には何もない。だが、そこに窪みを見付けることは出来た。何かが装着出来そうだと考え、その何かは一つしかないと顔を歪める。

 部屋に光が灯っていく。徐々に照らされていく自分の身体を見て、唯は改造人間にでもなったのかと溜息を吐く。

 右肩はやはりない。右胸と右脇には皮膚の代わりに、機械が身体を形成している。その見た目は以前の馬鹿でかいプラモデルとは違う。皮膚がそのまま、硬質な何かに置き換わっているのだ。

 機械と肌の境目を指でなぞる。服を着てしまえば、特に違和感なく街を歩けるだろう。腕がない、という最大の違和感は未だに残っているが。

 ふと、足音が聞こえ周囲を窺う。プライバシーに配慮しているとは思えない、カーテン一つない病室だ。そう、ここは病室に見える。様々な機械や器具、消毒液を思わせる薬品の匂い。いや、ここまで来ると病室というよりも。

 がしゃりと扉が開く。痩せ形の男、白衣、張り付いたような笑み、想像よりも些か若いが、考えていた通りの見た目が出て来た。

「やあ、目覚めたようだね。調子は良さそうだ」

 そう言いながら、白衣の男は足音を立てながらこちらに近付いてくる。

 そう、ここは病室というよりも……マッドサイエンティストの研究所、と言い換えた方がしっくり来るのだ。そして、男の格好と態度はそれを裏付けている。

 男はベッドの横、明滅するモニターを一瞥し、唯の右半身をなめ回すように見る。

「ふーん。存外そつなくこなしてるなあ。ちょっと几帳面過ぎるぐらいだ」

 男はにやと笑みを浮かべる。完全に蚊帳の外に置かれているなと感じた唯は、分かりやすく咳払いをして男の目を見た。

「ああ、失礼。僕は君のドクターだ。まあ、ドクター・フェイスって名前で通ってる。君もそう呼んでくれていいよ」

 白衣の男は……ドクター・フェイスはようやく名乗った。

「これは、何ですか」

 唯は左手で、自身の右半身に触れる。右胸と右脇を皮膚のように覆っている機械についての質問だ。

「アームドレイターと人体を繋ぐプラットフォームさ。不要な肉や骨は取っ払って、レリクト由来の合金で仕上げてある。特に違和感はないだろう? リーンドールが念入りに調整していたからね」

 ドクター・フェイスは、やれやれと言わんばかりに両手を広げる。

「僕としては、上体の殆どを置き換えた方が効率が良いと思うんだけど。彼女はどうにも、最低限の処置だけで実現したかったみたいだね。これから戦いになるっていうのに、生身なんて残してどうするんだろう」

 分かっていることを前提に、矢継ぎ早にドクター・フェイスは話す。理解する前に次の情報が飛び込んでいく現状に辟易しつつも、唯は聞き覚えのある名前に反応する。

「……リンがこれを?」

 唯の質問に対し、ふむとドクター・フェイスは考え込んだ。

「その法則でいくと、僕はドクになるのかな? それともフェイ?」

 心底どうでもいい質問に、唯は肩を落として溜息を吐く。

 しかし、溜息は別の方向からも聞こえていた。

「相変わらず、人の話を聞いているようで聞いていないのね」

 少女の声色から、あどけなさだけが抜け落ちている。そんな聞き覚えのある声の方に、唯は目を向ける。腰まである銀色の長髪、そして炎を思わせる赤い目をした少女が、そこに立っていた。

「聞いているとも。好きなように喋っているだけさ」

「そう。厄介だわ」

 銀色の少女は……リンはドクター・フェイスと同じように白衣を着ていた。十一歳相応の背丈しかないリンが着ていると、いっそワンピースのように見えてくる。

 リンは目の前まで歩いてきた。その視線がこちらの表情と顔色、そして右半身と同化している機械に注がれる。

「私のことは憶えてる? 何があったのかも」

 その目は、炎を思わせる程に赤かったが。少女の視線はどこか冷たい。

「全部憶えてる。リンのことも、あの化け物のことも」

 少女の目の奥、そこに沈んだ冷たさが少しだけ揺らぐ。

「そう。なら話は早い」

 口調とは裏腹に、リンは冷たさを取り繕っている。赤い目を見据えながら、唯はそうかと一人納得していた。

 あの時に……右腕を食い千切られ、義手を無理矢理繋いで化け物と戦ったあの時に。自分はリンと一体となって戦った。リンの見た光景や記憶、想いすら感じ取れたのだ。

 今はもう、それが何だったのかすら思い出せないが。目の前の少女が、見た目通りの少女でないことはもう分かっている。

 自分よりも遙かに年上だし、これしかないと思いながらも尚、人を巻き込んだことを悔やんでいる。だから冷たくもなる……そうでもしないと、次の言葉が出て来ないのだ。

「貴方の平凡で、何よりも価値のある日常はなくなった。私が奪った」

 そうは思っていないと、唯は否定しようとする。だが、リンは首を横に振ってそれを拒んだ。

「これからの時間も、私が奪うことになる。一緒に戦って貰うわ」

 それは、どこをどう取っても有無を言わさぬ口調だったが。

 それでもやはり、言葉の節々に迷いと謝罪が込められているように感じた。

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