先手
扉の開く音によって、会話はすっと途切れた。三人分の視線を受け止めたリンは、それぞれの顔を見渡すと小さく頷く。
片羽唯はだらけた姿勢を改め、リンの方へ身体を向ける。
「目は醒めたみたいね。今日は動くわよ」
部屋に入りながらそう宣言すると、リンはテレビを出力していたモニターに地図を表示した。
見た目十一歳、実年齢二十八歳のリンだったが、声に芯が入っているからなのか。指示棒を引っ張り出し、白衣を棚引かせて地図を指し示していく姿は、中々堂に入っている。
「眼鏡が似合いそうだ」
唯は小声で呟く。銀髪に赤い目、白い肌に小学生同然の体格、おまけに白衣まで揃っているなら、眼鏡だって様になるだろう。
「ドクターと共同開発って形だけど、レーダーをアップグレードしたわ。まあ、正確にはここからがレーダーとしてスタートって感じかしら。活動状態のレリクトを検知し、逆説的にアロガントを探知するこれまでの方式とは違う。アロガントを炙り出す為のアクティブレーダーよ」
こういう時、決まって反応は二つに分かれる。リンの話はやっぱり分からないと唯は無言を貫き、狗月光はしっかりめのクエスチョンマークを頭の上にこしらえている。
唯一理解しているのは、車椅子に座り頷いている鈴城緑のみ。
そんなお決まりの反応を確認してから、リンは会話のレベルをこちらにチューニングしてくれる。
「今までなら、アロガントが動かないと居場所が分からなかった。これからは、アロガントが潜伏している場所が分かるってこと。要するに、先手を打つわ」
唯と光が揃って頷く。
「そこを攻撃して全滅させればオッケーってこと?」
「街に被害も出ないし、凄いぞリン姉!」
唯と光の声に、しかしリンは首を横に振る。その様子を見ていた緑が、小さく手を挙げて発言する。
「何か問題があるってことですか? うまく機能しないとか」
リンは頷き、モニターの地図上に表示されたポイントを指示棒で示す。
「機能はしてるわ。問題は、このレーダーは万能じゃないってこと。そもそも、レーダーと銘打ってはいるけれど。本質は演算器に近いわ。アロガントの生態、これまでの襲撃パターン、潜伏先の候補といった各要素を、煮詰めて確率の高い場所をピックアップしているの。そして、その中からレリクト反応を追い掛けていく。完璧じゃないわ」
緑は深刻そうに頷き、唯は神妙そうに頷く。光はさっき取り下げたクエスチョンマークの再設置と忙しそうだ。
唯だってある程度考える頭がある。しかし、全てを理解出来ないが故に、一つの疑問が湧いてくる。即ち、じゃあ何でレーダーって名乗ってるの? というどうでもいい問いだ。当然、どうでもいいので今は黙っておく。
「じゃあ、地図上の二つのポイントは」
全部分かっているだろう緑が、話を進める為に切り出す。リンは頷き、唯と光をとりあえず置きっぱなしにして説明を続ける。
「もっとも可能性が高い潜伏地点よ。まだ候補はあるけど、試運転も兼ねてまずは二箇所。こちらの戦力はレリクスが二騎、同時に叩くわ」
今回の内容は分かりやすい。緑だけではなく、唯と光も頷くことが出来た。
「とりあえず、そこを攻撃して全滅させればオッケーってことか」
「それなら街に被害も出ないし、やっぱり凄いぞリン姉!」
唯と光が導いた結論を前にして、リンは口をへの字に曲げた上で眉をひそめていた。




