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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第十一話 -決別の白-
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好奇心


 白衣を着た痩せ形の男が、笑みを浮かべながら情報の羅列を眺めている。彼がリズミカルにキーボードを叩く度、その情報はより複雑になっていく。

 ドクター・フェイスは満足げに頷くも、その目はより貪欲に情報を貪る。探求心に終わりはなく、好奇心は募るばかり。彼の研究室は、人の生活感がまるでない。それもそうだろう、ドクター・フェイスが求めているのは温かい家庭でも、人らしい営みでもない。探求心と好奇心、それだけを先鋭化させたものがこの研究室だった。

 ドクター・フェイスのモニターに、通話を求めるサブウインドウが形成される。珍しく上機嫌だったフェイスは、いつものように放置せず素直に応答した。

「上々だよ。どっちに転んでも有用だった。でも、こっちの方がずっといい」

 回線が接続されるなり、ドクター・フェイスは嬉々として話し始める。

「《ブランド》の再現にも興味はあった。でも、あれは結局レリクトの檻でしかない。君達の擁する《アーマード》と同じさ。完成した物は進化の枠がない。まあないとは言い切れないけど、ずっとずっと難しくなる」

 サブウインドウに表示されている女性は、聞き飽きたと言わんばかりに顔をしかめる。饒舌になったドクター・フェイスが気に入らないのか、彼女は……ドクター・セシルは声を荒げた。

『お前はいつもそうなんだよなあ。聞かれてもいないことをペラペラと!』

 通話先の女性、ドクター・セシルは右目をこつこつと爪で叩いていた。義眼が人工の光を放っており、煌々と瞬く様は胸中の怒りを体現しているかのようだ。

「他に何を聞くって言うんだい? 分かってるさ。データはこれとこれ、あとこいつもあげよう。すごく、凄く面白いぞ!」

 それこそ目を輝かせるようにして、ドクター・フェイスは画面の向こうにいるドクター・セシルと視線を交わす。矢継ぎ早に送ったデータは、どれも整理されていない無秩序な物だ。当然、ドクター・フェイスは嫌がらせがしたくてそれを送った訳ではない。

 整理する時間がなかった。正確に言えば、整理する時間すら惜しんで次へ次へと書き込んだ。しかし、フェイスはそれを問題とは思っていなかった。それもまた当然の論理、同じ頭脳を相手が持っていれば、多少乱筆でも理解出来て当たり前なのだ。

 ましてやこんな面白いデータ、誰もが興奮するに違いない!

 ドクター・フェイスの常識の内ではそうだが、一方ドクター・セシルは押し黙ることしか出来なかった。理由は明白だ。送られてきたデータは、その殆どが解読出来ない。少なくとも、ドクター・セシルには理解出来ない。だが、だからといってセシルがフェイスに助言を請うことは絶対にあり得ない。そして、フェイスもセシルを助けるようなことはしない。

 ドクター・フェイスにとって、これは理解出来て当然の一般常識だ。便所に行ってから排泄する、それをわざわざ問い質すようなことをなぜするのか。そもそも、そんな疑問すら生じない。

 ドクター・セシルは、それらを全て理解した上で沈黙するしかない。質問など以ての外だ。便所の目の前で、自分はどこで糞尿を垂れ流せばいいのか聞くようなものだ。

「リーンドールは《ブランク》のまま、つまりは現状のまま《クロウ》を倒すという選択をした。オペレーターである片羽(かたは)(ゆい)くんの負担を減らす為の選択だ。でも、それでは勝てない」

 ドクター・フェイスは再び喋り出す。ドクター・セシルは、もう止めるような真似はしなかった。出来なかった。

「《クロウ》を研究し、それに特化した性能で戦う。でも、ここで計算外の事態が起きる。レリクトだよ。唯くんの感情が、外敵への指向性が、レリクトによる進化を加速させた!」

 ドクター・フェイスは、歯を剥き出しにした。それが笑顔だと気付くものはいないだろう。そう思ってしまう程、あまりにも凶悪な様相だ。

「なのに、唯くんは人の形を保っている。あの身体は、既に人の範疇を飛び越えているのに。平常時はそれがまるで感じられない。測定されないんだ。唯くんが無意識に行う制御によって、それと気付かないレベルにまで身体能力が落ち着いている。きっと、これが唯くんの選んだ進化なんだ。彼は人でありたいと願うが、人を超えた戦う力を欲している。それをレリクトが加速させた」

 熱弁を振るうドクター・フェイスに対し、ドクター・セシルは冷ややかな視線を向けていた。しかしフェイスが何を言いたいのか、何に興奮しているのか、ある程度察しが付いたのだろう。フェイスの興奮を鼻で嗤うと、セシルはようやく口を開いた。

『お前のレリクト進化論は、貴重なデータであるとしても意味が薄いんだよ。私達プラトーは一つの終着点を見出したんだ。これから先は、本当に価値があるレリクスだけが残っていればいい』

「価値ならどこでも幾らでもあるさ。《アーマード》だけじゃつまらないだろう? それとも、もしかしてあれかい? 《アーマード》ですら価値が薄くなっているから、《アーマード》を擁するチーム、つまり君が焦っているとか。そういう話かい? 困るな、僕は君のカウンセラーじゃない」

 モニター上のドクター・セシルが歯を食いしばるようにしてドクター・フェイスを睨む。右手はがりがりと義眼を引っ掻いていた。その身体が震えているのか、通信状況が悪いのか。どちらにせよ、ドクター・フェイスがそれらの事柄に気を配ることはない。

「でもアドバイスなら出来るよ。やればいいのさ。君や君のチームが一番になりたいって言うんなら、そうなるようにやればいいだけじゃないか。僕達は、いや僕はもう違うけど。プラトーの研究者ならそれが出来て当然だよ」

 そこまで言うと、ああ、とドクター・フェイスは何かに気付いたかのように呟く。そして、親愛すら感じさせる程の笑みを浮かべてドクター・セシルを見る。

「分かるよ。チームでの研究ってそうだもんね。面倒くさいあれやこれとかがさ。僕もそうだったんだよ。これ、一人でやった方が手っ取り早いし面倒も少ないし、何より楽しいもんな。すごい分かるよ」

 ドクター・フェイスは本心からそんな言葉を吐いている。だからこそ、ドクター・セシルの感情は爆発するしかない。

『進化がなんだって言うんだよ! 私達のレリクスが、研究が! お前のレリクスよりも上だって分からせてやる!』

 回線が切断され、研究室に静寂が戻る。一方的に通話を切られたが、いつもの事なのでドクター・フェイスは気にしない。

「進化は進化、面白いことは面白いのさ。それ以外がなんだって言うんだい?」

 そう、ドクター・フェイスは世界の理でも語るように呟いた。

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