表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第十一話 -決別の白-
62/321

喰い荒らされる日常


 前回までのブランクアームズ


 普通よりちょっと無気力寄りだけど何かとツッコミがちな高校二年生、片羽(かたは)(ゆい)は右腕を化け物に食い千切られてしまった。日常は傾き、アームドレイターと呼ばれる義手を用い、銀色少女……リンと共に戦う道を歩む。

 異形の化け物、アロガントが街を襲う中、唯とリンは鴉こと《クロウ》レリクスと戦うことになる。

 一度は敗北するも、リンが新たに設計した対レリクス用の腕、《ブリンク》レリクスを駆使し、唯は《クロウ》を打倒することに成功する。

 《クロウ》は撤退、人質も救出した。しかし、問題が全て片付いた訳ではない。

 アロガントは未だ健在、それに加えて、プラトーにはまだ使える手が残っていた。








 目の前に広がる惨状は、もはや災害と表現してもいい。地震や豪雨、それに伴う破壊や停滞……しかし、今ここにある災害は、それらの日常に当て嵌まらない。

 首のない化け物、アロガントが胴体にある牙で文明を喰らう。もう一体のアロガントは、飽きてしまったのか手にした自動車をそこいらへ投げ捨てた。

 悲鳴に怒号、爆音がそこかしこに響き、それらを突き抜けるようにして化け物達の咀嚼音が大通りに溢れている。人がスナック菓子を噛み砕くように、アロガント達は文明を噛み砕く。

 まだ小学生に上がったばかりであろう少年が、瓦礫の傍でしゃがみ込んでいる。そこには少年の母親がいるのだ。不運にも瓦礫で足を挟み、動けなくなった母親が。

 一体のアロガントが少年に近付いていく。アロガントが喰らうのは文明のみ。機械や機構を喰らい、それを自らの力にする。だから、人を喰らうことはなかった。

 アロガントの食欲は、生存する為だけの行動だ。だが、実験ブースとは何もかも違う、この広い世界に解き放たれ……好きに文明を喰らった個体は、一つの感情を獲得した。

 怯える少年を、アロガントは目はなくとも舐め回すように見る。

 彼等が獲得した新たな感情は、好奇心だ。アロガントは本能で理解している。目の前の獲物を喰らっても、何の意味もない。強くなれる訳ではない。だが、そこに好奇心が加わった。喰う意味はないが、喰ったらどうなるのだろう。何かを得られるのか、何も得られないのか。

 アロガントは少年を喰うことにした。丸太のような手を伸ばし、かぎ爪のような指を開く。

 少年は目を見開き、化け物の手を見ることしか出来ない。だからこそ、その手に突き刺さった弾丸を見ることが出来た。

 弾丸は一瞬にして電気を吐き出し、アロガントの手を硬直させる。続け様に五発の銃声が鳴り、全身に稲光を浴びたアロガントはふらふらと後退していく。

 だめ押しとばかりに飛び込んできた人影が、アロガントの牙目掛けて跳び蹴りをかました。電気で硬直した後だったからか、アロガントはごろごろと地面を転がっていく。

 蹴りをかました青年は……片羽(かたは)(ゆい)は、呼吸を整えながら周囲を見渡す。見知った大通りに、見知らぬ化け物達の群れ……気持ちのいい光景ではない。

 唯の後ろでは、追い付いてきたリンが親子の具合を見ている。

「足は? 潰れてるの?」

 左脇に煙を吐き出す散弾銃を抱えたまま、リンは母親だろう女性にそんなことを聞いていた。

「挟んで……痛みはありますけど……」

 母親だろう女性の声には、明らかな困惑が混じっている。白昼堂々化け物の襲来を受け、負傷し、命の危険を感じた直後、見た目十一歳の少女が散弾銃をぶっ放して足の具合を聞いてきたのだ。そうもなるだろう。

「なら何とかなりそうね。唯」

「分かってる。やるよ」

 唯は右腕型アームドレイターを接続し、流れるような動作でレリクト・シェルを叩き込む。

Connected(コネクテッド) Arm(アーム)

 そのまま二の腕上部にあるフォアエンドをスライドし、リンへと右腕を伸ばす。リンはその手に拳を付き合わせ、灰色の光へと変換される。

Archi(アーキ)Relics(レリクス)......《blank(ブランク)》』

 リンを取り込み、自在に動くようになった右腕型アームドレイターを後方に引く。レリクトの匂いに気付いたのか、アロガント達がわらわらと集まり始めていた。

「フェイズ・オン!」

 唯は右のストレートを打ち、アームドレイターの力を解き放つ。

Phase(フェイズ)On(オン).......Folding(フォールディング)Up(アップ)......』

 右腕を中心に、外装が瞬く間に組み上がっていく。アロガントの群れが、警戒するように牙を鳴らしていた。

『......《blank(ブランク)Relics(レリクス)

 ストレートを放った右腕が、反動で跳ね上がる。それを体捌きでいなすと、唯とリンの《ブランク》レリクスは早速腕を換えた。

Connected(コネクテッド)......Mod(モッド)blink(ブリンク)》』

 シェルを装填し、さっさとスターターグリップを引っ張る。

ready(レディ)......Folding(フォールディング)Up(アップ)......』

 接続されたブリッツクローが駆動、展開を始め、大型アームと脚部ヒールバンカーが瞬時に形成されていく。

『......《blink(ブリンク)Relics(レリクス)

 《ブランク》は《ブリンク》レリクスとなり、右腕の大型アームで瓦礫を軽々と掴んだ。

「よっしゃ、ナイスかっちゃん!」

 後方に滑り込むようにして走ってきた友人、白田(しろた)(みのる)が足を負傷した女性を手慣れた様子で担ぎ上げる。

「チビッ子もこっちだ、お前は走れるよな?」

 避難誘導を始めた友人を見送りながら、唯は溜息を吐く。

「巻き込みたくなかったって顔ね」

 リンに図星を刺され、唯は苦笑する。

「顔見えるの?」

「見なくても分かるわ」

 だろうな、と唯はやはり苦笑する。今こうしている間、二人は一つなのだ。そうでなくても、リン相手に隠し事が出来る気はしない。

 だから、リンの感情も何となく分かる。誰かの日常が、最悪の形で壊されている。この惨状を前にして、リンは怒ってもいたし悲しんでもいて……何より、自分自身を責めていた。こうなる前に何か出来たのでは、と。

 やり場のない感情をぶつけるように、《ブリンク》は右腕の大型アームに掴んだままの瓦礫をアロガントへと投げ付けた。

「とりあえず、こいつらを何とかしないとだよね」

「ええ。数は多いけど、ステージは低いわ」

「ならいいけど。やるだけやってみる!」

 《ブリンク》は足にあるヒールバンカーを撃発させ、地面を蹴り付けると同時に飛び出す。一瞬にしてアロガントへ接近し、右腕の大型アームで殴り付けた。胴に生え揃った牙が、何本か砕けてそこいらへ散らばる。殴られたアロガントは、冗談のように吹っ飛んでいく。そのまま横転した自動車へと突き刺さり、一緒くたに爆散した。

「後ろ、来てるわよ」

 後方から掴み掛かろうとしていたアロガントに対し、《ブリンク》は左足のヒールバンカーを撃発、空中に飛び上がることで腕を躱す。

 アロガントは逃げた獲物を追い掛ける為に上を向いたが、それが仇となった。即座に降下していた《ブリンク》は、右足のクローを展開しアロガントの胴を蹴り付けた。アロガントは瞬時に牙を閉じ、胴体口腔内にあるコアを守ろうとする。

「反応いいんだな」

「無駄だけどね」

 《ブリンク》は右足のヒールバンカーを撃発し、牙ごとアロガントのコアを打ち砕く。再度上空に飛び上がった《ブリンク》は、爆散するアロガントを見据えながら悠々と着地する。

「これだけの数が、昼間に動くなんて」

 立て続けに二体のアロガントを撃破したが、まだまだ殲滅には遠い。

「そうね、それに……実験体の数とどうにも合わないのよ」

 《ブリンク》は右腕大型アームの三本爪を開く。その手の平に刻まれたスリットから、丸鋸状の刃が形成された。音を立てて回転するそれを、《ブリンク》は近寄ってくるアロガントへ何度も投擲する。

「プラトーの施設から逃げ出した数と、合わないってこと?」

「そう。それに、ここにいるのはステージ3の個体ばかり」

 連続して丸鋸を受けたアロガントは、その場で倒れてもがいている。《ブリンク》は丸鋸を射出させずに大型アームに残し、そのまま接近すると丸鋸を押し付けるようにしてアロガントの胴を両断した。

 アロガントは爆散するも、その場に《ブリンク》はいない。既に脚部ヒールバンカーを撃発させ、次のアロガントの懐へと飛び込んでいた。

「あのさ、リン。あくまで予想なんだけど」

「なにかしら」

 《ブリンク》はアロガントの殴打を右腕大型アームで難なく受け、力任せに真正面から大型アームを叩き込んでコアを捻り潰す。

「コピー機とか。そういうの食べて、進化してたりしないよね? 幾ら何でも、そういう方向には行かないよね?」

 アロガントは爆散し、その次の瞬間にはまた別のアロガントの懐に飛び込む。《ブリンク》は大型アームや丸鋸、脚部ヒールバンカーを駆使し、複数のアロガントを次々と撃破していく。

「リン? リンさん? 沈黙は怖いので勘弁して欲しいんだけど」

 最後の一体を爪で引き裂き、《ブリンク》はようやくその足を止めた。ゆっくりと肩で息をしながら、取り逃しや逃げ遅れがいないか確認していく。

「そうね。《リプリント》アロガントとか。そんな個体がいても不思議じゃないわ」

「不思議であって欲しかった……」

 そんな唯のぼやきを嘲笑うかのように、一体のアロガントが視界に入る。ステージ3、ステージ4の個体よりも、そのアロガントは一回り大きい。

 アロガントは、幾何学模様の刻まれた両腕をぴたりと合わせ、その紋様に稲光を灯す。次に両腕を開いた瞬間、閃光と共にアロガントが形成されていた。一度に四体、その次には八体……あっと言う間に群れの完成だ。

「オフィスも近いし、あながち間違いじゃないかもだわ。ステージ5、《リプリント》アロガントで行きましょう」

「コピペアロガントとか最悪じゃん……」

 群れが殺到する。唯は意識を切り替え、ならばと右腕大型アームにレリクト・シェルを込める。スターターグリップを引いてから、《ブリンク》はヒールバンカーで飛び上がった。そして近場の街灯を再度ヒールバンカーで蹴り付け、無防備な《リプリント》アロガントへと一気に近付いた。

「群れのボスをやってしまえば!」

 見た所、《リプリント》アロガントは他の攻撃手段を持っていない。ならば群れを飛び越え、本体をまず仕留める。

 《リプリント》アロガントは、両腕から電撃を発してきた。人なら致命傷だろう電撃だが、レリクスであれば耐えられる。全身を焼きにかかる電撃を無視し、歯を食いしばりながらレリクトで巨大化した右腕大型アームを振りかぶる。

 《リプリント》アロガントは電撃を止めた。そして両腕の幾何学模様を合わせると、こちらに向けて腕を開く。瞬時に形成された四体のアロガントが、肉の壁となって《ブリンク》と《リプリント》の間を遮る。

「あれコピーし放題なの!」

 唯はぼやきながらも、《ブリンク》の足を突き出して壁となっているアロガントの一体を蹴り、ヒールバンカーで軌道を変えた。《ブリンク》は地面を低空飛行し、再度ヒールバンカーで地面を蹴り抜いて《リプリント》アロガントへ急接近した。アロガントの防壁が形成されてから、数秒も経たずに壁を潜り抜けたのだ。

 しかし、《リプリント》アロガントにとって数秒は群れを形成するのに充分な時間だった。《ブリンク》の進行方向は、既に八体のアロガントによって塞がれている。

 唯の思考が止まり、それが足に伝播して《ブリンク》の動きが止まった。

「唯、足を止めちゃ……!」

 リンの警告は少し遅かった。真昼の太陽が陰る。《ブリンク》が上方を見ると、今し方ばらまかれたのだろう。八体のアロガントが降り注いでいた。

 その頃には後方の群れも追い付いていた。前方の壁となっていたアロガントも駆け寄り、上からもアロガントがぼとぼと落ちてくる。

 まさに数の暴力、それぞれが丸太のような腕で殴り、胴体の牙で外装を削っていく。「ぐッ、この!」

 《ブリンク》は一瞬にして身動きが取れなくなった。好き勝手に喰い付かれる痛みと恐怖が、全身に浸透していく。

「唯、腕を!」

 リンのアドバイスを受け、唯は右腕大型アームの出力を一息に上げた。限界に達したエネルギーが、大型アームごと炸裂する。周囲を巻き込んでの自爆、しかし半数以上のアロガントはそれで消し飛んだ。

 《ブリンク》は唯一無事だった左足のヒールバンカーを撃発し、群れから距離を取る。殴打や牙、そして自爆によって、外装は酷い有様だった。

「思いの外厄介ね、私達は機動力を殺されると脆いわ」

「こんな時、ゼロエイトがいてくれたら」

 唯は肩で息をしながら、この場にいないコンビを思う。結局、あれから会えていないのだ。ゼロエイト本人にも、そのパートナーである小さい方にもだ。

「ない物ねだりしてる場合じゃないわ。来るわよ!」

 リンの警告を受けはっとする。一体のアロガントが、我先にと飛び込んできたのだ。

 迎撃しようとして、右腕がまだ形成されていないことに気付く。しまったと胸中で叫ぶも、音を立てて飛来した大剣がアロガントを吹き飛ばした。

 傍に着地したのは、翡翠に染まった細身のレリクスだ。

「唯さん、本命はこっちだったみたいですね」

「リン(ねえ)! 助けに来たぞ!」

 鈴城(すずしろ)(みどり)狗月(いぬつき)(ひかる)、《アールディア》レリクスの救援だ。この二人には、別の区画で戦って貰っていた。

「助かる。あれがコピペアロガント、雑魚をいっぱい作る」

「《リプリント》アロガントね。私達はこのザマなの。あれを任せてもいい?」

 唯の説明にリンが訂正を入れる。《アールディア》は大柄なアロガントと、小さなアロガントの群れ、そしてぼろぼろの《ブリンク》を見ると、こくりと頷いた。

「では支援をお願いしますね。さすがにあの数は気が遠くなります」

「遠くなるよね。分かる」

 唯は頷き返しながら、やっぱりゼロエイトがいてくれたらと、ない物ねだりを続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ