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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第九話 -悪意の爪痕-
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カウンターショット


 予想外の乱入により、この場にいる全員が思考を停止していた。《クロウ》も例外ではなく、その手を止めている。

 《ブランク》はようやく立ち上がり、緑はレッグドネイターに手を掛けた。

 しかし、その場でもっとも早く状況を理解し、行動したのは四体のアロガント達だ。死ぬか生きるか、即ち喰うか喰われるか。アロガントは屈強な両腕を振り回し、近場にいる獲物へと襲い掛かった。

「ッ! フェイズ、オン!」

 車椅子を後方に蹴り飛ばしながら立ち上がり、緑は始動キーを叫ぶ。

Phase(フェイズ)On(オン)......Folding(フォールディング)Up(アップ)......』

 光はレッグドネイターへ取り込まれ、緑の身体を外装が覆っていく。

『......《R(アール)dear(ディア)Relics(レリクス)

 《アールディア》レリクスとなった緑と光は、襲いかかってきたアロガントの殴打を間一髪で防ぐ。

 そして合成音声が、怒気を隠さずに乱入者を怒鳴りつける。

「てめえ、ゼロエイトォ! プラトーのくそったれ人形が! 何してんのか分かってんのか!」

 《クロウ》にもアロガントは飛び掛かっていた。それも二体、どちらもステージ3で大した個体ではないが、鬱陶しいことに変わりはないのだろう。動きそれ自体に怒気を孕ませながら、《クロウ》はアロガントの殴打を捌き、左手で握った円形のデバイス、メリケンサックのようなそれで胴体を殴り付ける。

「お前は《クロウ》レリクスだな。俺はプラトーから、お前に関わるなと課題(タスク)を受けている。故に話すつもりもないが、アロガント殲滅の課題(タスク)を優先するあまり、お前の課題(タスク)の妨害をしてしまったことは謝罪する」

 淡々と答えながら、ゼロエイトの《アーマード》レリクスは騎槍でアロガントの足を掬い上げるようにして転倒させる。そのアロガントは《アーマード》に背を向けており、狙いは《ブランク》だったが。《アーマード》に阻止され地面に倒れ込んでいた。

「そんな馬鹿理論が通用すると思ってんのか!」

「関わるなと言われている。話すことはない」

「くそがよ! てめえはいずれ殺す!」

 《クロウ》と《アーマード》は言い争いをしながら……《クロウ》が一方的に怒鳴り散らしているだけだが。自身に襲い掛かるアロガントと戦っている。《アールディア》も同様に、アロガントへと対処していた。

 この場で、《ブランク》だけが自由に動ける。もっとも、自由に動ける状況であっても、身体はその限りではない。限界を迎え、いつ倒れていてもおかしくはない。だが意地でも立ち上がり、外装の維持に努めた。それぐらいしか出来なかった。

 そう、自分は何も出来ない。そんなことを考えながら、唯は外装の下で笑みを浮かべる。

「最後の一手が揃ったわ。どうあっても足りなかった時間を、ゼロエイトが稼いだ」

 リンの声、反撃への糸口だ。自分は何も出来ないが、相方はそうでもない。

「《ブラスト》を使うわ。それと、レリクトの輪転濃度を上げる。難しい話を脇に置いて結論だけ言うと、身体を動かせるようにするわ。時間制限付き、おまけに身体への負荷は想定以上。痛みを鎮痛剤で誤魔化して、栄養剤で無理矢理動かすようなものよ」

 リンの声色、そして胸中から、それをしたくないという本音が伝わってくる。だが、それしかないからリンは提案しているのだ。

「リンが作って、ゼロエイトが持ってきたチャンスだ。やるだけやってみる!」

 唯の言葉が契機となり、身体中を熱そのものが駆け巡る。あれだけ動かなかった身体が、嘘のように動く。

 唯は……《ブランク》は新たな腕、ブロウブラスターを右肘から先に装着する。

Connected(コネクテッド)......Mod(モッド)blast(ブラスト)》』

 《ブランク》はレリクト・シェルを装填、スターターグリップを思い切り引っ張る。

ready(レディ)......Folding(フォールディング)Up(アップ)......』

 右腕のブロウブラスターが展開、延長される。頭部にはバイザー、胴体には装甲にワイヤーショット、アウトリガーがそれぞれ形成されていく。

『......《blast(ブラスト)Relics(レリクス)

 重厚になった胴体から、熱と煙が排出される。《ブランク》は《ブラスト》となり、時間制限付きだが動く身体を手に入れた。

 《クロウ》は舌打ちを一回、人質と《ブラスト》を交互に見て、アロガントを押しやる。その瞬間、地面は抉れ《クロウ》は黒い影となる。

「あの瞬間移動だ!」

「違うわ、瞬間移動並に速いステップよ」

 唯の言葉をリンは否定する。そして、それを裏付けるようにバイザーが稼働する。そこに表示されたデータを体感的に把握し、《ブラスト》は右腕のブラスターから光弾を連射していく。光弾は虚空をなぞり、そこにいた黒い影を……《クロウ》を撃ち落とした。

「く、そが!」

 光弾を胴に受けた《クロウ》は、再び黒い影となる。その動きは、確かに速いがステップ移動……つまり直線的な動きだ。

「人の目では追えなくても、マシーンなら追えるわ。《クロウ》をずっと観察して、そのデータを活用して作ったアンチプログラムよ。当て続けて!」

 《クロウ》はこちらに近付こうと、何度もステップを踏む。そしてその度に、《ブラスト》のブラスターが光弾を連射する。何発かは避けられる、だが何発かは当たる。その度に小さな爆発が起き、黒い影が歪み《クロウ》に傷が付く。

「チャージしていないブラスターの火力は、レリクスを射抜ける程ではないわ。でも、当て続ければ致命傷になる」

 《ブラスト》はその場から動かず、ひたすら射撃を続ける。何度も被弾した《クロウ》は、全身から黒い靄を噴出しながらも動いていた。

 バイザーの軌道予測が、黒い靄によって不明瞭になる。それでも《ブラスト》は射撃を続け、事実その内の幾つかは《クロウ》に直撃していく。

 しかし、数発を外したということは接近を許すことに繋がる。

 真正面に飛び込んできた《クロウ》が、殆ど黒い靄と一体になっている姿で殴り掛かってきた。左手のフック、あの円形のデバイスでの殴打だ。

 射撃に専念していた《ブラスト》は、そのフックを回避出来ない。頭部のバイザーに《クロウ》の拳、メリケンサックが食い込み、容赦なく粉砕した。

「ッぐう!」

 拳は重く、《ブラスト》が倒れそうになる。しかし、意識とは裏腹に胴体のアウトリガーが起動、倒れそうになった身体を支えた。

 更に前面にあるワイヤーショットが起動、射出された二本のワイヤーは不規則に動き、前方にいた《クロウ》を巻き取ろうとする。

 リンの援護……それだけを理解し、唯は消えそうな意識を繋ぎ止めて右腕のブラスターを構える。

 《クロウ》はワイヤーを振り払い、飛び退こうとしていた。しかし、しつこく絡み付いていたワイヤー、その一つが《クロウ》の足を固定した。

 《クロウ》の速度が落ちる。バイザーがなくとも、黒い靄が周囲を覆っていようとも、この条件なら外さない。

「終わりだ、鴉!」

 《ブラスト》は右腕のブラスターから光弾を連射する。空中で光のシャワーを浴びた《クロウ》は、怨嗟の声を上げながら穴だらけになっていく。

 どう見ても致命傷、しかし《クロウ》は被弾しながらも動き続け、足の拘束を外して後方へと飛び跳ねる。

 遠方に着地した《クロウ》は、これ以上ない程に損傷していた。そして、これ以上ないぐらいに黒い靄を放っていた。

 更に異常が起きる。それぞれ近場の敵と戦っていたアロガントが、その黒い靄目掛けて飛び掛かっていったのだ。まるで極上の餌を見付けたと言わんばかりに。

「……失敗作の分際で」

 合成音声が呟く。その声色は、これ以上ない程に。

「近付くんじゃねえ、首なしがぁ!」

 怒号と爆圧、黒い靄が爆ぜ、群がっていたアロガントがそこかしこに吹っ飛ばされる。中には、それだけでばらばらになった個体もいた。

 拡散した黒い靄は、再度《クロウ》へと集結する。《クロウ》は左手で握っていた円形のデバイスをガンスピンよろしく回転させ、ショートボウに変形したそれに見えない矢を番える。

 見えない矢は、すぐさま見えるようになった。黒い靄が吸い込まれるようにして濃縮され、矢を形作っているからだ。

「あれ、は」

 唯が呟き、リンは絶句した。その矢は、これまでとは比較にならない破壊だ。

「あの靄、レリクトなんだ。処理しきれないレリクト、不完全燃焼なそれを一点に。そんなの、防ぎようがない」

 リンの言葉は、質問に答えたという感じではない。目の前の現象を思わず口にしてしまった。そんな感じだろうか。

 そして、ことここに来て《ブラスト》は限界を迎えた。意識が攪拌され、両足に力が入らなくなる。唯は歯を食いしばり、未だ呆然としている相方に鞭を入れる。

「リン! あれを迎撃する、支えて!」

 《ブラスト》は右腕にレリクト・シェルを三発込め、スターターグリップを引っ張る。足に力は入らない。だがアウトリガーが地面に食い込み、再度射出されたワイヤーは手近な柱に突き立てられた。

 両腕だけ動けばいい、そう考えて《ブラスト》は右腕を構え続ける。ふらつくブラスターを左手で掴み、破壊の矢を番える《クロウ》に砲門を向けた。

「そいつの最大火力なら、俺の矢を止められるだろうな。だが、そこまで待ってやる気はない。お前の左腕、それを根本から吹っ飛ばしてやる」

 合成音声は、並々ならぬ怒りを宿している。怯みそうになるも、怒りたいのはこっちの方だと《ブラスト》はその瞬間を待つ。

 黒い靄が集約する。ぼろぼろの外套を身に着けた、《クロウ》の姿がよく見える。そして、《ブラスト》は自身のチャージ状況を把握し愕然とした。

 チャージ出来た出力は三割程度だ。たった三割、それだけであの矢を撃ち落とせるのか?

 生じた疑問に答える者はおらず、問うだけの時間もまたない。

「死ね、と言いたい気分だが。まあ苦しめ」

 《クロウ》の死刑宣告、そして矢が放たれる。《クロウ》の言葉などどうでもよくなるぐらいに、その黒い矢は圧倒的だった。

 感覚が引き延ばされる。三割程度では撃っても意味がない。ぎりぎりまで引き付けて撃つ。

 《アールディア》がバレルフェイザー、ラウンドソードを空中から射線に投げ入れる。楕円状の大剣は、造作もなく矢に貫かれた。しかし、僅かながら矢の勢いが落ちた。

 同じようなタイミングで、《アーマード》は騎槍を投擲していた。純白の槍が、黒い矢に貫かれて四散する。矢の勢いが落ちた。

 チャージ状況は四割、矢は目前、《ブラスト》は覚悟を決めてブラスターを解き放つ。

 光弾ではなく光の帯、灰色と赤に染まった光は、四割というチャージ状況であっても正面を一息に焼き払う。

「らあああ!」

 唯は叫び、その声で押し切れることを願った。他に込めるべき物など、何もないが故の雄叫び。

 その声は、掻き消された極光を抜けてきた黒い矢が突き刺さるまでは続いた。

「ぐッ!」

 《ブラスト》の胴体に着弾した黒い矢は、お返しだと言わんばかりに炸裂した。

「があああ!」

 発声が再開されるも、今度は雄叫びではなく絶叫だった。《ブラスト》は吹き飛び、ずたずたになった胴体と右腕が光になって霧散する。

 地面に叩き付けられた瞬間、遂に《ブランク》の外装すら崩壊、傷だらけの唯がゴミのようにそこらを転がった。

 衝撃で右腕……アームドレイターが外れ、灰色の光が同じくぼろぼろのリンを形作る。リンは動かない。気絶しているのだろう。

 全身の痛みと倦怠感、それらを無視しながら唯は立ち上がる。自身の左胸は、何かの冗談のように抉れていた。だがそれが、表皮が傷付いただけだとすぐに分かった。骨や内臓は、奇跡的に無事だ。

 次に目で追ったのは緑と光、《アールディア》の動きだ。《クロウ》が矢を番えた時、《アールディア》は人質を助ける為に飛び上がっていた。救出に成功したのかどうか、それを唯は確認しようとする。

 しかし、最後の希望は見るまでもなく目の前に落ちてきた。《アールディア》は地面に叩き付けられたのだ。

 矢を放ち、即座に跳躍し《アールディア》を迎撃した《クロウ》は、上階の人質のいる場所へ……友人である白田(しろた)(みのる)の傍に立っていた。

 《クロウ》は無傷ではない。全身傷だらけで、体力も相当に使ったのか肩で息をしている。だが、結果として自分達は倒れ、《クロウ》は人質の傍にいる。

「ふん。左腕を飛ばしてやるつもりで撃ったが。随分と邪魔が入ったもんだ。なあゼロエイト」

 《クロウ》は《アーマード》へと視線を向ける。《アーマード》は生き残っていたアロガントに組み付き、それを撃破した所だった。

 《アーマード》は《クロウ》の視線を受け止め、敵意がないことを示す為かレリクスを解除した。

「遠方のアロガントが背を向けていたのでな。俺の槍の方が速いと計算して投げたが、そちらの方が速かったようだ。重ねて謝罪する」

 金髪の青年、ゼロエイトは《クロウ》を見据えたまま謝罪を口にする。金髪の少女、ゼロエイトの小さい方は、唯の胸に出来た傷をじっと見ていた。

「そういうことにしておいてやる。次はないと思えよ、このくそったれ人形。それと」

 《クロウ》の顔が唯の方を向く。目は空洞となっているが、それでも見ているということを強く意識させる。

「お前、片羽唯。仕切り直しだ。今回は邪魔が入りすぎた。俺の仕事のために、こいつを殺すのは先延ばしにしてやる」

 そう告げると、《クロウ》は白田(しろた)(みのる)を椅子ごと抱え、黒い影となって消えていった。

 最後の最後で、唯は稔と視線を交わした。その目が何を訴えているのかは分からない。

 唯はふらつきながら、倒れたままのリンへと近付こうとする。しかし、左胸の痛みがぶり返し、その場にしゃがみ込んでしまった。

 誰かの歩み寄る音、ゼロエイトだ。

「バレルフェイザー二つにチャージショット。それだけ当てても矢は止まらなかったか。《ブラスト》の胴体が重装甲でなければ、あいつの宣言通り左胸ごと腕が千切れていたかも知れんな」

 ゼロエイトの分析に、唯は笑おうとして結局苦悶の声を返した。

 唯も理解している。ゼロエイトが挙げた要素、そのどれか一つでも欠けていたら、あの矢は左腕を吹っ飛ばしていた。

「ごめんなさい、唯くん。感付かれました」

 レリクスを解除し、地面に座り込んでいた緑が申し訳なさそうに謝罪する。

「良いんだ、それよりリンは」

 唯は立ち上がろうと力を込め、それが引き金となった。痛みが全身を駆け回り、限界をとうに超えていた身体が地面へと倒れていく。

「無茶を、するな」

 地面に激突する前に、唯の身体をゼロエイトが抱き留めるようにして支える。唯は意識が断絶していく中でも、顔を上げてゼロエイトの方を見た。

 金髪の美青年、絵になるなと見当違いの感想を抱きながら、唯は言葉を吐き出そうと口を開く。

「助、かった。ゼロエイト、お前が……いなかったら」

 言葉が途切れ、力が一息に抜けていく。最後まで話すことすら叶わずに、唯は意識を失った。








 次回予告


 全力で戦い、様々な協力を受けても尚、唯とリンは《クロウ》レリクスに敗北してしまった。友人である白田稔を救出することすら出来ず、唯の怪我は無茶をしていた分だけ重い。

 人質がいる以上、《クロウ》との再戦は否応なしに迫る。

 鴉、その凶爪へと立ち向かう為に、彼の腕もまた爪を宿す。


「あんたさあ。主人公を抱き留めるとかライバル二号の自覚あるの?」

「ふむ、まずかったのか?」


 ブランクアームズ第十話

 -反撃の烈爪-

 お楽しみに!

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