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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第九話 -悪意の爪痕-
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小悪魔の囁き


 商店街のいつもの店で、金色の二人組はゆったりと過ごしていた。ナンバー08(ゼロエイト)達は一方は読書、もう一方はスナック菓子を食べながら動画鑑賞に耽っていた。

 そんなリラックス空間に、爆発物が持ち込まれる。片羽(かたは)(ゆい)とリンは、というより唯は。それこそ爆発寸前といった様子でそこへ赴いた。

 ゼロエイトは読書を一旦止め、僅かな警戒心を抱きながら唯に向き直り、ゼロエイトの小さい方、金色少女は口を一文字に結んで距離を取った。

「……そんなに警戒しなくても良いのに」

 唯はぽつりと呟く。その呟きを誰もが耳にしていたが、誰も深く追及しようとはしなかった。

 表面上は冷静なまま、唯は電話の内容をゼロエイト達に向けて話す。そう長々と話すような事でもない。友人が鴉に誘拐され、脅迫されたこと。一対一で戦うことになったこと。その程度のものだ。

 ゼロエイトも小さい方も、黙ってその話を聞く。ゼロエイトの目が、どうするのかと聞いてくる。

「相手はアロガントじゃない。その場合、協力は出来る?」

 唯はゼロエイトに向けて、短刀直入に問う。

 しかし、ゼロエイトは首を横に振る。

「先程、連絡があった。指示の追加で、内容は」

「鴉の邪魔をするな、って感じ?」

 ゼロエイトは一度だけ頷く。唯は無言のまま目を伏せ、しかし努めていつものような声を出しながら顔を上げる。

「分かった。まあ、何とかしてみる」

 そう言うと、唯はゼロエイトに背を向け歩き出す。

「……すまない」

 そんな言葉が背後から投げ掛けられる。ゼロエイトの謝罪を受け、さすがに唯も少し冷静になった。

 振り返り、唯は笑みを浮かべる。

「いいよ。無理言ってるのはこっちだ。それに、この件がプラトーの仕組んだことだって確信が持てた」

 ゼロエイトに指示を出しているのはプラトーだ。そして、鴉についての指示が来るということは、奴もまたプラトーの下にいる。

 それに加えて、これは恐らくだが。ゼロエイトは嘘が吐けるようなタイプではない。だから、一連の企てにゼロエイトは関わっていない。それだけでも分かれば、今は充分としよう。

 短く手を振り、唯は今度こそその場を後にした。







 今にも爆発しそうな相手が、いつも通りの様子を保ちながら接してくる。中々に恐ろしい体験だったと、ナンバー08(ゼロエイト)は無意識の内に深く息を吐く。08(ゼロエイト)用備品、金色の少女に至っては、そんな様子すら気に障ったのか。その場で座り、不機嫌そうに眉をひそめている。

 ゼロエイトに友人はおらず、友人を人質に取られた唯の気持ちは分からない。分からないが、似たような場面を本で読み理解はしている。何より、今の唯を見ればそれがどういうことかある程度納得も出来る。

 しかし、自分に出来ることはない。そう結論付け、ゼロエイトは本の続きを読み始めた。左腕は切断済であり、使えるのは右腕しかない。だが、片手でも本を捲り、字を追う事は出来る。言葉を辿り、物語を描く。しかし、いつもと違って頭の中は物語で埋まってはくれない。

 プラトーから、《クロウ》レリクスに関する情報が提示された。そして、同時に関わらないようにと言われた。《クロウ》はこちらに関わらず、こちらも《クロウ》に関わらない。その決定に異論はない。担っている役割が違うのだろう。《アーマード》は、あくまでも対アロガントを主軸に捉え、対レリクス戦闘は第二目標なのだ。

 異論はない。異論はないし、その決定の理由も分かった。つまりはこの状況だ。《クロウ》は唯を標的にして行動を起こしている。《アーマード》がその妨害に入る状況がないよう、プラトーは追加で指示をした。そういうことだろう。

 結論に辿り着いた。自分に出来ることはない。ゼロエイトは、再び読書を再開する。一ページと読み進めて、また思考の内に沈んでいく。このままで良いのだろうか。いや良いも悪いもない。指示されたなら、それに従うだけなのだ。

「ああもう! むかつく!」

 小さい方、金色少女が立ち上がり、だんと地面を踏み締める。

「あんたよあんた!」

 そう言って、少女はゼロエイトに向かって指を差す。

「俺か」

「他に誰がいるのよ。読むのか考えるのかどっちかにしたら?」

 棘を満載にした言葉をぶつけられながらも、ゼロエイトはふむと考える。そして、本を閉じて棚に戻した。

「しかし。考えても仕方のないことだ」

 かといって、読書という気分でもない。さてどうするべきか。

「あんたさ。そんなにあいつらの事が気になるの? 課題(タスク)とやらはどうしたの?」

課題(タスク)は大事だな。異論はない」

 少女はイライラした様子のまま、両手を腰に当ててゼロエイトを睨む。

「何が‘異論はない’よ。鏡見ても同じことが言える?」

「分からん。試してこよう」

「試すな!」

 怒鳴られたゼロエイトは、訳が分からないと言わんばかりの表情で少女を見る。

 少女は、その場にしゃがみ込んでぶつぶつと文句を言い始めた。

「ああもう、ああもう! ほんとにむかつく、何であたしが」

「何だかよく分からないがすまない」

 とりあえず謝罪をするも顔を上げた少女に睨まれ、ゼロエイトは口をへの字に結んだ。

 しかし、そのへの字具合に思う所があったのか。少女は深く溜息を吐くと、再度立ち上がった。

「あのさあ。やりようなんて幾らでもある。唯と鴉がやり合ってる場所に、あんたが到着してればいい。そうでしょ?」

 少女の言葉に、しかしゼロエイトは首を横に振る。

「《クロウ》に関わることは、課題(タスク)の破棄に等しい。俺も君も、ただでは済まないだろう」

 そう答え、ゼロエイトは読書に戻ろうと本を取り出す。相も変わらず集中出来ていない様子のゼロエイトを見て、少女は鼻で嗤う。

課題(タスク)ってあんたは言うけど。優先順位はちゃんと確認した? 今あんたが最優先でやらなければいけない課題(タスク)ってなに?」

 少女の問いに、ゼロエイトは珍しく呆れ顔になった。それもその筈、こと課題(タスク)に関して、ナンバー08(ゼロエイト)はどこまでも従順で正確なのだ。

「第一に、アロガントの殲滅だ。その存在は世間に露呈しつつあるが、だからといって無視しろとは言われていない。第二に、レリクス同士の戦闘データ、その収集だ。これは副次的な物であり、可能ならば、と言われている。そもそも、既に提出してあるデータ以上のことは見込めない。そうプラトーは考えているのだろう」

 暗記していて当たり前、そう言わんばかりにゼロエイトはすらすらと答える。

「そして、今回追加された《クロウ》との接触禁止。それが、今の俺達の所持する課題(タスク)だ」

 そこまで黙って聞いていた少女が、にやと笑みを浮かべながらゼロエイトに近付く。

「その接触禁止ってやつ。それ、他と比べると優先順位はどう?」

 悪魔の囁き。少女の声色にそれを感じ取りながらも、ゼロエイトは優先順位について思い返す。メッセージには、優先順位に対する記載はなかった。

「アロガントは殲滅しないといけないんでしょ? じゃあ、たまたま出会っちゃったとしても、それはしょうがないんじゃないの?」

 少女の声が、より具体的な言葉を使って説明した。そこまで言われれば、さすがのゼロエイトでも言わんとしていることは分かる。

 思考は一瞬、決断もまた一瞬だ。ゼロエイトは本を棚に戻し、さっさと歩き始める。

 その背中を追いながら、少女は不機嫌そうな顔に戻って溜息を吐く。

「……バカみたい、なんであたしがこんなこと」

 囁くような呟きは、誰に拾われることもなく消えていった。

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