空白の鎧
少女を追い掛けて、化け物に出会って。右腕を食い千切られて、少女に本当は二十八歳だと言われる。片羽唯は、浅い呼吸を繰り返しながら揺らいでいく意識を何とか保っていた。
疑問は浮かんでは消えていく。なくなった右腕が痛い。傷が熱い。そして、それを上回る睡魔が、頭の中を制圧していく。
そんな中、少女は……リーンドールはアタッシュケースを持って戻ってきた。治療道具でも入っているのかと思ったが、開かれたケースの中を見てまたもや言葉を失った。
それは、灰色の義手だった。右胸から右肩、そして右腕……それらのパーツが、綺麗に納まっている。その形は、人というよりも鎧だった。腕に至っては、どこか先程見た銃に……散弾銃に似たパーツが付いており、ケースの中には弾丸らしき物も四つ入っていた。
「プロト・アームドレイター。まずこれを使うわ」
そう言うと、リーンドールは右胸と右肩のパーツを取り出し、それらを接合した。小さい頃に遊んだプラモデルのロボットを思い返しながら、唯は‘使う’という単語に身体を震わせる。
「まって、それ」
静止しようと右腕を出そうとするも、肘から先がない以上何も出ない。
「残ってる部分もなくなるし、凄く痛いと思うけど。我慢して」
リーンドールの手によって、唯の右胸と右肩にそのパーツが宛がわれる。唯の頭の中に、力一杯パーツとパーツを組み合わせて作ったプラモデルが浮かんできた。あの時は自分が力を込めていたが、この場合は。
「まって、待って!」
リーンドールが手を放すと、パーツの内部が真っ赤に発光した。痛みと灼熱、残っていた右肩が、根本から地面に落ちる。血は吹き出さない、吹き出す前に、右胸と右肩のパーツが力一杯閉じられたからだ。
「ああ、ああッ!」
中身を蹂躙される痛みを前に、唯は声を上げ続けるしかない。これはプラモデルのパーツそのものだ。そこにある肉を削り、無理矢理身体の一部に置き換わろうとしている。
結合されたパーツが赤熱化し、別の痛みを生じさせた。パーツの隙間やボルトから漏れ出していた血液が、焼肉を思わせる音と共に煙に変わっていく。鉄臭い煙にむせながら、味わったことのない痛みを噛み締める。
床に蹲るようにして、唯はその痛みを声に変換し続けた。
やがて、赤熱化したパーツは元の灰色へと戻る。痛みの波が遠のいていく。睡魔にも似た感覚は、痛みと絶叫でどこかに消えていた。
身体を起こし、唯は抗議の目でリーンドールを見る。しかし、リーンドールはこちらを見てはいなかった。
リーンドールの目は正面、あの化け物の方を見ている。
「アロガント・ステージ4。ギアと、電気かしら」
その化け物は……アロガントは、先程見たよりも一回り大きくなっていた。何よりも異質だったのは、その四肢だ。爪は既になく、両腕に無数の歯車が生えている。ゆっくりと回転しているそれは、時折稲光を放出していた。
「さしずめ《ギアスパーク》アロガントね。立てる?」
リーンドールは唯に左手を差し出す。その手を掴み、唯は一息に立ち上がる。鎮痛剤でも投与されたのか、痛みは既に消えていた。
リーンドールは、右手に‘右腕’を持っている。ケースに入っていた最後のパーツであるそれに、同じくケースに入っていた弾丸を込めていく。流れるような手付きで四発装填すると、こちらに向き直った。
リーンドールは一歩踏み出し、唯の右肩にその右腕を装着する。
『……stand-by ready』
低い男性の声、合成音声だろうそれが腕から聞こえてきた。
リーンドールは、接続された右腕、前腕上部にあるパーツ……散弾銃のフォアエンドを思わせるパーツに手を添えた。
「助けて貰っておいて悪いけれど。もう少しだけ……ううん、これから先も助けて貰うことになる」
リーンドールは、そのまま右腕のフォアエンドを操作する。がちゃりと音を立ててスライドしたフォアエンドを中心に、灰色の光が義手の至る所に灯っていく。
そして、光を灯しているのはリーンドールも同じだった。
「なに……を」
ようやく唯の口から疑問の声が漏れ出す。しかし、リーンドールは苦笑を浮かべて首を横に振る。
「すぐに分かるわ。私が貴方の中に入るんだから」
リーンドールの姿が灰色の光に変換され、唯の右腕、義手の中へと取り込まれていく。
そして、唯はその一瞬でリーンドールの生涯を駆け抜けた。目まぐるしく切り替わる光景、怒濤のように押し寄せる感情、二人の人間が一つになるその感覚は、時間にしてみればそれこそ数秒にすら満たないだろう。
『ArchiRelics......《blank》』
補助音声が冷徹に時を進める。唯は真正面にいる化け物、《ギアスパーク》アロガントを見据えながら、右腕を引くようにして構える。この時にはもう、接続された義手が遜色なく動かせるようになっていた。
原理は分かっている。リーンドールが自分の中に……この右腕の中にいる。二人は一つになり、なくなった物を彼女が補っているのだ。自分の知識には存在しない知識……リーンドールの見た光景が、それを教えてくれている。
「私と貴方で戦うの。始動キーは」
右腕から……いや、アームドレイターからリーンドールの声が聞こえる。始動キー、このアームドレイターを起動する為の鍵は。
《ギアスパーク》アロガントが駆け出す。四肢の歯車が激しく回転し、放出される電撃が辺りを激しく明滅させる。
唯は右腕、アームドレイターを引きながら、全身に力を込めていく。そして、歯を食いしばりながら息を吸う。
アロガントは真正面、両腕の歯車でこちらを抱き留めようと飛び込んでくる。
「……フェイズ、オン!」
始動キーである言葉を怒鳴りながら、唯は右腕のアームドレイターでアロガントの胴体を殴り付けた。腰の入ったストレートが、アロガントの突進を凌駕して吹き飛ばす。
アームドレイターの拳、中指の付け根に存在する銃口から、灰色の光が迸る。その光は銃弾と違って射出されることはなく、逆に右腕を包むように広がった。灰色の光は装甲となり、装甲と装甲が折り重なって鎧を形成していく。硬質な物同士が噛み合う時の快音を響かせながら、右腕のアームドレイターは外装を次々と生じさせる。
右腕だけではない。胴体を這うようにして左腕、腰を這うようにして右足と左足も、灰色の外装に包まれていく。
最後には頭部も右から左へと光が走り、眼孔の鋭さをそのまま受け継いだツインアイが真っ赤に染まる。
『PhaseOn......FoldingUp......《blank》Relics』
光が瞬き、反動によって右腕が後方に跳ねる。唯は右手を開き、過剰に発生していた力を後ろへそのまま逃がす。
全身の外装が完全に組み上がったことを、補助音声がその名前を告げることで教えてくれた。
「《ブランク》レリクス。こいつの名前か」
唯はそう呟きながら自身の両手を見る。西洋甲冑を思わせる見た目だが、所々ロボットを思わせる造形をしていた。
「そうみたいね。さあ、長期戦は不利よ。一気に片を付けましょう」
リーンドールの言葉に嘘はない。あのアロガントとか言う化け物は、喰らえば喰らう程強くなる。ここで倒さなければ、被害は際限なく広がるだろう。
唯とリーンドールは……《ブランク》レリクスは右足を引き、右手も僅かに引いた。基本的なボクシングの構えを取りながら、覚悟を決めて息を吸う。
「やるだけ、やってみるしかないか!」
そう、自分に言い聞かせるように言葉を吐いた。