空を射貫く
新装備を付けた《アーマード》に、それを守る《アールディア》……レリクスの反撃が始まり、《ネイルブロワー》アロガントは次々と撃ち落とされていった。
「おお、凄い。というか、てっきり俺がやるのかと思ってた」
「貴方もやるのよ。あれは支援兵器として、マイルドな性能に落とし込んだ奴なの。ステージ5の個体、《ドローン》アロガントにはやっぱり、これを使う必要がありそうね」
《ブレイド》レリクスを付け狙うアロガントは、もう殆どいなかった。大部分が《アーマード》の方へ向かっているのだ。
「そっちがこの前作ってた奴?」
「そう。あまり使いたくはないんだけど」
この期に及んで……空には馬鹿でかい怪物が牙を剥いていて、羽虫というにはでかすぎる化け物が釘を撒き散らす。ちょっと空を飛ばれただけで攻撃のしようがなくなり、やれることといったら地面を走り転がることだけ。
そう、この期に及んで……それだけの窮地でありながら、尚もリンは腕を使うことを渋っている。全部自分の為だ。レリクトを用い戦う自分を、守るべき日常へと帰す為に
「ま、心配してくれるのは有り難いよね。でも釘塗れになるのは御免だ」
「分かってる。これを」
再び目の前に灰色の光が瞬く。左手で掴むと、それは馴染みの大きさ、ブレードユニットに似たデバイスだ。レリクト・シェルを装填するスリットも、引っ張る紐……スターターグリップも付いている。違う所は一つだけ。ブレードユニットがチェーンソーの基部のような造形だったのに対し、こちらは最初から火砲のような形状をしていた。肘から先がそのまま、カノン砲になっているような感じだろうか。
「ブロウブラスター。使い方や操作性はブレードユニットと変わらないわ。やれる?」
「当然。やるだけやってみる!」
《ブレイド》レリクスの右腕、肘から先が光になって消える。同時に、左腕の小盾も消えた。一時的に《ブランク》に戻ったのだ。
肘から先がない右腕に、左手にあるブロウブラスターを接続する。
『Connected......Mod《blast》』
《ブランク》は左手でレリクト・シェルを掴み、それを右腕、ブロウブラスターに装填する。開いた左手はスターターグリップを握り、それを一息に引っ張った。
『ready......FoldingUp......』
右腕、ブロウブラスターが灰色の光を放ちながら起動していく。短かった砲身は延長され、左手で保持する為かグリップも形成された。
更に、灰色の光は頭部と胴体にも纏わり付く。頭部にはバイザーが新たに形成され、胴体には分厚い装甲が組み上がった。
『......《blast》Relics』
名前の宣告がされ、重厚になった胴体から廃熱だろうか、煙が排出されていた。
《ブランク》は《ブラスト》レリクスとなり、左手で自身の胴体に触れ、右腕を見る。
「こっちは手持ち式のエンジンブロワーを参考に作ったわ。空中戦を想定している訳ではないけど、理論上あの《ヒュージ》アロガントを撃ち抜ける」
「ブロワーが何かは知らないけど、それって凄くない?」
‘あの’馬鹿でかい《ヒュージ》アロガントを、これで倒せるというのだ。俄には信じられない。
新たな姿を脅威と判定したのか、数体の《ネイルブロワー》アロガントが《ブラスト》レリクスへと迫る。放たれた釘が殺到するも、《ブラスト》レリクスは飛び退いて避けた。
そして、ほぼ無意識の内に右腕のブラスターを相手に向けた。右腕の肘から先にあるブラスターは、あり得ない事なのに自分の身体と繋がっている。手を握る、手を開く。それらと同じように、射撃という動作がごく自然に頭の中にあった。
右腕のブラスターが、容赦なく光弾を連射する。《ブラスト》レリクスのバイザーには照準が映っており、苦労せずとも相手の動きを予測、それをなぞるように右腕のブラスターが動いていく。
光弾は何度も直撃し、牙を砕きコアを撃ち抜く。《ネイルブロワー》アロガントは、呆気なく爆散していった。
「照準補助用のスマートバイザー、オートエイムって奴よ」
飛来する釘を横転して避け、即座にバイザーで捉えブラスターを連射する。それだけで、こちらを囲もうとしていた残りの《ネイルブロワー》アロガントも爆散した。
「……凄い便利じゃんこれ。何で出し渋ったの?」
「身体に、レリクトの、影響が出るからって言ってるでしょ! 全部レリクトなの! 腕も打ち出してる弾もバイザーやそれに伴う疑似脳回路も全部レリクト! 脳天気過ぎるわよ!」
未だに、唯にとってはその辺りがよく分からないのだが。とりあえず、リンが気にしている部分を突っついたとだけ理解して慌てて謝罪する。
「ごめん、分かった、悪かったから。というか、これって《ヒュージ》アロガントも撃ち抜けるんだよね? 何か撃った感じそんなパワーは感じなかったけど」
強力だし便利だが、そこまで爆発的な何か……それこそ、《ブランク》の拳のような迫力は感じない。
「……通常戦闘時にそんなパワー出す訳ないでしょ。《クロウ》じゃあるまいし、常時最大出力なんて考えただけでも馬鹿馬鹿しいわ」
言われて見れば確かに、と《ブラスト》レリクスは頷く。そして、大体は理解したと言わんばかりに左手でレリクト・シェルを引き抜いた。
「つまり、最大出力ならこの距離でもあれを撃ち抜けると」
「理論上はそう」
リンの理論なら間違いないだろうと、《ブラスト》レリクスは右腕のブロウブラスターにレリクト・シェルを装填していく。その数三発、現状扱える中でも最大だ。
左手でスターターグリップを掴み、二回連続で引っ張る。変化はすぐに感じ取れた。エネルギーの奔流が、右腕の中で高まっていくのを感じる。
《ブラスト》レリクスは拡張された胴体、その背中からアウトリガーを展開、地面に突き立てて固定する。更に胴体前面、脇の下辺りの装甲からはワイヤーショットがそれぞれ二本射出、地面に深く突き刺さった。
二つのアウトリガーと二本のワイヤーに支えられながら、《ブラスト》レリクスは右腕を斜め上に向ける。スマートバイザーが照準を助けてくれる為、その点は心配していなかった。問題は……というか不安なのは、更に高まっていく右腕の中……ブロウブラスターの内側だ。
どうして胴体に装甲が追加されたのが。アウトリガーやワイヤーを内臓しているのか。どうして通常時、出力を絞らなければいけないのか。
そういった点が、綺麗に繋がっていく感覚だった。それ程までのエネルギーが、今右腕にあるのだ。
いや、と意識を切り替える。右腕にあるのは、何も莫大なエネルギーだけじゃない。リンはいつだってそこにいて、今もサポートを続けている。
「大丈夫、君の作った物なら」
《ブラスト》レリクスの右腕、ブロウブラスターにあるグリップを左手で掴む。膨れ上がったエネルギーを感知したのか、《ネイルブロワー》アロガントがこちらに来ようとする。しかし、《アーマード》の正確な射撃によって次々と落とされていった。
右腕が稲光を発する。これ以上ない程のエネルギー、自らをも破壊しかねないその塊を感じながら、《ブラスト》は全身に力を込める。
「……俺は信じる!」
意志を言葉にしながら、《ブラスト》レリクスはブロウブラスターの力を解き放つ。それは最早光弾ではなく、光の帯だった。灰と赤の光が、射線上にいた《ネイルブロワー》アロガントを霧散させていく。それこそ光の速さで到達した破壊の権化は、《ドローン》アロガントの巨体、その胴に狂いなく直撃した。
《ドローン》アロガントは、牙を閉じて防ごうとしたが。拮抗と言えたのは数秒のみ、光の帯は造作もなく牙を消失させ、その先に納まっていたコアを貫いた。
『devastate,blast』
《ドローン》アロガントは、遙か上空に位置したままその巨体を爆散させた。
《ブラスト》レリクスの放った一撃が契機となり、戦いが終わっていく。運良く射線から外れていた《ネイルブロワー》アロガントも、末路自体はそう変わらない。どう逃げようとも、《アーマード》の光弾によって撃ち抜かれていった。
《ブラスト》レリクスは光を吐き出し終わったブロウブラスターを……右腕を下げた。全身から力が抜けていく。周囲の地形は、射撃の影響で抉れ、ひび割れてしまっていた。
胴体のアウトリガーが消え、ワイヤーも消失する。支えを失い、《ブラスト》レリクスはその場でしゃがみ込む。そればかりか、全身の装甲も次々と脱落していった。
外装は光となって消え、右腕はただのアームドレイターへ変わる。傍に生じたリンがどこか安堵したように唯を見る。
「つらそうね。まだ身体が人間である証拠だわ」
「いや、うん。そうなんだろうけど」
周囲を見渡すも、もうアロガントはいない。《アーマード》と《アールディア》も外装を解除し、こちらへ近付いてきた。
「唯くん、平気ですか?」
「心配する必要はない。唯は存外にタフな男だ」
緑は車椅子の上から心配そうにこちらを見ていたが、ゼロエイトの方は全く気にしていない。
「いや、おかしいじゃん。心配する必要あるよ」
その場で座り込んだまま、唯は不満げに抗議した。
「少し休めば動けるようになるわ。それはそうと、ゼロエイト。ブラスターパックは返して貰うわよ」
リンはゼロエイトに指を差す。ゼロエイトは、右手で持っていたバックパック、ブラスターパックを素直にリンに手渡した。受け取って状態を確かめた後、ブラスターパックは灰色の光に変換されてリンの中へ消えていく。
「意外ね。あっさり手放すとは思っていなかったわ」
そうリンが言うと、ゼロエイトはこくりと頷く。
「悪くない装備だった。射撃戦が出来るアドバンテージは大きい。データも有用な物になったと思う」
真っ直ぐな褒め言葉を前に、さすがのリンも満更でもなさそうな顔をする。
「……まあ、状況が状況ならまた渡すわ。一応、協力関係にあるし」
それは、分かりづらいがリンの協力の証、雪解けの瞬間だった。それを誰よりも分かっていた唯はふっと口元を緩める。
しかし、ゼロエイトは首を横に振った。
「それには及ばない。構造は把握してある。現に、ほら」
ゼロエイトが、ゼロエイトの小さい方、金髪の少女を見る。小さい方は右手を前に出すと、返した筈のブラスターパックを形成して見せた。重かったのか、小さい方は慌てて両手で掴む。それでも取り落としそうになるが、それはゼロエイトが支えた。
「こうして使うことが出来る。問題なしだ」
ゼロエイトの表情は、相変わらず無表情だったが。どうにもこの安心して欲しい、みたいな雰囲気から察するに、多分善意でやっているのだろう。
それが分からないリンではない。握手を拒まれたような気分だろうが、そこはさすがに二十八歳、大人の女性である。気を取り直そうと咳払いするも、そこでゼロエイトの小さい方がくすくすと笑い声を漏らした。
リンが小さい方を見る。金色少女は、ブラスターパックを白い光に変換して取り込むと、にやりと人を小馬鹿にするような笑みを浮かべた。
「ざあんねんでした。ふふ」
徹頭徹尾煽り、ゼロエイトの小さい方は背を向ける。その背中を追うようにして、ゼロエイトも歩いて行く。
「……あはは。個性的な子ですね」
「いや、なんか普通におっかないぞあれ」
緑と光が口々に感想を言う。
「まあ、悪い子じゃないと思うけど」
そう唯が弁明しようとすると、リンがちらと不満げな目で見てきた。
「……口は悪いよね。うん。悪い」
リンの目力に押され、唯はそう歯切れの悪いコメントを残すしかなかった。




