共闘と決別
そこそこ長居をしてしまったが、有意義な時間を過ごせた。それに、充分以上の成果も得た。片羽唯はレストランを出ると、左腕だけだったが伸びをした。
「折を見て全メニューを食べてみよう。何かが分かるかもしれん」
「あたしはパフェを食べる」
そんなゼロエイト組の感想を聞き流していると、唯の携帯端末に着信が入った。
左手で取り出して見てみると、そこには緑の名前が表示されている。
リンが唯の方を見て、何事かと目で問う。唯は端末の画面をリンに見せてから、緑からの通話に応答した。
「どうしたの、緑。階段だったら今から帰るとこだけど」
くすりと笑う緑の声が聞こえる。
『階段じゃないです。でも、近いことはお願いするかも』
つまり運搬要員が欲しいと。そんなことを考えながら、唯は緑の言葉を待つ。
『あの鴉と……《クロウ》レリクスと戦いました。相手は撤退、とりあえず私も光も無事ですが。迎えが欲しいなあって』
鴉、《クロウ》レリクス……その名前を聞いて、唯の顔色が変わる。雰囲気が変わったことにリンも気付いたのか、傍に近付いてきた。
「迎えには行く。ここにリンもいるから、何があったか話せる?」
『はい。その為に連絡しました』
唯は端末を操作し、緑の声を周囲に聞こえるように設定する。この場にはゼロエイト達もいたが、むしろ丁度良いだろう。あの鴉について聞くチャンスだ。
『今日は父の所に行ってました。施設が崩落した場所で、今考えると不用心だったなって思いますけど。でも、行きたくて。そこで鴉と、《クロウ》レリクスと会ったんです』
「偶然? それとも待ち伏せ?」
リンが緑に問い掛ける。
『待ち伏せ、というより。尾行されたのかも知れません。どちらにせよ、偶然ではないです。鴉は最初から私を狙って、戦うように仕向けてました』
リンはじっと考え、また口を開く。
「撤退と言ったわね。貴方達は無事とも。《クロウ》レリクスとまともにやり合って、勝ったと見ていいの?」
『いえ。唯くんが戦った時と同じです。鴉は加減してました。今冷静になって考えれば、《クロウ》レリクスは殆ど反撃してません。それで考えたんです、《クロウ》レリクスの目的は』
「レッグドネイターの戦闘データ。それぐらいしか思い付かないわね」
新たなレリクト・デバイス、その実戦データが欲しいというのは、理に適っているように聞こえる。
『とにかく、鴉については気を付けないとですね』
《クロウ》レリクスは文字通り、目に見えない脅威となってこの街に潜んでいる。
唯とリンが押し黙り、それぞれ思案していると、蚊帳の外に置かれていたゼロエイトがふむと呟く。
「緑と言ったな。《クロウ》レリクスとは何だ? 俺の知らないレリクスがいるのか」
そんなゼロエイトの言葉に、リンは溜息を吐いて指を差す。
「プラトーのレリクスよ。レリクト・デバイスの開発、運用が出来るのはプラトーぐらいでしょう?」
「君達やドクター・フェイスは開発・運用している」
ゼロエイトの物言いは、こちらを疑っている、という感じではない。ただ知っていることを喋っている、それだけだ。
「ドクターは信用出来ないけど、嘘を吐くタイプじゃないわ。《クロウ》はプラトーの差し金よ」
そんなリンの反論に、ゼロエイトの小さい方がくすくすと笑い声を零す。
「お人形なのにフェイスを信用してないんだ」
「人形だからよ。私が一番ドクターを知ってる」
そう言い返すと、リンはさっさと歩き始めてしまう。
「唯、緑と光を拾いに行くわよ。車をこっちに手配するわ」
その小さな背中と、揺れる銀髪だけで何となく感情は伝わってくる。待たせない方が良いなと判断し、唯はゼロエイト達の方を見た。
「《クロウ》レリクスは黒くて、フード被ってて。鴉の羽がいっぱい落ちてる奴。合成音声で喋ってて、何を考えているのか分からないけど強い。もし戦うことがあったら気を付けて」
「平気じゃない? だってプラトーのレリクスなんでしょ。あたし達が襲われるなんて、理由がないし」
ゼロエイトの小さい方は、特に何を気にしている訳でもない。しかし、ゼロエイト自身は何やら思う事があるようだ。
「唯よりも強いのか?」
「はあ?」
ゼロエイトの問いを前に、唯は素っ頓狂な返答をしてしまった。しかし、ゼロエイトはいつもの無表情にいつもの声色だ。ふざけている訳ではないだろう。
「……分からない、って言いたいけど。俺よりも強い」
「そうか。気を付けよう」
それだけ言うと、ゼロエイトは商店街に向け歩き出した。唯も歩き出そうとするが、ゼロエイトの小さい方の視線に気付き、どうしたのかと歩みを止める。
「あたしはどうも思わないけど。ナンバー08は、あんた達と過ごすのも悪くないって思ってる」
それは何より、と唯は返そうとしたが。少女の視線、そこに込められた鋭さに気付いた。口を噤み、少女の言葉を待つ。
「それでも、どう足掻いたってプラトーの命令には逆らえない。ナンバー08は、あんた達を殺したくないけど殺すわ。それでもこうやって仲良くするなんて、いっそ残酷だって思わない?」
ゼロエイトの相方である、この少女が言うのだから。その言葉はきっと正しい。どう答えるべきか唯は考え、そして考える必要すらないと一人頷く。
「思わない。俺とリンは死なないし、ゼロエイトもゼロエイトの小さい方も死なない。プラトーやドクターが何を言ったって、それだけは変えない」
少女は鋭い目付きのまま、唯の目の奥を睨み続ける。無遠慮に心に踏み込む、探る為の目だ。僅かな時間の攻防、先に折れたのは彼女の方だった。
「その呼び方、あたしは嫌いだな。その考え方も嫌い。現実を知らない子どもみたいで」
「実際、知らないからね」
そう答え、唯はふっと口元を緩める。ゼロエイトの小さい方は、鼻で笑って踵を返す。
「いざそうなった時、傷付くのはあんたも同じよ。唯」
こちらを振り返ることなく、少女はそれだけを言い残して去っていく。
「……そうだろうね」
それでも、こうやって歩み寄ったのは間違いではないと。そう唯は胸中で続ける。
相方をこれ以上待たせたくはない。深く息を吐くと、唯は銀色の背中を目指して走り始めた。
「それにしたって、いまいちしっくり来ないわね」
ガードレールにちょこんと座り、リンは思案顔でそう呟く。
「それ椅子じゃないからね」
車通りの少ない道路を見渡しながら、唯はそんな返答をする。車は手配済、後は待っているだけで無人の車両が滑り込んでくるだろう。
「ばか、座り心地の話なんかしてないわ。鴉の目的よ」
そっちかと唯は咳払いをし、ふざけているのかと目で訴えてくるリンにごめんと謝る。
「あの義足、レッグドネイターのデータが目的だって話してなかった?」
「イコールの先はそれだと仮定したけど。その前の数式が埋まってないの。鴉、《クロウ》レリクスはそもそも鈴城緑の父である鈴城巧に接触を図ったわ。これは緑から聞いたことだけど」
なら、尚更イコールの先とやらの信憑性は強くなる。緑の父、鈴城巧はレッグドネイターの開発を行っていた。そのデータを求めていたのなら、鴉はそこに行く理由がある。
「それに緑が私達の隠れ家を見付けられたのも、鴉が仕組んだことらしいわ.鴉は私達の隠れ家、その座標を知っていた」
「緑が俺達と合流して、なんやかんやで戦うことになるよう仕向けたってこと?」
唯の問いに、リンは納得していないがそうだ、と言わんばかりの表情で頷いた。
「そして今回、緑だけを狙って鴉は行動したわ。その全てが、レッグドネイターを中心に回っている」
「じゃあ、何でしっくり来てないのさ。その話を聞いてると、しっくりしか来ないけど」
リンはじっと黙り、それでも説明すべきと判断したのだろう。溜息を吐き、怒りと呆れ、悲しみがない交ぜになった、複雑な表情のまま話し始めた。
「まず一つ目。レッグドネイターの情報は、もう鴉がプラトーの持ち帰っている筈。緑のお父さんから奪った物ね。その時点で、そこまで貴重なデータじゃないのよ」
そう言われても、これまで重ねられた‘しっくり’は揺るがない。持ち帰ったデータ以外にも、実戦データだって欲しかったのかも知れない。
「二つ目。そもそも、ドクター・フェイスからプラトーへ情報提供のコネクションがある。プラトーは裏切り者を許さない。それでもドクターがこうして無事なのは、事前に根回しやこういったコネを作っていたからよ」
リンの表情、その理由はここにあるのだろう。信用できないとは言っても、一応ドクター・フェイスは味方という扱いだ。それがこういったことをしているという事実が、彼女にとって複雑な思いを抱かせる、という訳だ。
「じゃあわざわざ緑を襲わなくても、プラトーはその内実戦データだって手に入ったんだね。だから、しっくり来ないって言ってたの?」
リンは頷き、しかしそれだけではないという目で唯を見る。
「三つ目。これが一番論理の外にあるけど、一番私を揺さ振っている。プラトーの命令で、あの鴉はデータを集めた。それにしては、どうにもあれは積極的に見えた」
リンの言葉は難しい。そんな唯の考えは顔に出ていたのか、リンはくすりと笑みを零した。
「ゼロエイトが分かりやすいわ。命令で戦っている時と、自分の意思で戦っている時。なんか違うなって思わない?」
その喩えは確かに分かりやすい。唯は頷く。
「鴉は反対に分かりづらいわ。でも、私の感じたものを信じるなら。あれは自分の意思で動いているわ。勿論、プラトーの命令だってあると思うけど」
リンは笑みを消し、ここから先が分からない、と思案顔に戻る。
「鴉の意思、それが何なのか分からない。だからしっくり来ないの」
リンの言葉を、唯なりに理解しようと整理する。あれだけの意思を持って行動しながら、その芯に該当する部分が全く見えてこない。だからしっくり来ないのだと。そういうことだろうか。
「鴉はレッグドネイターのデータを集めて、何かしたいことがあるのかな?」
「分からない。けど、そういう目的もあるかもって、警戒しておいた方が良いでしょうね」
そこまで話した時、ちょうど真横に無人の車が駐まった。リンはガードレールから飛び下りて運転席まで歩いて行く。
銀色の背中を追い掛けようと、唯はガードレールに左手を掛ける。しかし、背後に気配を感じて動きを止める。
「……なあ、かっちゃんだろ」
名字の片羽を、そういう風に崩して呼ぶ奴は一人しかいない。
「多分……人違いかな」
「片羽唯。小中高と一緒で、小学生の時は六番バッター。野球は辞めたが、大体まったりしてる俺の友人だ。終業式で別れてから最後、行方不明だって言われた上、警察からは関わるなとも言われた。何か間違ってるか?」
唯は声の方向を振り返る。何も間違っていない。幼い頃からの友人、白田稔だ。
「関わらない方が良いのはほんと。というか、あんまり出歩かない方がいいかも」
「あの馬鹿でかい化け物が関係してるのか? 俺がかっちゃんを見掛けたのも、あの時だった」
まあ、いずれこうなると頭の何処かでは分かっていた。同じ街にいれば、出会う事もあるかも知れないと。唯はガードレールから左手を離し、困ったように首を擦る。
「……出来れば、街を出といた方がいいかも。見て分かるように、あれはおっかないから」
「んなの見りゃ分かるよ! それよりかっちゃんだよ、一体……!」
白田稔は唯の両肩を掴む。そして、触れてみてようやく気付いたのだろう。稔は手を離し、信じられないという目で唯を……その右肩を見る。
何もかも、話すことは出来ない。けれど、結局それが……右腕がない、という事実が一番分かりやすかったのだろう。
唯は苦笑しながら、左手で右手の袖を掴み、ひらひらと振る。そこにはもう、何も入っていないと教える為だ。
「かっちゃん、それ……どうして」
呆然とする稔を見て、唯は悪いことをした気分になった。それでも、決別するのであればこれで良いのだ。
「……キャッチボールは出来そうにない。シロ、ちゃんと逃げてよ」
それだけ言い残し、唯は左手を再度ガードレールに掛け、道路へと降り立つ。
リンの待つ車、その助手席に座って溜息を吐く。
流れていく景色、ミラーの向こう側で、友人はただ立ち尽くしていた。
次回予告
唯とリンはファミレスという最大の味方と協力し、暫定的にではあるがゼロエイト組と共闘関係を結ぶ。
そして、その成果を早くも実感することになる。首のない化け物、アロガントの脅威が、再び街に迫ろうとしているのだ。
レリクス同士の共闘戦線、そして何よりも彼の腕が、街を脅かすアロガントを撃ち抜く。
「酒は人を狂わすと本に書いてあった。実物を見ることが出来て良かった」
「……人形のあれは、また違うベクトルだと思うけど」
ブランクアームズ第八話
-定められた砲-
お楽しみに!




