表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第七話 -正義に潜む憎悪-
41/321

彼女に潜む憎悪


 かつてプラトーの地下施設があったその場所は、もう立派な廃墟となっていた。地下施設は爆弾によって崩落し、ダミーの建物は地震後を思わせる崩れ方をしている。

 こんなことぐらいしか出来ないと、鈴城(すずしろ)(みどり)は目を伏せていた。車椅子で入れる限界まで進み、膝の上にある花束を手頃な残骸の上に置く。

「ちゃんとしたお墓に入れてあげたいな。しばらくは……無理だけど」

 緑はそう呟き、周囲を見渡す。瓦礫塗れの光景が広がっており、とてもじゃないが立ち入れるようには見えない。せめて足があれば、と自身の右膝を撫でる。膝から先がない自分の足を。

 車椅子を押してくれている狗月(いぬつき)(ひかる)は、この廃墟に入ってから黙ったままだ。何を言って良いのか分からないのだろう。それでも構わないと緑は思っていた。背中越しに伝わる悲哀、それだけでいい。父である鈴城(すずしろ)(たくみ)は、この遙か下で眠っている。そのことを、一緒に悲しんでくれるだけでも充分だった。

 緑は眼鏡を外し、込み上げてくる弱音と涙をハンカチで拭う。

 それでも尚、拭いきれない言葉が零れていく。

「やっぱり、後悔は消えないね。私が事故に遭わなければ、私が歩きたいって言わなければ。こうはなってなかったのに」

 そうすれば父はプラトーに関わることなく、真っ当な研究者として生きていく事が出来た。プラトーに関わってさえいなければ、こんな死に方はせずに済んだ……かも知れない。

 緑は後ろを振り返り、悲しい目をしたままの光と視線を絡める。

「まあ、そうなると光には会えなくなっちゃうから、それはそれで嫌なんだけどね」

 そう言って、緑は困ったような笑顔を浮かべる。光は目を逸らし、首を横に振る。

「足と博士の方が、どう考えたって大事だよ。俺だってそれぐらい分かる」

「どっちもどれも大事なの。それぐらい分かって欲しいな」

 緑と光は互いに目を合わせ、同じような困り顔で笑う。後悔は本当だが、どれも大事というのも本当だ。

 残骸に囲まれたまま、緑と光は思い出話を始める。父について話すことが出来る、それだけでも緑にとっては嬉しいことだった。

 談笑を繰り返した後、どちらからともなく空を見上げる。崩れた天井の向こうにある太陽を見据え、お昼時を過ぎてしまったとお腹をさすった。

「……戻ろっか。父さん、また来るからね」

 この廃墟を、父の墓標代わりにするつもりはない。緑はそう言外に伝える。光は頷き、車椅子をその場で旋回させる。

 光は気を付けて車椅子を押してくれているが、地面の凹凸によってどうしても身体は揺れてしまう。そんな不規則な揺れに身を任せている中、緑の膝に黒い羽がはらりと落ちてきた。

 鴉の羽……緑と光は背後を振り返る。抜け落ちた黒い羽が舞い、音もなく花束の上に着地した鴉、《クロウ》レリクスが同じようにこちらを振り返った。

「研究者一人を弔う割には豪勢な墓場だな、些か殺風景だが。まあ死人に口はないしな」

 黒い外套に黒い体躯、舞い散る黒い羽に、人を小馬鹿にしたような合成音声……《クロウ》レリクスは、花束を踏み付けたまま両手を広げる。

「……ここを、父の墓場にするつもりはない。私達は帰るから」

 際限なく込み上げてくる怒りを、緑は呼吸を整えて抑え付けようとする。目の前には父の仇がいて、今尚父を侮辱していたが。あの鴉が目の前に出て来た以上、撤退するのが正解だと冷静な自分は判断している。

「いや、ここを墓場にした方が面倒がないだろ。お前の父親は、自分が仕掛けた爆弾で吹っ飛ばされたんだぞ? 火葬をすっ飛ばして跡形もないんだからさ。新しい墓石をどこかの霊園に押っ立てた所で、その中身は空っぽだ。アホらしいとは思わないか?」

 《クロウ》レリクスは、足下に転がっている瓦礫を一つ拾い上げた。

「それとも何だ? 適当にこういうの拾ってきて、これが父さんですって決め付けるのか? 俺はどうかと思うけどなあ」

 そう言って、《クロウ》レリクスは拾った瓦礫を背後に放り捨てる。瓦礫が瓦礫にぶつかり、音を立てて幾つかの残骸が崩れていった。

 緑は、まずいなと自身の胸に手を当てる。心臓がうるさい。目の前の鴉が挑発しているのは分かっている。分かっているのに、怒りが頭の中を駆けずり回って。

「しかしなんだ。こうなるって分かってれば、蹴り飛ばさずに持ち帰っておくべきだったか」

 鴉がくぐもった笑い声を零す。聞いてはいけない。聞けば多分、後には退けなくなる。

 しかし、緑は《クロウ》レリクスの目を見てしまった。黒い空洞を。

 《クロウ》レリクスは自身から抜け落ちた羽を掴むと、拉げた棚にそれを投げ付けた。羽が通り過ぎた後に拉げた棚は半ばから切断、音を立てて崩れていく。

鈴城(すずしろ)(たくみ)、お前の父さんが抵抗するもんでな。気乗りはしなかったが手首を切った。正直いらないから蹴っ飛ばしたんだが」

 棚が崩れ、連鎖的に瓦礫が崩れる。けたたましい音、くぐもった笑い声、無意識の内に、緑は右足を、レッグドネイターを握り締めていた。

「他でもないお前の為だ、持ち帰ってれば良かったのかねえ。手首だけでも、空っぽの墓よりは格好が付くだろ? はは!」

 《クロウ》レリクスは右足で花束を踏み締め、それを蹴り上げた。ぐちゃぐちゃになった花達が、抜け落ちた黒い羽と共にそこかしこに散らばる。

「……あんたに、何も、言われたくない!」

 緑は心臓が暴れるままにそう叫ぶと、スカートをたくし上げて右足型レッグドネイターを装着した。そのまま流れるような動きで後部、ふくらはぎに弾倉を叩き込み、脛にあるチャージングハンドルをスライドする。

Connected(コネクテッド) Leg(レッグ)

 光が右隣に移動する。ちらと見えたその表情に不安を感じ取ったものの、緑はもう止まるつもりはなかった。

 緑は両足で立ち上がり、車椅子を背後にはね除ける。光が左腕を伸ばし、こちらの右足、レッグドネイターに触れた。触れた先から黄色の光に変換され、(ひかる)はガイドとしてレッグドネイターに取り込まれた。

Archi(アーキ)Relics(レリクス)......《R(ライト)》』

 緑は右足、レッグドネイターを僅かに後ろに引き、爪先で地面を二回叩く。

「フェイズ、オン!」

Phase(フェイズ)On(オン)......Folding(フォールディング)Up(アップ)......』

 右足、レッグドネイターの爪先から翡翠と黄色の光が放出される。螺旋を描きながら上昇、軽装鎧を思わせる外装を形成していく。

 二色の螺旋は頭部まで上がり、反転し残る装甲やスカーフを展開していく。翡翠と黄色、交互に灯っていた複眼が、端から黒に染まって瞬く。

 螺旋の光が消える。外装展開の反動で爪先が跳ねるが、右膝を折り畳み、左足のみで直立するようにして反動を消す。

 そのまま右足を上げ、踵を振り下ろすようにして地面を砕いた。

『......《R(アール)dear(ディア)Relics(レリクス)

 名前が宣告される。緑は……《アールディア》レリクスは、右足を踏み締めた体勢のまま、爪先にある銃口から楕円系の大剣、ラウンドソードを形成した。

 剣身が上、柄が下にある。その為、《アールディア》レリクスは爪先で柄を横に蹴飛ばした。大剣を回転させ、飛び込んできた柄を右手で掴む。

「レッグドネイターか。大好きな父さんが残してくれた足って訳だ。二本足で立った感想ってのは、どんなもんなんだ? ええ?」

 残骸から飛び下り、《クロウ》レリクスはフードを目深に被り直す。

「最悪だけど……あんたを蹴り倒せば少しはマシになる」

 そう答えるや否や、《アールディア》レリクスはラウンドソードを逆手で構え、《クロウ》レリクスに向かって駆け出した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ