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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第一話 -空白の鎧-
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悪魔の取引


 駐車場の冷たい床に伏しながら、銀色の少女は……リーンドールは唇を噛み締める。

 目の前の光景は、何をどう取り繕っても最低最悪……こうならないように戦って来たと言うのに。

 化け物……アロガントはステージ3の個体だ。今まで戦ったステージ2とは格が違う。

 倒れている青年は右腕を食い千切られている。汚染が始まるかも知れない。

 リーンドールは片膝を付いて散弾銃を構えるも、静止し唸ったままのアロガントを見て一人首を横に振る。アロガントの四肢は、内側で何かが蠢いていた。

「変異が始まってる、何か食べたんだ」

 腕だけでは変異しないと、リーンドールは考えを巡らせる。そこに何か……時計とか。そういった物があったのだろう。呑み込んだ物を取り込み、アロガントはステージ4に移行する。そうなれば……いや。

「今の時点で、対処なんてもう」

 リーンドールは自身の散弾銃に視線を落とす。これではステージ3、及び4に移行したアロガントの表皮は貫けない。

『まあ、ダメそうだね。変異前の硬直中だろ? 逃げるといいよ』

 耳に付けた通信機から、ドクター・フェイスの声が聞こえる。

「一般人が接触して、腕を食い千切られたのよ。汚染されてるかも」

『じゃあその人の脳を破壊してから撤退だ。アロガントを増やす訳にはいかないし。そのスタン弾なら後腐れなく焼けるからオススメ。役に立てて良かった』

 ドクター・フェイスは皮肉や軽口を言わない。口に出す言葉は全て本心だ。リーンドールは舌打ちを返しながら、もう一度自身の散弾銃を見る。人の身体を消し炭にする為に、これを振り回している訳ではない。

 リーンドールは散弾銃を下げ、立ち上がる。そして、啜り泣くような声を上げている青年を見据える。未だ倒れたままの青年の右腕は、肘から先がない。

「……右腕。なら」

 呟き、リーンドールは散弾銃でアロガントを撃つ。着弾と同時に表皮に弾かれ、稲光が広がる。だが、アロガントの意識はこちらに向いた。

 リーンドールは二発目を撃たない。その代わり、アロガントへ見せ付けるように散弾銃を掲げると、それを階下に向けて放り投げた。

 アロガントは牙を剥き出しにし、その散弾銃を追い掛けて飛び下りる。アロガントは食事の為に物を喰らっている訳ではない。より強い個体になる為、その‘機構’を喰らっているのだ。

『ちょっと、餌やりしてどうするの!』

「時間を稼いだの。ドクター、打つ‘手’ならまだあるでしょ」

 リーンドールは倒れている青年に駆け寄り、強引に助け起こす。嗚咽を漏らす青年を引っ張り、背を壁に預けるようにして座らせた。

「まだ気絶はしてないみたいね。名前は言える?」

 青年の目を見据えながら、リーンドールはそう問い掛ける。

「……唯。片羽、唯」

 青年は……唯は荒い呼吸を繰り返しながらそう答えた。リーンドールは頷き、肘から先がない唯の右腕を見る。腰のポーチから止血用のバンドを取り出し、肩の下辺りで強く結んだ。容赦のない処置に再度唯は悲鳴を上げる。

『打つ手。打つ‘手’ねえ……。まさか、プロト・アームドレイター! ダメだダメ! あれは、あれはあまりにも!』

 ドクター・フェイスが、珍しく感情的に否定を返してきた。

『あまりにも‘貴重’過ぎる! 僕は反対だね』

「人の命が掛かってるの。私の命も」

『君はともかく、人なんて腐る程いるじゃないか。絶滅危惧種になってから、そういうことは言って欲しいね。よし分かった。アロガントが一匹増えるぐらい許容しよう。彼を放置して逃げてくれ』

 まあそうだろうと、リーンドールは溜息を吐く。ドクター・フェイスはそういう男だ。この世に一つしかない、緊急認証装置の付いたプロトタイプを。そう簡単に手放してはくれないだろう。

「……この街のアロガント、ううん。レリクトに関する事件の解決。それが成されれば、貴方の望む生体解剖に応じてもいい」

 だから、リーンドールは唯一持ち得ている切り札を使うことにした。

 無言になったドクター・フェイスに対し、リーンドールは畳み掛ける。

「貴方の中の天秤は、今まで傾くことはなかった。私を生きたまま研究する、私を助手として活用する。それでも充分な成果を得られたから。でも、本当は中を見たいんでしょ?」

 リーンドールは口元を緩め、もう一押しだと息を吸う。

「私だって解剖されるのは嫌だから、役に立ってきたつもりだけど。私が許可するとしたら、貴方は喜んでこの頭を開けるんじゃない?」

 ドクター・フェイスは迷っているが、欲望に忠実な男だ。背中を押してやれば、きっと。そう考えカードを切ったリーンドールは、相手の手札が動く時をじっと待った。

『……ふむ。細かい条件は後で煮詰めよう。リーンドール、確かに君の言う通り打つ‘手’はある。すぐに送るよ』

 調子の良い男ね、とリーンドールは小声で零す。だが、すぐに唯へと視線を戻した。

「名乗って貰って悪いのだけれど。私は名乗れる名前がないの。あと、悪いついでに教えておくと。私の身体は成長が止まってる。本当は二十八歳になるらしいわ。この国は子どもを助けてくれる人が多いのね」

 唯は息も絶え絶えといった様子で、黙って聞いては頷いている。だが、リーンドールが喋り終えたのを見て震えるように口を開いた。

「リーンドール。そう、聞こえた。名前……なの?」

 一番最初に出た質問がそれなのかと、リーンドールは小首を傾げるが。すぐに笑みを浮かべ首を横に振る。

「実験の影響で身体の成長が止まった時、その症状名として使われたのがリーンドール。ナンバーも振られていたけど、そっちは忘れちゃった。珍しかったのか、みんな私を症状名で呼んでたから」

 だから、とリーンドールは続ける。

「唯、貴方も好きなように呼んでいいわ。巻き込んでしまって悪いけれど、これから先」

 リーンドールがそこまで言い掛けた時、駐車場の床に何かが突き刺さった。舗装された床を砕いたそれは、ドラム缶程度の大きさをしている。

『着弾を確認。急いだ方が良い。アームドレイターはレリクト兵器、アロガントにとってはご馳走みたいな物だからね』

 リーンドールはドロップコンテナに駆け寄り、カバーを開放した。中にあるアタッシュケースを掴むと、唯の元へと戻る。

 未だに状況を呑み込めていない唯が、怯えたような目でケースを見ていた。

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