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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第七話 -正義に潜む憎悪-
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酒乱と清掃員


 でかいビニール袋を左手でぶら下げながら、片羽(かたは)(ゆい)は仏頂面を晒していた。リンの私室、今や自身の部屋でもあるこの空間は、控え目に言って凄く汚い。

 不潔や不浄というよりは、雑多という単語が一番しっくり来る。だから折を見ては片付けようと思っていたのだが。

「あのさリン。決意した端から汚すのやめない?」

 リンは自身の机に様々な機械を並べ、素人には分からない程ごちゃごちゃ弄っている。当然、機械を弄る以上手の届く位置にあるのはお酒だ。安いウイスキーと炭酸水、氷の溶けかかったグラス……今また、ウイスキーの空き瓶が床に置かれた。

 それだけではない。床にはこれまた素人目にはわからない機械が並んでおり、ごちゃごちゃ感ここに極まっている。

「言う程汚れてはいないわ。虫も出てないし」

「寒いからだよ。リンみたいな子が春に後悔するんだ。片付けを怠ったから今年の春や夏は害虫三昧だって」

「私は虫に対して何の感慨もないわ」

「俺はあんま好きじゃない。片付けよう」

 唯はそう宣言すると、左手にあるビニール袋の口を広げようとする。右腕の助けがあればすぐに出来る作業も、左腕だけではどうも覚束ない。ある程度のことは出来るようになってきたが、出来ないことも未だにある。

 地面に置いたり押さえ付けたりしながら、唯は何とかビニール袋の口を広げた。何なら自身の足を袋に突っ込みながら固定し、ビニール袋に空き瓶を放り込んでいく。

「唯、貴方掃除が好きだったのね」

 こちらの必死な様子をそんな風に受け取ったのか、リンは意外と言いたげな表情でそう言う。

「いや好きじゃない。どちらかというとサボり気味なんだけど。この部屋はそれを凌駕した」

「そうなの? 大変ね」

 部屋を汚している元凶が言う事なのだろうか。

「そっちも大変そうだけど。今度は何してるの?」

 汚していようと、そもそもリンは部屋の主なのだ。深くは突っ込まず、唯は気になっていることを問う。酒で喉を焼きながら何をそんなに弄り倒しているのか。

「うーん。まだこれっていう形にはなってないの。というか複雑な気分でやっているわ。アロガントは強くなっていくし、厄介事は次から次へと増えていく。その為に必要だって分かってはいるけれど。気乗りはしないわね」

 そう言うと、リンは余程気乗りしていないのだろう。封を開けたばかりの安いウイスキーを、そのままぐびぐびとラッパ飲みしている。

 見た目十一歳のチビッ子が、ウイスキーをラッパ飲みだ。見ているだけで嘘だろ、と呟きたくなるような光景であり、やっぱり慣れない。

 それだけの量を飲酒して尚、リンの白い肌は白いままだった。陶器やマネキンを思わせる無機質な白は、アルコール程度では染まらないらしい。

「ってことは、何か強くなる為のアイテム? ブレードユニットみたいな」

 ウイスキーの三分の一を胃に流し込んだリンが、瓶から口を離して頷く。無機質な白い肌に、薄ピンクの唇が温もりを与えている。

「まあそんなところね。負荷は上がる一方だし、こんなもの作りたくはないんだけど」

 不満げな表情を浮かべ、リンは目を伏せる。肌は白く、髪は銀色……だが、その目は宝石のように赤かった。強い意志を宿して燃える、炎のような眼だ。

「そんなにきついって印象ないんだけどなあ。リンがきついってこと?」

 唯がそう質問すると、リンはこれ見よがしに溜息を吐いた。ウイスキーを机に置くと腰まで届く長髪を後ろ手に結わく。

「二人ともよ。きつく感じないなら良い、って話じゃないの。むしろそれが一番ダメなの」

 きらきらとしている銀髪をポニーテールに結わくと、リンは椅子の後ろにその尾っぽを逃がした。

「言いたい事は何となく分かるけど。必要な物なんでしょ? そうじゃなきゃ掃除手伝って」

 そう言って、唯は空き瓶でいっぱいになったビニール袋を持ち上げてみせる。瓶と瓶がぶつかり合い、手元から快音が聞こえてきた。

「やだ、私掃除嫌いだもの」

「でしょうね! いいよ、今度(ひかる)に手伝って貰うから」

 唯は満杯のビニール袋を部屋の隅に置き、新たなビニール袋を取り出そうとする。しかし、その前に左手で携帯端末を取り出す。窓のないこの部屋で、正確な時間を知る為の手段だ。

「そう言えば(みどり)(ひかる)もいないわね。朝からだったかしら」

 リンの表情を見る限り、よく覚えていないのだろう。

「ちょっと前に外出。俺が緑をこの腕で抱えたの見てなかった?」

 そう言って、唯は携帯端末を持ったまま自身の左手を振る。結局輸送リフトと化したのだったが、やっぱり色々と気まずいのであまりしたくない。鈴城緑は年頃の娘どころか同年代なのだ。役得と言える程、自分の肝は据わっていない。

「うーん、そうだったかしら」

 まあ見ていなかったのだろうと、唯は左腕を下ろす。携帯端末を仕舞い、ソファに掛けてあるパーカーを掴んだ。

「まあ、俺もこれから外出するんだけどね」

「あら。気分転換?」

 特に興味がないのか、リンは再び机の上にある機械と睨めっこを始めた。

 左腕だけで器用にパーカーを羽織りながら、唯はううんと答える。

「ゼロエイトと飯を食ってくる。ついでに何か買ってこようか?」

「帰りに炭酸水と氷、あと適当に夕飯を見繕って……」

 スムーズに受け答えをしていたリンだったが、手を止め数秒考え込んだ末にこちらを振り返った。

「ごめんなさい、もう一度何しに行くか言って貰える?」

「昼飯を食ってくる」

「誰と?」

「ゼロエイトとゼロエイトの小さい方」

 リンは目を細め、じっとこちらを見据える。そのまま数秒、互いに黙ったまま目線を絡め続けた。

「……唯、貴方ねえ! カカポじゃないんだからほいほい敵の誘いに乗っちゃダメでしょう!」

「カカポ……?」

「かわいい鳥! 警戒心がないから絶滅一歩手前よ!」

 リンは端末を取り出すと素早く操作、大きい嘴が特徴的なフクロウの写真を見せてくれた。

「なんかぼうっとしてそうな鳥だけど」

「カカポの話は今本筋じゃないのよ。ゼロエイトは敵で、何をしてくるか分からない。何度言ったら分かるの?」

 端末をしまうと、リンはどこかで聞いたような言葉を並べる。何度も言われているから分かっているが、だからこそのランチなのだ。

「飯に誘ったのは俺の方。話したいことがあったから」

 僅かに頬を膨らませ、リンは椅子から立ち上がる。

「随分と勝手じゃない。相談もしないで」

「したら止められそうだから。当日で良いかなって」

 そこは図星だったのだろう。むむむぐぐぐとリンは押し黙っている。

「……私も行くわ。一桁台の実験体を相手に、貴方を守りきれるかどうかは微妙だけど」

「それは心強いけど。武器を持っていかない、喧嘩しないが条件だよ」

「分かってるわよ。ご飯を食べるってことは、人様のお店に行くんでしょ。迷惑は掛けられないわ」

 リンは机の脇をごそごそと探り、見慣れない杖をひょいと出した。

「少し歩きそうだから杖を使うわ」

 見た目十一歳の少女が、かつんと杖の先で床を叩いている様は、中々にシュールだ。白い肌や赤い目、銀髪と相俟って、不思議と様になっている気すらしてくる。

 そんなリンに近付き、左手で杖を取り上げた。

「はい没収ー」

「ばか、危ないじゃない! その手元のスイッチは絶対触っちゃダメよ!」

「うわほんとだスイッチある。想像以上の危ない代物出してくるのやめない?」

 顔をしかめながら、唯はそんな苦言を呈した。

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