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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第六話 -出来損ないのヒーロー-
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出来損ないのヒーロー


 暗闇の中、鈴城(すずしろ)(みどり)狗月(いぬつき)(ひかる)は震えていた。といっても、二人が震えている訳ではない。身体にのし掛かる重力と、無理矢理重力を斬り裂くが故に生じる振動、それらが二人を襲っていたのだ。

 最短で現地まで飛べる方法と提案され、あれよあれよという間に撃ち出された。そう、多分撃ち出されたのだが。緑は深く考えないように努める。

「ずっと考えてたんだけど。緑(ねえ)はさ、どうして一緒に戦ってくれるんだ? いや、あの足を使って戦うってことは、むしろ緑(ねえ)の方が大変なのに」

 暗闇の中、光がそんなことを聞いてくる。戦いたくないし、戦わない方が良いとも言われた。自分だってそう思っている。

「鴉と唯くんが戦ってる時は、そんなこと思わなかったんだけど。今唯くん達が頑張れば、あそこは破壊されずに済むんでしょ? それから逃げたら、なんか後悔しそうだなって」

 自ら戦う唯の気持ちが分からず、おかしいと思っていたが。自分なりに理由を探すとしたら、後悔したくないという思いが強い。

 いや、もう充分後悔はしている。もう一度歩きたいと自分が言った所為で、結果的に父は死んだ。

「……やめやめ。血は繋がってないのに、ネガティブさは似てるんだよね、私達」

「ん? どういうこと?」

 結果を自分の所為にして、身動きが取れなくなる所とか。そっくりなのだ。

「戦いたくないけど見過ごせない。それに、私は父さんの作った物なら信じたい。本当に私を戦わせたくないなら、レリクトデバイスとしての機能を完成させなければ良かった。でも、それでも父さんはこの足を作った」

 きっと私の為だ。不自由な‘この足’を理由にして、後悔するような選択をしないように。

「だから私は……って」

「うわ……」

 緑と光が同時に呟く。快音と共に、暗闇が晴れつつあった。

『もしもし? そろそろ現場上空だ、覚悟は決まったかな? まあ』

 ドクター・フェイスの声を聞いている余裕は既にない。緑と光の周囲、ポッドの外壁が次々と脱落していく。

『どちらにせよ降下開始だね』

 ポッドが完全に瓦解する。身一つのまま、緑と光は上空に投げ出された。

「あ、わ、うそ、嘘でしょ嘘!」

「ひ、は、はあ?」

 真っ逆さまに落ちていく二人は、しっかりと手を繋いでいた。しかし、何度も気流に揉まれていく内に少しずつ手が滑り、最後には離れていく。

「ひ、光! ちょ、これ!」

「緑(ねえ)、緑(ねえ)え!」

 手と手が離れ、気流に揉まれて光の小さな身体が見えなくなる。

 背中にはパラシュートも何もない。やけに景色が良いと考え始めた頭を、それどころじゃないと緑は意識を切り替えようとする。近付いていく地面に、相変わらず暴れているアロガント、座標は正確だと笑おうとして、やはり笑えずに悲鳴を上げた。

 その時、地面から灰色の影が飛び上がる。右腕が丸ごとブレードになっているレリクス……唯とリンの《ブレイド》レリクスだ。

 《ブレイド》レリクスは左腕で緑を抱え込むと、近場にあるビルに右腕のブレードを突き立てた。外壁を削りながら減速し、充分な速度になってから地面に飛び下りる。

「ふう、はあ! ゼロエイト、そっちは?」

 傍に降り立った白い影、《アーマード》レリクスは右肩に光を担いでいる。当の本人は、何が起こったのか分からずぽかんとしていた。

「無事だ。急に命令とは、何事かと思ったぞ」

「いや、マジで助かった。いきなりドクターから二人を送るからキャッチよろしくって……おかしいでしょ」

「愉快ではないな」

 唯とゼロエイトがそんなやり取りをしながら、緑と光をそれぞれ地面に降ろす。右足がない為、緑はその場でへたり込むようにして座る。

「あ……ありがとう、ございます……」

 緑は肩で息をしながら礼を言う。ドクター・フェイスの提案には、出来るだけ乗らない方が良いと頭の中でメモを残す。

「えっと、白い方の人もありがとう。凄く助かった」

「ふむ」

 光も礼を言う。ゼロエイトの《アーマード》レリクスは短く返答すると、今尚健在なアロガントを見据える。

「それで、わざわざここまで来たという事は。何か考えがあるんだろうな」

 ゼロエイトが緑に向かって問う。

「はい。私と光が、あれを撃ち抜きます。唯くんとリンさん、あと、貴方は」

 ゼロエイトの《アーマード》レリクスは、左腕から形成した騎槍をぐるんと頭上で回転、そのまま騎槍を構えてポーズを取った。

「ナンバー08(ゼロエイト)……またの名を、《アーマード》レリクス」

 場の空気がしんと静まる中、《アーマード》レリクスから少女の溜息が聞こえた。

「スルーしてあげて。こいつ今朝そういう感じの本を読んだの。影響されてんの」

「ふむ」

 ゼロエイト少女からの指摘に、ゼロエイト自身が頷いて返す。

「えっと、ゼロエイトさんですね。戦法は先程と変わらずに行きます。変えるのは」

「お前の存在ということか。構わないが一撃で決めてくれ。それが失敗した場合、俺達は撤退する」

 それだけ言い残し、《アーマード》レリクスは戦場へと舞い戻る。

「唯くんとリンさんは、最後の防御に穴を開けて下さい。あとは私達が」

「緑、貴方は」

 《ブランク》、いや《ブレイド》レリクスから、リンの声が聞こえる。しかし、緑はその声を遮るようにして言葉を続ける。

「お説教なら後で聞きます。私も光も、これ以上後悔なんかしたくない」

 《ブレイド》レリクスを見上げるようにして、緑はそう宣言する。リンの返答はない。

「じゃあやってみるけど。ゼロエイトも言ってた通り、良いとこ一回が限度だよ。というかもうへばってる」

「ふふ。頑張って下さいね、唯くん」

 左手を振って、《ブレイド》レリクスもアロガントに向けて走り出す。

 入れ替わるように、座り込んだ緑の傍に光が近寄る。

 未だに迷ってはいる、だが覚悟を決めたその視線を受け止めると緑は義足を……レッグドネイターを膝に乗せた。

「父さん、お転婆な娘でごめんね。でも」

 緑はレリクト・バレットが込められた弾倉を取り出すと、それをレッグドネイターの後部、ふくらはぎに叩き込む。そして、ぎこちない手付きで前部、脛の辺りにあるチャージングハンドルをスライドした。弾倉に込められた大口径のレリクト・バレットが、レッグドネイターのチャンバーに送り込まれる。

「見て見ぬ振りはしない!」

 プラトーの悪行、街の惨状……家族の苦悩を。

 緑は座ったままスカートをたくし上げ、バトルライフルを模したレッグドネイターを自身の右膝へと接続した。

Connected(コネクテッド) Leg(レッグ)

 レッグドネイターを接続した右足で、緑は地面を踏み締める。それを文字通り足掛かりにして、緑は遂に両の足で立った。

「光!」

「おう!」

 緑と光は右足を引き、互いにローキックを繰り出す。緑のレッグドネイターと光の足がぶつかった瞬間、(ひかる)は黄色の光へと変換された。

Archi(アーキ)Relics(レリクス)......《R(ライト)》』

 緑はローキックの勢いそのままに、背後を振り向くようにして姿勢を整える。そして、右足の爪先で地面を二度小突く。

「フェイズ、オン!」

Phase(フェイズ)On(オン)......Folding(フォールディング)Up(アップ)......』

 始動キーを叫ぶと、右足の爪先にある銃口から翡翠と黄色の光が放出、螺旋を描くように外装を展開していく。翡翠が軽装鎧を思わせるプロテクターを形成し、黄色はそれを補強するように組み上がっていく。

 二色の螺旋は頭部まで上がり、そこで反転し再度爪先を目指す。軽装鎧の上から、幾つかの装甲やスカーフが追加されていく。

 頭部には複数の目、複眼が構成されており、二色が何度も瞬き、黒に染まっていった。

 外装展開の反動で、右足の爪先が大きく跳ね上がる。先程かましたローキックを逆再生するように放ち、新たなレリクスは正面に向き直った。

『......《R(アール)dear(ディア)Relics(レリクス)

 名前が宣告される。緑と光、姉と弟が二人で戦う為の姿……《アールディア》レリクスがここに立ち上がった。

「……俺はヒーローにはなれない」

 光が本心を口にする。こうして一つになって、初めて分かる事もあるのだ。光は、あの時信じたヒーローにはなれなかった。それでも、今こうして立ち上がることを決めた。

「過去も、後悔も消えない」

 緑自身も似たような諦念を呟く。これからもずっと、その傷を抱えていく事だろう。

「なら私は……駆け抜けるだけ!」

 宣言通り緑は、《アールディア》レリクスは地面を蹴って走り出す。軽装の鎧によって、《アールディア》は瞬く間に速度を上げていく。翡翠の装甲は思慮深さを感じさせる暗さに、差し色やスカーフの黄色は溢れんばかりの光を放って。

 黒の複眼がありとあらゆる状況を捉え、必要な情報だけを伝えてくる。そのデータを頼りに、《アールディア》レリクスは右足爪先の銃口から自身の得物を形成した。

「バレルフェイザー、ラウンドソード!」

 その得物は、幅広で楕円形の剣身を持つ大剣だ。防御面で劣る《アールディア》にとって、盾代わりにもなる刃だった。しかし、ここで形成したのは身を守る為ではない。

 《アールディア》レリクスは、爪先から生じた大剣、ラウンドソードを直上に蹴り上げた。更に、自身も光を撒き散らしながら跳躍する。

 《アールディア》は姿勢を整え、蹴り上げた大剣、ラウンドソードの剣身に両足を縮めるようにして着地した。右手で柄を持ち、ぐいと傾けることで角度を調整する。

 先に戦場へと飛び込んだ二騎のレリクスは、待っていたと言わんばかりに動き始めた。

 ゼロエイト……《アーマード》レリクスは、新たな弾倉を左腕に叩き込み、巨大なアロガント、《ヒュージ》アロガントの股下に滑り込んだ。ボルトハンドルを前後にスライドさせ、騎槍を形成すると同時にアロガントの左足を、その騎槍を振り回すようにして右足を両断する。

 《アーマード》はまだ止まらない。跳躍し、白い光を纏った騎槍を投げ付けてアロガントの右腕を貫き、アロガントの胴を蹴り抜くようにして左腕へと急接近を掛ける。《アーマード》は左腕のボルトハンドルをスライド、接近の勢いそのままに、アロガントの左腕に掌底を叩き込んだ。

 《アーマード》の強襲によって、《ヒュージ》アロガントの四肢は使い物にならなくなった。八メートルはある巨体が、ゆっくりと傾いていく。

 その頃には、既に《ブレイド》レリクスが飛び上がっていた。

 右腕のチェーンソーを稼働させる為に、スターターグリップを二回引っ張る。レリクトの刃が、猛烈な勢いで回転していく。

 丸ごとレリクトのチェーンソーとなった右腕を、《ブレイド》レリクスはアロガントの胴体、硬く閉ざされた牙へと突き立てた。

 刃が回転する金切り声と、牙が削られていく不協和音……それらを見据えながら、《アールディア》レリクスは左手で右足のチャージングハンドルをスライドする。

 場所は空中……自身が直上に蹴り出したラウンドソードへ張り付くようにして、《アールディア》はこの時を待っていた。

 両足に力を込める。最後の軌道修正を済ませ、《アールディア》レリクスはラウンドソードから飛び立った……いや、射出された。

 凄まじい蹴りの勢いは、そのまま《アールディア》を押し出す力となる。霧散したラウンドソードとは正反対に、《アールディア》レリクスは光を増し、一直線に飛翔していく。

 《ブレイド》レリクスが飛び下りる。目標、《ヒュージ》アロガントの牙は、砕けてぐずぐずになっていた。

 真昼の空を斬り裂きながら、《アールディア》レリクスは姿勢を変え反転する。右足を前にし、爪先の銃口を真っ直ぐと目標に向けた。

 その爪先から形成されたラウンドソードは、翡翠と黄色の螺旋を伴っている。

 それは、全てを貫く弾丸にも等しい一撃だ。

「はああああッ!」

 声を上げ、《アールディア》レリクスは増速する。翡翠と黄色の螺旋によって、その勢いを増したのだ。

 《アールディア》が飛び立った地点、《ヒュージ》アロガントが傾く位置、破壊された牙に、その奥に潜むコア……全てが直線で結ばれる。

 その直線通りに、《アールディア》レリクスは《ヒュージ》アロガントの口腔へ飛び込んだ。砕けた牙は、最早侵入を阻む砦にはなり得ない。大剣を携えた跳び蹴りは、残る牙を粉砕し内部へ侵入、造作もなくコアを穿つ。

 直線の続き、コアを穿たれて脆弱化した背中を突き破り、《アールディア》レリクスが地面へと降り立った。アスファルトを削り、火花を上げながら数十メートルを滑っていく。

round(ラウンド),devastate(デバステイト)

 《アールディア》が右足を地面に突き立てるようにして静止したのと、《ヒュージ》アロガントが自壊し爆炎を上げたのは同時だった。

 《アールディア》はその場でしゃがみ込み、右足のレッグドネイターを外した。

 外装が光となって消えていき、汗だくの緑が肩で息をする。

「……ふう。今度はうまく空が飛べたんじゃないかな」

 少なくとも、誰かにキャッチして貰う必要はなかった。

「え、ちょ、緑(ねえ)! 俺、俺服が!」

 血相を変えた、と言ってもいい声色に、緑は光の方を見る。そこには、一糸纏わぬ姿の光がいた。下半身を隠したいのか、縮こまるようにしてしゃがみ込んでいる。

「……ぷふ」

「おいおいおい笑い事じゃないんだけど!」

 ぴーぴー騒ぐ光だったが、投げ付けられたパーカーをいそいそと着始めた。パーカーを投げたのは唯だ。

「唯(にい)……うう、下が凄いスースーする……」

 光は半べそをかきながら、パーカーの裾を何度も引っ張っている。

「うん、下の持ち合わせはないんだ。ごめん」

「ガイドはレリクト由来の物以外、全部消えちゃうわよ。身体は平気だからあまり気にしなくてもいいわ」

 謝る唯に、見当違いなことを言うリンであった。

 その傍らに、金髪の青年と少女もいる。

「さすがに疲れたな。これでは読書も満足に出来ん」

「あんたまだ読むつもりでいたの。寝なさいよ」

 あれがナンバー08(ゼロエイト)なのだろうと、緑はその様子を眺める。

「ゼロエイト、最後のあれ何なの? 四肢吹っ飛ばすとか人間技じゃないよね」

「実験体だからな」

 唯とゼロエイトがそんな話をしている。その間に、金髪の少女が割って入った。唯が言っていた、ゼロエイトの小さい方だろう。

「ねえあんた。あたしのこと小さい方って言ってるの? 失礼だと思わない?」

「じゃあゼロエイトのレディな方とか、そういう言い方する?」

 唯と金髪の少女……ゼロエイトの小さい方は、何やら言い争っているようだが。険悪には見えなかった。

「意外と、仲良しなんですね」

 そう緑が言葉を投げ掛ける。唯はうんと頷き、ゼロエイトの小さい方はふんとそっぽを向く。

「ええ。困ったことにね」

 そう、リンが苦言を呈す。

「唯、敵同士だって忘れてない? 命令次第でそいつらは貴方の命を奪うわ」

「ええそうね、あんたの命もだけど」

 リンとゼロエイトの小さい方がじろと睨み合う。

「なんでも良いが休みたい。身体が石のようだ」

「確かに。俺、横になったら半日寝てそう」

 打って変わって、ゼロエイトと唯はばちばちの欠片もない。

「なあ、早く帰ろうぜ。俺この格好嫌なんだよ」

 そんな絶妙な空気の中、光は裾を押さえながらぴーぴーと喚く。

「まあ、そうですよね。帰らないと、ですが」

 緑が周囲を見渡す。そして、自分の右足をちらと見る。

「あのー、唯くん?」

 車椅子は隠れ家にある。その事を思い出した緑は、この中で自分を運んでくれそうな人に声を掛けた。







 さっさと逃げればいいのに、逃げ遅れた人を見付けて避難を助けて。周りの大人と一緒になって、必死になって辺りを走り回る。体力と根性、部活の経験が活きたなと一人呆れながら、白田(しろた)(みのる)は瓦礫に腰掛けた。

 あの化け物は、何やらよく分からないが消えたようだ。警察や消防、救急の類も続々到着してきている。何が何だかよく分からないが、一先ずは一件落着と気を落ち着かせていた。

 そんな中、白田稔は遠方に見知った影を見る。

「君、こっちへ! 手を貸して欲しい」

 呼び掛けられ、白田稔はそちらへ向かう。だが、影は目の奥に焼け付いて消えない。

「……唯。唯なのか?」

 白田稔は小さく呟く。幾つかある影、その一つは。失踪した友人、片羽唯に見えたのだ。







 次回予告


 鈴城緑、狗月光の助力を受け、巨大化したアロガントを倒すことに成功した。強大な力を手に入れつつあるアロガントを前に、全てのレリクスは協力態勢を余儀なくされる。

 しかし、そんな事情を歯牙にも掛けないレリクスも、中には存在しているだろう。

 黒い外套が翻り、また羽がそこかしこに舞う。


「まあ悪くない‘足’だったな。人間相手でも通用するか試してみるか? ええ?」


 ブランクアームズ第七話

 -正義に潜む憎悪-

 お楽しみに!

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