巨人狩り
悲鳴と怒号が鳴り響き、そこかしこに瓦礫が散乱している。見知った街が壊れていく様を見せ付けられ、片羽唯は顔をしかめていた。隣にいるリンも同様だったが、その目には明確な怒りが感じ取れる。
巨大なアロガント、《ヒュージ》アロガントは街を喰らっていた。大木にも等しい両腕を動かし、車や建物を胴体にある口へ放り込む。そもそも、八メートルもある巨体が身動ぎするだけで街は壊れる。
逃げられる者はとっくに逃げているだろう。それでも悲鳴が止まないのは、逃げ遅れた人もいるという事だ。逃げられない状況の人も。
そんな中、《ヒュージ》アロガントが纏わり付く白い影を叩き落とした。その白い影は、唯とリンの傍にあった自動車に直撃するような形で吹っ飛んできたのだ。
全身のバネを活かし白い影が……《アーマード》レリクスが自動車の屋根から起き上がる。突然の衝撃で身を縮めているこちらを見ると、《アーマード》レリクスはダメージを感じさせない動きで傍に降り立った。
「ふむ。久し振りだな。あれが目的か?」
そう言うと、《アーマード》レリクスは《ヒュージ》アロガントを指差す。
「そんなところ。ゼロエイトとちっちゃい方も?」
そう唯が返すと、《アーマード》レリクスは頷く。
「最優先で処理しろと指示された。が、如何せん手数が足りない。助力は正直助かる」
「ねえ、私のこと小さい方って呼んでるの?」
《アーマード》レリクスから、それぞれゼロエイトと小さい方が返事をする。
「ま、殴り合ってる場合じゃないもんな」
唯はそう言うと左手で自身の右腕、アームドレイターを構える。
「そういうことだ。商店街まで破壊されたら敵わん」
言うが早いか、《アーマード》レリクスは左腕を振り抜き、騎槍を形成すると再度跳躍、《ヒュージ》アロガントへと突っ込んでいった。
「やっぱり仲良さそうね」
「そうかなあ」
リンの小言に適当な返事を宛がいつつ、唯はアームドレイターを装着、流れるような動作でシェルを装填しフォアエンドをスライドする。
「まあ、戦力としてはアテにしたい所ね」
「向こうもそう思ってるよ」
唯はリンに向かって右手を差し出す。軽めのハイタッチを済ませ、リンをアームドレイターに取り込む。
『ArchiRelics......《blank》』
「フェイズ・オン!」
唯は右腕と右足を引き、始動キーを叫びながら右のストレートをかます。
『PhaseOn......FoldingUp......』
灰色の外装が瞬く間に形成され、真っ赤なツインアイが瞬く。右腕が反動で跳ね上がるのを待ってから、《ブランク》レリクスは駆け出す。
『......《blank》Relics』
名前の宣告が為された頃には、既に《ヒュージ》アロガントの足下に辿り着いてた。《ブランク》レリクスはその巨体を前にして、思わず足を止めてしまう。
「これ、どこを殴ればいいの?」
《ヒュージ》アロガントを見上げながら、《ブランク》レリクスは途方に暮れる。
「コアの位置は変わっていない筈。足下を攻撃してバランスを崩すか、直に狙ってみるかの二択ね。そもそも」
エンジンの唸り声を上げながら、《ブランク》レリクスを押し潰そうと《ヒュージ》アロガントの腕が振り下ろされる。
殆ど災害と化した攻撃を、《ブランク》レリクスは真横に飛び込んで躱す。その腕はエンジンが唸り、タイヤが狂ったように回転し続けている。交通事故を思わせる不快な音を撒き散らしながら、アスファルトを滅茶苦茶に破壊していた。
「……悩んでいる暇はなさそうだけど」
「そうみたい。やるだけやってみる!」
《ブランク》レリクスは、《ヒュージ》アロガントの足下に駆け寄り、その勢いのまま右ストレートを叩き込む。手応えはあったがびくともしない。《ヒュージ》アロガントが足踏みするだけで、《ブランク》レリクスは後退を余儀なくされた。
「頑丈ね」
「次は上だ」
《ブランク》レリクスは右腕を振り抜きバレルフェイザーを起動、折れた長剣……ブロークンソードを形成する。それを逆手に構えたまま、《ヒュージ》アロガントに再度接近していく。
《ヒュージ》アロガントが振り回す腕は、最早壁となって前方に立ち塞がる。それを迂回し、時に跳躍しながら懐に潜り込む。
《ブランク》レリクスは、両足に力を込めて飛び上がる。既にぐずぐずになっていたアスファルトが砕け、そこらに飛び散っていった。
そのまま右腕を振り下ろし、逆手に握ったままのブロークンソードをアロガントの体表、下腹部辺りに突き刺す。その長剣を足掛かりに、もう一度跳躍を仕掛けた。八メートルの巨体を持つアロガントを、飛び越える勢いで上に飛んだのだ。
《ブランク》レリクスは空中でレリクト・シェルを右腕に装填、そのままフォアエンドをスライドさせる。右腕を引きながら、身震いしたくなるほどに凶悪な牙の群れを見据えた。
「これ喰われたりしないよね!」
「大丈夫、そのまま撃ち抜けばいいだけよ」
怖いは怖いが、リンの言う事にも一理ある。覚悟を決め、《ブランク》レリクスは降下しながら右腕を引き続けた。
しかし、《ヒュージ》アロガントも黙ってそれを見ているだけではない。《ブランク》レリクスを叩き落とそうと、両腕が左右から迫ってきたのだ。
「くッ……!」
押し潰される恐怖から、自然と声が漏れる。しかし、《ヒュージ》アロガントの背中を駆け上ってきた白い影が、待っていたと言わんばかりに跳躍した。
絶妙なタイミングで来た《アーマード》レリクスが、白い光を纏った騎槍を上段から振り抜く。《ヒュージ》アロガントの大木にも等しい右腕は、白い光を噴出しながら断ち切れていった。
更に、《アーマード》レリクスは断ち切った右腕を足掛かりに飛び上がる。左腕のボルトハンドルを操作し排莢と給弾を済ませると、再び白い光を纏った騎槍をこちらに投げ付けた。
《ブランク》レリクスの直上をすっ飛んでいった騎槍は、《ヒュージ》アロガントの左腕を粉微塵に吹き飛ばした。
「よし、道が出来た!」
《ブランク》レリクスは降下を継続、歯並びの良い牙を見据えながらその瞬間を待つ。
「でりゃああああ!」
落下の勢いを最も活かせる地点で、《ブランク》レリクスは右の拳を解放する。引きに引いた腕が伸び、灰色の光を纏った拳が《ヒュージ》アロガントの胴体、硬く閉じた牙を打ち据える。
右の拳から放出されたエネルギーは、全てを破壊する光となって炸裂した。その場から投げ出されるようにして、《ブランク》レリクスは後方に弾け飛ぶ。
意識が攪拌されていくが、唯は歯を食いしばって耐える。《ブランク》レリクスは姿勢を整え、まだ無事だったアスファルトを粉砕しつつ着地した。右腕の装甲が開き、放熱を行っている。
傍に《アーマード》レリクスも降り立った。二騎のレリクスは、たたらを踏んでいる《ヒュージ》アロガントを見据える。
「ふむ。《ブランク》の最大出力なら抜けると思ったが」
「え、抜けてないのあれ?」
唯の問いに答えたのは、ゼロエイトでもリンでもない。《ヒュージ》アロガントは、砕け抜け落ちた牙の代わりに、新たな牙を生やしていた。生えているのは牙だけではない。《アーマード》が落とした両腕も、既に生え揃っている。
先程の一撃では、牙は破壊出来てもコアまで届かないのだ。リンの言う通り、喰われた方がコアに近付ける分楽かも知れない。
「あれは再生速度が尋常ではない。大型化の利点という奴だろう。という訳で、見ての通り手こずっている。《アーマード》は足が遅い」
「そういうの先言って欲しかったなあ」
唯はぼやきながら、《ブランク》レリクスの右腕を振り下ろす。放熱の終わった右腕の装甲が、その動作により一斉に閉じた。
「ねえ、ゼロエイト。貴方の最大出力ならあれを抜けるの?」
リンがそう問い掛ける。
「難しいが可能だ。と言っても、一撃では不可能だ。連続して最大出力を叩き込めば抜けるし、そういった戦い方も《アーマード》なら出来る。だが」
「邪魔が入ると難しいって事ね。唯?」
リンの言いたい事は分かったと、《ブランク》レリクスはブレードユニットを左手で掴む。
《アーマード》レリクスは、話は付けたと言わんばかりに飛び出す。
「でもさ、リン。これ、結構ピンチじゃないかな?」
「そうね。多分、ゼロエイトも分かってると思う」
両腕の防御を突破するのに一騎、牙を含む最終防衛ラインを崩すのが一騎、コアを撃ち抜くのが一騎……数がいない以上、どちらかが二騎分、或いは負担を分け合うしかない。現状、ゼロエイトが二騎分を引き受けてくれているが。
「あいつ、大分連戦したって感じだ。こっちだって、《ブランク》で一発撃ったし」
互いに万全とは言い難い。だが、それでも。
「……プラトーは、ここら一帯をまとめて吹き飛ばす。かも知れないわ。それだけは阻止したい」
「俺だってそうだ。ここ、友人が遊びに来てたりするんだよ」
状況は最悪、だがやることは変わらない。《ブランク》レリクスは右腕を換装、《ブレイド》レリクスとなって、巨人への挑戦を再開した。




