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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第六話 -出来損ないのヒーロー-
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創作者


 脱がされたスカートをいそいそと履き直しながら、鈴城(すずしろ)(みどり)はちょっと不満げに目の前の少女を見遣る。見た目は十一歳程の幼い少女だが、その実中身は二十八歳のお姉さん……リーンドールことリンは、緑の視線などどこ吹く風でキーボードを叩いている。

 リンの調査に、乙女的な考慮や配慮は全く無い。緑は改めて父の偉大さを感じていた。父はもっとこう、プライバシーとか諸々しっかりしていたのだ。

「悪くないわ。過不足ない仕上がりで、何より安全。鈴城(すずしろ)(たくみ)の技術力は確かみたいね」

 リンの言葉に、緑は眼鏡を掛け直しながらこくりと頷く。リンは机の上に置いた義足に何やらケーブルを接続し、新しい情報をモニターに映した。

「貴方の言う通り、レリクトデバイスとしては既に完成してる。開発コードは」

「レッグドネイター。義手型のレリクトデバイス、アームドレイターよりも大型で、それ故に出力が高い。そう父は言っていました」

 緑の補足を受け、リンは頷く。

「腕と違って、機構に割ける容量がそもそも大きいものね。それよりも驚いた、というより貴重なのが、この稼働データね。鈴城(すずしろ)(たくみ)の発想力、忍耐力も見て取れる。装着者を貴方に限定することによって、適性が高い実験体ではなく相性が良い実験体を見繕っている。ライト……今は光だったわね。彼は適性がないとプラトーで判断されていたわ」

「はい。でも、そんなに貴重なデータなんですか? 適性じゃなく相性、プラトーの研究者なら誰でも思い付きそうですけど」

 緑の指摘に、リンはふっと口元を緩める。

「思い付くけど、やろうとはしないわ。効率が悪い上に、手に入るデータもそこまで重要じゃない。貴重ではあるけれど。鈴城(すずしろ)(たくみ)にとって、貴方一人を完成させればいいからこその手段ね。で、ここからが本題。これの義足としての機能だけど、どの程度完成しているの?」

 リンの問いに、緑は違和感を憶えながらも記憶を探る。

「父が目指していたのはレリクトを使わず、ガイドの支援も受けない独立した義足です。それを目標に据えると、殆ど完成していません」

「なるほど、道理で。要するに、この義足はまだ試験段階、ここから得られたデータを、無害な技術に転用したかったのね。面白いわ」

 緑はリンの表情を盗み見る。面白い、という割には笑っていない。

「良い着眼点だと思ったの。レリクトは有害だわ。それを用いた義足なんて、とてもじゃないけど使えない。でも、似たような動作をする何かなら作れるかも知れない。確かに、プラトーにいたら研究出来そうにない題材ね。効率が悪いもの」

 リンは義足からケーブルを外し、緑に手渡す。そして、真剣な表情を浮かべて向き直った。

「テーマとしては面白そうだし、私も色々考えてみる。でも、なるべくならレリクトデバイスとしては使わない方がいいわ。実戦で使ってみて分かったの。あれは、レリクトの影響を完全には消せない。使えば使う程、身体が変質していくわ。少しずつ、でも確実にね」

 忠告、或いは警告だろうか。違和感の源を感じ取った緑は、自身の膝に抱いた義足に視線を落としながらリンに問い掛ける。

「私、てっきり戦えって言われるのかと思ってました。匿って貰う以上、戦わなきゃ、とも。でも、リンさんは戦わない方がいいって言ってます」

「本来、戦いなんてしない方がいいでしょ。それは私の役目よ」

 義足に彫られた装飾に指を這わせながら、緑はリンの目を見る。真っ赤に染まり、確かな意思を宿した目を。

「戦力になる、とは考えないんですか?」

 リンの真意を問う為、緑は視線を絡め続ける。リンは口元を緩めると、緑の義足をちらと見た。

「物を作っているとね。どうしても創作者の意思が混ざるのよ。こうなって欲しい、こうあるべきだ。本当に一握りの天才は、それがないんだけど。無色透明なまま物を作れるの。私が知る限り、そんなことが出来るのは一人しか知らないけど」

 そう言うと、リンは壁の方に視線を向ける。壁を見ている訳ではないだろう。その壁の向こうには、ドクター・フェイスの部屋がある。

「まあ、そんな一部の天才を除いて。物には意思が宿るわ。貴方の義足は、とても丁寧に作ってあるわ。貴方の足になるべく、一つ一つ願いを込めて作り上げられている」

 緑は再度義足に視線を落とす。父の意思、父の想いが、これには込められているのだろうか。

「でも、レリクトデバイスとしての機構やプログラムの時だけ、少し揺らぐの。これを完成させるべきか否か。これを残すべきか否か。迷い、それでも必要な時の為に。鈴城(すずしろ)(たくみ)はこれを完成させた」

 必要な時……父が亡くなり、それでも自分が生きていた時に。迫り来る理不尽を前に、抵抗する為の力を。父は悩みながらも残した。

「私は、貴方の足にそれを感じ取ったわ。戦ってくれとは言えないし、戦うべきだとも言わない。それが必要か否か、私が決めることじゃないでしょう?」

 緑はリンを見て、本当に年上なんだと実感する。見た目は十一歳程だが、この物言いも態度も、言葉に込めた思いも。大人が持ち合わせているそれだと感じたのだ。

「もう一つだけ、聞いても良いですか?」

「幾つでもどうぞ。唯の訓練開始まではフリーなの」

 緑は頷き、それでも少し控え目に、言葉を選びながら話し始める。

「その……唯くんのことなんです。私に戦わない方がいいって言ってくれるの、素直に嬉しいです。でも、唯くんって普通の人なんですよね? そんな人を戦わせているのに、どうしてかなって。ちょっと、疑問に思っちゃって」

 リンの表情が曇る。その変化を見逃さなかった緑は、慌てて言葉を続ける。

「あの! 悪気とか、責めてるとか、そういうのじゃないんです、でも。矛盾してます、そこが凄く気になるんです」

「大丈夫よ、痛い所を突かれただけ。でも、矛盾はしてないわ。私はプラトーの実験体で、今は研究者の真似事をしているようなものだから」

 リンは少し考え、手近にあるグラスを掴む。そこに何も入っていないことを確認すると、溜息を吐いて話し始める。

「彼は、唯は私に必要なの。私が戦う為に、どうしても居て貰わなきゃならない。貴方を戦わせたくないと言っているのは、単純に犠牲を増やしたくないだけよ。言い替えれば、私と唯は必要な犠牲だって言ってる。まあ、お互い犠牲になるつもりはないけど」

 緑は考えを巡らす。確かに矛盾はしていない。リンの考え方は、プラトーの研究者そのものだ。既に犠牲になる者が決まっているのだから、それ以上の犠牲を注ぎ込む必要はないと言っている。

「……唯くんも同じ考え? だとしたらおかしいのは」

 緑は小声で呟きながら、考えを纏めようとする。一度、唯とも話してみるべきかも知れない。そこまで考えておきながら、何の為に、と純粋な疑問が浮上する。

 リンは戦うべきではないと言っている。自分だって戦いたくない。なら、もうそれでこの話は終わりだ。深入りするべきではない。

「そう。貴方はそれでいいの」

 緑ははっとなってリンの方を見る。心を見透かされたような一言に、緑はかなわないな、と胸中で呟く。

「唯も同じように答えると思うわ。まあ、そうでなくとも唯と同い年なんでしょ? 沢山喋ってあげて。あの子、基本的に私みたいな小さい子としか喋らないのよ」

「あはは……それは環境のせいだと思いますけど」

 ここで暮らしていれば自ずとそうなるだろう。不名誉なレッテルが貼られている唯に少し同情しつつ、緑は車椅子で後退する。

 話を切り上げるつもりの後退だったが、すぐに空き瓶の洗礼を受け車椅子は止まってしまう。

「ふうん。唯の言う通り片付けしないとかしら。ううん、それより車椅子を改造した方が早いわね」

「片付けの方が早いと思います……」

 何かとつっこみがちな唯の気持ちが少し分かり、緑は息を吐きながら車椅子に深く腰掛けた。

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