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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第六話 -出来損ないのヒーロー-
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逃げない理由


 ソファに座りながら、片羽(かたは)(ゆい)は修学旅行と化した室内を見渡す。人が二人増えただけで、なんだか急に大所帯になった気分だ。

「あ、あのあの! これ、床に色々あって動きづらくて」

 車椅子の少女、(みどり)がガラクタと空き瓶に挟まって動けなくなっている。

「一つ教えておくわ。床にある物は大体いらない物よ。無理矢理蹴散らしなさい」

 机に向かい、何やらカチャカチャやっているリンは非情なアドバイスをしている。足がない少女に蹴散らせという辺りが特に非情だ。バリアフリーには程遠い。

 そんな緑をサポートするべく、(ひかる)が床に散らばっているあれやこれを脇に退けている。

「……家具を増やして寝るスペースを確保しながら、緑が走れるレイアウトにしないとか。一仕事だなあ」

 どこか他人事のように唯は呟くも、その際のメイン人手は間違いなく自分だ。リンは片付けなんてしない。

 リンの銀色に染まった背中から視線を外し、唯は四苦八苦している緑を見る。彼女は車椅子で生活しているぐらいだし、力仕事は難しいだろう。そのサポートに入っている光は、率先して手伝ってはくれそうだが。十二歳の少年に、じゃあソファを動かしといて、はあまりに酷だ。自分だったら肩を落とす。

 ぴたとリンが手を止める。部屋に響いていた作業音が止み、何事かとリン以外の全員がリンの様子を窺う。

 リンは振り返ると、進むだけで苦戦真っ直中の緑を見る。

「機材の準備はこんな所ね。緑、こっちに来て貰える?」

「行きたいのは山々なんですけど……」

 まあ、立ち往生している現状そうなるだろう。唯はソファから立ち上がると、緑の行く手を阻むガラクタや空き瓶を端に蹴散らす。

「乱暴ね」

 すかさずリンの苦言が入る。

「今度片付けとくって。いらない物ばっかなんでしょ?」

「大体いらない物よ」

 細かいニュアンスの違いを無視しつつ、唯は光にハンドサインを送る。光は車椅子を押し、緑をリンの前に運んだ。

「レリクトデバイスに関してのチェックを行うわ。服を脱いで」

「……はい?」

 真顔で服を脱げと要求する見た目小学生なリンに、困惑で硬直してしまった高校生の緑が、互いの顔を見詰め続ける。

 ああ、とリンは合点がいったのか言葉を付け足す。

「下だけで良いわ。下着は、ちょっと見てみないと分からないわね。接合部次第だけど」

「下だけ……」

 言われた言葉を繰り返しながら、緑は自身のスカートに視線を落とす。そして、もう一度リンの方を見る。

 対してリンは、何をそんなにびくついているのか分からない、といった様子だ。

 唯は溜息を吐きながら、緑と同様ぽかんとしている光の肩を叩く。

「俺達は上に行こうか。リンはこういう奴なんだ」

「ああ、うん。そうする」

 唯は退出しようと歩き出す。光も大人しく従い、車椅子から手を離して付いてきた。

「ま、待って光、唯くん! あ、いや、ま……たなくていい」

 味方を失うと思ったのか、緑はこちらを振り返り呼び止めようとした。が、自分で口走っていてその意味に気付いたのだろう。後半から失速し、苦しそうな表情のまま待たなくていいと結論を出した。

 それもそうだろう。リンは大真面目だし、プライバシーに配慮するような奴じゃない。スカートを脱ぐことは決定事項なので、男はさっさと退散させた方が良い。

「大丈夫。リンは一般常識がないだけだから」

「リン(ねえ)は優しいから大丈夫だぞ、緑(ねえ)

 唯と光はフォローを飛ばしながら、そそくさと部屋を後にする。

「くう……憶えときますからね!」

 それでも緑は何やら腑に落ちないというか、納得いかなかったのだろう。いかにもな捨て台詞が背後から聞こえてくる。

「ねえ今私のこと常識知らずって言った?」

 遅れてやってきたリンの抗議を、唯は扉を閉める事で凌いだ。







 隠れ家の地下一階、既に慣れ親しんだ訓練スペースで、唯は適当に座り込む。幾つかの床は、馬鹿でかい傷が付けられている。件の鴉、《クロウ》レリクスとの戦闘で付いた傷だ。昨日の今日で修繕出来る筈もない。

「あ、光も適当に寛いでていいよ。ここ、訓練に使うんだけどさ。鬼教官は下で忙しいみたいだし」

 一人で身体を鍛えよう、という気分でもない。気分でもないが、そこかしこに付いている傷跡を見ていると表情は自然と険しくなる。

「……鴉か。勝ち目なんてどこにもなかった」

 小さく呟きながら、唯は前回の戦いを思い返す。ゼロエイトの《アーマード》レリクスも強い。だが、勝ち目がないとは思わない。だが鴉は……《クロウ》レリクスは違う。

 終始相手のペースで、遊ばれていたという感覚が強い。同じ土俵にすら立っていなかった。リンが開発したブレードユニットで、何とか戦いらしい形に持ち込んだが。あのまま続けていても、勝てたかどうかは微妙だ。いや、はっきりと言ってしまえば。

「間違いなく負けてた。あいつが退いたのは、こっちを殺さない為だ」

 馬鹿にされ玩具にされ、挙げ句加減されてそれでおしまいだ。戦いとは呼べない。

「どう、すべきかな」

 《クロウ》レリクスは敵だ。状況も自分自身の勘も、あれは味方ではないと警告している。今はいい。率先して襲ってくるようなタイプじゃないと分かっているからだ。だが、プラトーの方針が変わったとしたら。

 今じゃないだけで、いずれかの未来では結局敵対することになる。その時に、自分やリンはあれに勝たなければいけない。

「なあ唯(にい)。ここでいつも訓練してるのか?」

 声を掛けられ、唯は床に付いた傷から目を離す。光の方を見ると、予想に反して寛いではおらず、じっとこちらを見据えながら立っていた。

「いつも、って程かは分からないけど。リンにタコ殴りにされたり、基礎トレーニングを鬼のようにやらされたり。健康的ではあるかもだけど」

 そう答えながら唯は苦笑する。筋トレはともかく、チビッ子にタコ殴りにされるのは健康的とは言い難い。いっそ不健康だ。

「唯(にい)は普通の人ってホントなのか? 実験体じゃないって」

 光の目は何かを知りたがっていた。時間潰しの雑談ではなさそうだと、唯は苦笑を消して光に向き直る。

「そう、普通の人。腕がこんなだから、元普通の人かも知れないけど」

 そう言って、唯は自身の右肩辺りを左手でぽんと叩く。食い千切られ、切断され、アームドレイターを装着する為に機械に置き換わった部位だ。

「……そんなのおかしい」

 光が目を逸らしつつ、ぽつりと呟く。呟いてから、慌てて両手を振る。

「いや、おかしいってそういう意味じゃなくて! 唯(にい)は普通の人で、それでも戦ってるのが凄いっていうか。実験体なら分かるんだ、何をするか自分で選べないから。だから」

 自主的に戦ってるのはおかしいと、そう光は言いたいのだろう。

「それ、ゼロエイトのちっちゃい方にも言われたよ。少し意味合いは違ったけど」

 あの時は確か、戦うのが好きなのかと聞かれた。好きな訳がない。こんなことは、やらずに済むならそれが一番だ。

 唯は自身の右腕を……何もないその空間を見ながら光に問い掛ける。

「やっぱり、変に見えたりするのかな? 俺が戦うっていうのは」

 ゼロエイトの小さい方、あの少女は何て言っていたか、唯は思い返す。あたし達が無理矢理やらされていることを、率先してやっているあんたが気になる、だったか。

「唯(にい)は変じゃない。自分から戦って、それこそヒーローみたいだって、俺思ったんだ」

 光の声色はどこか不安定に思えた。唯は光の方に視線を向け、その目の奥を覗く。ヒーローと口にした時、どこか引っ掛かる物を感じたのだ。

 光の目の奥にあるのは僅かな憧れ……そしてそれを覆い尽くす黒い影、だろうか。

「それもゼロエイトのちっちゃい方に言われた。でも、あの子の結論は違ったな。ヒーローだと思ったけど、中身はすかすかだって言われたよ」

 その言葉は間違いじゃない。自分が知っている正義のヒーローという輩は、もっと真っ直ぐで純粋で……少なくとも、自分の意思で戦っている。

「でも、唯(にい)は実際に戦ってる。痛かったり、怖かったりはしないの?」

「痛いし怖いけど。別に、一人で戦ってる訳でもないし」

 一人なら逃げているだろう。一人なら、戦う理由も何もない。結局、自分が戦っていることに意味を見出すとしたらそこだ。

「リン(ねえ)を助ける為に、自分を犠牲にして戦ってるのか?」

「犠牲になるつもりはないし、どっちかっていうとリンに助けられたんだ。腕を喰われて化け物になるよりも。戦う方がマシだろ」

 選択肢はなかった。そう唯は自分に言い聞かせる。だから間違っていない。おかしなことをしている訳でもない。

 自分自身に確固たる理由がなくとも、リンには守りたい世界がある。

「じゃあ、唯(にい)は仕方なく戦ってるのか? 戦ってれば痛いし怖いし……死ぬかも知れないのに、それでも戦ってるのか?」

 まいったな、と唯は視線を逸らす。光はこちらを責めている訳ではない。その声色は目の奥は、むしろ縋っているようにすら感じ取れる。だから参るのだ。

 自分は、この少年の望む答えを持ち合わせていない。いや、何一つ持ち合わせなんかない。最初から今に至るまで、自分の中身はずっと空虚なままだ。

 沈黙を答えとして受け取ったのか、光は目を伏せる。

「唯(にい)のそれ、俺には分かんないよ。痛いのも怖いのも嫌だ。死ぬのだって」

 それが普通だろう。自分だって嫌だ。

「なのに何で、唯(にい)は逃げないんだよ。何で」

 自分は逃げてしまうのか。そう、光は言っているような気がした。

 唯は未だ空虚な胸に問う。どうして逃げないのか。戦うのは好きじゃない、痛いのだって怖いのだって嫌に決まっている。死が目の前に迫った時、人として逃げるのは当たり前だ。自分が空っぽだとしても、それでも死が目の前に迫ったら。

 唯は目を見開く。脳裏に浮かぶのは、死そのものを象徴する無数の牙だ。あの時、ショッピングモールで文字通り迫ってきた死……アロガントを前にして、自分は何をしたのか。

 痛かったのか、当然だ。怖かったのか、それも当然だ。それでも死が迫ったとき、自分は何をしたのか。

「銀色の、背中が。凜として」

 独りでに動き出した身体があの子を助けた。代償として腕を失い、こうしてここにいる。

「……一人だったら逃げてた。そうじゃないから、俺はここにいる」

 どう伝えるべきかは分からず、結局唯はそう答えるしかない。光はその場にしゃがみ込むと、こちらをじっと見る。

「なんだか、俺の知ってるヒーローとは違う気がする」

 そんな光の言葉に、唯はやはり苦笑を返す。

「ヒーローか。確かに、俺の生き方とは程遠いかな」

 それこそ、リンのような人にこそ相応しい呼び名だろう。あの子は真っ直ぐで純粋で……なにより自分の意思で戦っている。

 自分がそうなれなくとも、その手伝いぐらいは出来る……そうなれなくとも。

 唯は床に寝そべるようにして倒れ込む。左手で右肩、そして右胸の辺りをなぞる。硬質な感触を指に感じながら、それで充分だと小さな声で呟いた。

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