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ブランクアームズ ‐隻創の鎧‐  作者: 秋久 麻衣
第五話 -車椅子と鴉-
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舞い踊る羽


 解き放たれた灰と黒が、互いの拳をぶつけ合う。

 灰に染まっているのは唯とリンの《ブランク》レリクス、細かく位置を変えながら、左のジャブを基本に牽制を繰り返す。

 黒に染まっているのは《クロウ》レリクス、鴉の羽を撒き散らしながら、迫るジャブを左手一本で捌いていく。

「はは、どうしたどうした! これは反撃してもいいのかね、っと!」

 隙は見出せない。だが黙らせる為に、《ブランク》レリクスはジャブの後に右のストレートを放つ。顔面を狙った凶悪な一撃だったが、《クロウ》レリクスは難なく受け止めた。

 拘束を振り払い、《ブランク》レリクスは足払いを仕掛ける。途中まで手応えがあったものの、すぐに鴉の羽を残して《クロウ》レリクスは飛び上がった。

「逃がさない!」

 足払いを放つ為の低姿勢を利用し、《ブランク》レリクスは飛び上がるようにして右のアッパーをかます。狙いは空中にいる《クロウ》レリクスだ。     

 全身のバネを活かした一撃は、しかし《クロウ》レリクスの右手に呆気なく受け止められた。

「まあ、逃げる気もないからな」

 合成音声が嘲りの色を宿す。

「それに迂闊だぞ。空中は」

 手応えが消え、鴉の羽が舞う。瞬時に背後に移動した《クロウ》レリクスが、《ブランク》レリクスの背中を蹴り付けた。

「ぐッ!」

「鴉の方が素早い」

 《ブランク》レリクスは床に叩き付けられ、《クロウ》レリクスはその後に悠々と着地した。ずれたフードを被り直し、《クロウ》レリクスは両腕を広げる。

「こりゃあプラトーの連中が野放しにする訳だ。クソ雑魚じゃねえか」

 言い返す余力など、こちらには端からない。《ブランク》レリクスは起き上がりながらも、背中に通された蹴りの威力を肌で感じていた。

「……何で、ただの蹴りで外装が」

 唯の言葉通り、《ブランク》レリクスの背中はヒビが入っていた。その傷は徐々に塞がっていくとはいえ、通された一撃は生身の唯にもダメージを与えている。

「レリクトの匂い。やっぱり、あのレリクスは無加工のレリクトを」

 リンの思案が、一つの答えを見出す。一つになっているからこそ、唯もそれを瞬時に理解する。

 レリクトは劇薬のようなものであり、まともに使えば人はアロガントになってしまう。だから、アームドレイターのような義体や、リンのようなガイドが必要になるのだ。レリクトを濾過し、必要なだけ循環させる。

 あの《クロウ》レリクスは、それを行っていないのだ。要するに。

「常に最大出力(デバステイト)ってこと? 自滅待った方が早いかな?」

 くぐもった笑い声が響く。

「どっちが早いと思う? 俺かお前か」

 《クロウ》レリクスが自滅するのが先か、《クロウ》レリクスにこちらが潰されるのが先か。どちらが早いのかは、考えるまでもないし考えることでもない。

「鳥の割にはよく喋るのね。よく笑うし」

「笑わせておけばいいさ。やるだけやってやる!」

 リンの言葉に、唯はそう答える。《ブランク》レリクスは、腰に下げてあるブレードユニットを左手で掴む。右腕の肘から先が灰色の光となって消え、その断面にブレードユニットを叩き込む。

Connected(コネクテッド)......Mod(モッド)blade(ブレイド)》』

 左手でレリクト・シェルを二発掴み、本体側面にそれらを装填する。空いた左手でスターターグリップを引っ張り、エンジンに火を入れていく。

ready(レディ)......Folding(フォールディング)Up(アップ)......』

 左腕には小盾、右腕のブレードユニットからは、ブロードソードのような幅広の剣が形成される。

『......《blade(ブレイド)Relics(レリクス)

 左腕の小盾を前方に、右腕のブレードを後方に引くようにして構える。

「ほう? 芸達者だな」

 《クロウ》レリクスの態度は変わらない。右手をひょいと動かし、手招きまでしてくる始末だ。

 招かれた以上、行くしかない。《ブレイド》レリクスは、左腕を前にしたまま駆け出す。小盾で視界を遮らないように注意しながら、真っ赤なツインアイで《クロウ》レリクスを捉え続ける。

 突撃の勢いを活かし、《ブレイド》レリクスは小盾で殴り付ける。《クロウ》レリクスは両手でそれを止め、そのまま受け流す。

 受け流される勢いすら活かし、《ブレイド》レリクスは右腕のブレードを振り下ろした。《クロウ》レリクスは受け止めない。鴉の羽だけを残し、後ろに飛び退いたのだ。

 床を砕きながら、《ブレイド》レリクスは目だけで鴉の行き先を追う。

「早いな、でも!」

 《ブレイド》レリクスは再度駆け出す。踏み込んでの一撃、横一文字の斬撃軌道が、鴉の羽の中にいる《クロウ》レリクスを捉えた。

「私と唯なら追えるわ」

 《クロウ》レリクスは、体勢を崩すも後方に転がるようにして追撃を避けようとする。

「逃がさないって」

 《ブレイド》レリクスは飛び付くようにして前方に跳躍、右腕のブレードを振り下ろす。

「言ったろ!」

 床の破片と鴉の羽が舞う中、それでも身を捩るようにして一撃を躱した《クロウ》レリクスが拳を握り締める。

「逃げる気はないと」

 合成音声が響く。《クロウ》レリクスは、右の拳を突き上げるようにして振り抜いた。

「言ったがな!」

 暗器の一撃を思わせる、鋭い一撃だ。《ブレイド》レリクスは、左腕の小盾でそれを防ぐ。だが、《クロウ》レリクスは右の拳を開くと小盾を掴んだ。

 振り解こうと、《ブレイド》レリクスは右腕のブレードを真横から叩き付ける。しかし、《クロウ》レリクスはそのブレードすら左手で掴んだ。

「どうすんだ、ああ? 逃げるのは俺か? お前か?」  

 くぐもった笑い声が響く。その笑い声に触発されて、唯も鼻で笑う。

 《ブレイド》レリクスは、右腕のブレードを自らの意思で消滅させる。《クロウ》レリクスの拘束を解く、一番簡単な方法だ。そして右腕を引き、ストレートを叩き込むと同時に再度ブレードを展開する。

 文字通り飛び出した刃を前に、出来る行動は少ない。しかし《クロウ》レリクスは、右腕を曲げるようにして防御態勢を取った。《クロウ》レリクスは弾き飛ばされ、一歩二歩と下がる。

 《クロウ》レリクスの右腕は、明らかにダメージが入っていた。だがそれだけだ。

 損傷した右腕を、《クロウ》レリクスは左手で埃を落とすかのように叩く。損傷は少しずつではあるが、修復が始まっていた。

「壊れた人形と一般人の割にはよく動く。多少気に入らんがな」

 《クロウ》レリクスの言葉を無視して、《ブレイド》レリクスは腰からレリクト・シェルを三発取り出す。

 それを見て、《クロウ》レリクスはくぐもった笑い声を上げる。

「そこまではしなくていい。お前達は殺すなって言われてんだ、加減する俺の身にもなってくれよ」

「そうかい。俺は特に何も言われてない」

 唯はそう返すと、構わず右腕にシェルを込めようとする。

「じゃあプレゼントだ。痛め付けるなとは言われてないからな!」

 そう言い放つと、《クロウ》レリクスは交差させた両腕を広げる。鴉の羽が殺到した瞬間、リンが警告を放つ。

 その指示に従い、《ブレイド》レリクスは左腕で頭部を、右腕で胴体を守る。

「つ、ああッ!」

 激痛を覚え、唯は叫ぶ。無遠慮に注射針を刺されたような。鋭利な針で四肢が滅多差しにされた……そんな感覚が脳に伝わる。

「あ、ああ……」

 《ブレイド》レリクスの四肢には、そこかしこに鴉の羽が突き刺さっていた。右腕はいい、もうそこには何もない。だが、他の部位には。鎧すら突き抜けて、羽が刺さっているように感じられた。

 込み上げてくる痛みの中、《ブレイド》レリクスは《クロウ》レリクスの姿を探す。

「どこにも、いないわね」

 リンの声も、どこか苦しげだ。震えの止まらない左手で、唯は右腕型アームドレイターを外す。

 《ブレイド》レリクスの外装が消え、痛みが多少マシになる。唯はその場で膝を付き、左手の様子を見る。

 貫通していた、という感覚は勘違いではなかったのだろう。皮膚の下からつぷつぷと赤い球が膨らみ、幾つもの雫となって腕の曲線を描く。

 足も似たようなものだろう。じんじんと痛む両足をちらと見て、注射は嫌いだと胸中で毒突く。

「止血するわ」

 傍にいたリンが、タオルでこちらの左腕を押さえる。

「リンは……平気みたいだね、良かった。いや、良かったのかこれ」

 注射針のプールで一泳ぎしたみたいな状況を前に、良かったと言っていいかは分からない。だが少なくとも、リンの身体には傷らしい傷は付いていない。

「私のミスよ。純度の高いレリクトの羽なら、レリクトの外装を貫ける。それに気付いたのは、最後の最後だった」

 リンの警告がなければ、今頃頭や胴体にも小さな穴が空いていただろう。

「尋常じゃなく強かった。しかも、勘違いならいいんだけど」

「ええ。手を抜いていた。本人もそう言っていたし」

 《クロウ》レリクスは本気ではなかった。それでも互角に戦えたとは言い難い。

「……段々と複雑になってきた」

 その場に横たわりながら、唯はそう呟く。アロガントだけではない。ナンバー08(ゼロエイト)に鴉……そもそも元凶のプラトーは、未だにその影すら見出せていないのだ。

「リン。俺達がやらないといけない事ってのは、一体なんだろう」

 リンの理想、やりたい事は何となく理解しているつもりだ。アロガントを倒し、依守市に平和を取り戻す。だが、世の中は色々と複雑だ。

「そうね……私も考えてみる。痛い思いをさせてごめんなさい」

 唯は、ちょっと罰が悪い気分になった。だって、この子は本当に申し訳なさそうな顔をするものだから。

「痛みには慣れてる。食い千切られるよりはマシだった」

 そう言って、唯は困ったように微笑む。こちらの胸中を察したのか、リンも微笑んだ。

「とりあえず今は、身体を動かせるようにして」

 リンが指を差す。その方向には、車椅子に乗った緑がいる。

「彼女を下に運んで貰おうかしら」

「その話まだ生きてたの? 俺羽が刺さったのに? 血とか出てるのに?」

 リンはタオルを外す。沢山の赤い点々を見ていると、それだけ刺さっていたのかと、実感出来た。実感出来たが、故にちょっと気分が悪くなってくる。

「血は止まったわね」

「止まったでしょうけど!」

 返事をしながら、唯は跳ねるようにして起き上がった。両足の血も止まっているだろう。ズボンはすっかり濡れそぼっていたし、じんじんとした痛みは残ってはいるが、致命傷ではない。

 溜息を吐きながら、唯は当事者である鈴城緑を見る。

 緑は顔を伏せ、鞄に入れたままの義足をぎゅっと抱き締めていた。







 次回予告


 唯とリンは鈴城緑、狗月光と出会い、鴉とも邂逅を果たした。

 圧倒的な戦闘力を有する鴉……《クロウ》レリクスは今後も敵となるだろう。そもそもナンバー08(ゼロエイト)……《アーマード》レリクスとの戦いだって、終わった訳ではない。

 複雑化する状況、激化していく戦いを前に、唯はやはりなんだかなあと肩を落とすのであった。

 そして、原初の脅威は未だ健在のままである。アロガントは沈黙を破り、その咆哮が街に響き渡る。

 その時、少女の足が敵を穿つ。


「唯くん、私を抱えるの嫌なのかな? なんか何とも言えない顔してたけど」

「いや、だから(みどり)(ねえ)はでかいじゃん色々と。あ、あ、耳ひっぱらなああ!」


 ブランクアームズ第六話

 -出来損ないのヒーロー-

 お楽しみに!

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