未完成品と完成品
灰と白が何度も混じり合う。その度に剣と槍がぶつかり合い、飛び散る火花が夕闇を照らす。どちらからともなく距離を取り、また次の衝突に備え互いの得物を構えていく。
片羽唯は呼吸を乱さないように意識しながら、右腕と同義のブレードを見遣る。これなら、あの槍とも打ち合える。
唯とリンの《ブランク》レリクスは、ブレードユニットを装着し《ブレイド》レリクスとなった。左腕には小盾が展開され、右腕の肘から先はエンジン工具を思わせる機構と幅広のブロードソードが形成されている。
相対するは、ナンバー08の《アーマード》レリクスだ。騎槍アーリーランスを両手で握り、じりじりと間合いを詰めている。
「もう充分じゃない? 俺は人間相手に戦うつもりなんかない」
ゼロエイトが敵対しているのは、データ収集が目的の筈だ。だから、これ以上の戦闘は無意味だと唯は伝えようとする。
「そうもいかない。それに、俺達は人間ではなく実験体だ。気にする必要はない」
相手の返答は素っ気ない物だった。結局、どちらかが倒れるまでは止まらないということだろう。だが、それ以上に。
「俺はプラトーも君の事情も知らない、ただの一般人なんだ。俺の目から見たら立派に人間だし、割り切れるようなものじゃないんだよ」
唯は思ったままを口にするが、《アーマード》レリクスの動きは止まらない。槍の間合いに入ったのか、《アーマード》レリクスはアーリーランスで突きを放つ。
《ブレイド》レリクスは左腕の小盾でその突きを受け流すと、持ち前のステップで一気に接近する。右腕のブレードで《アーマード》レリクスに斬り掛かるも、相手は左腕の装甲でそれを防ぐ。
《アーマード》レリクスは槍を手放すと、右の拳を繰り出してきた。《ブレイド》レリクスはそれを左手で受け止め、相手の拳を握るようにして拘束する。
「基本出力はさほど変わっていない筈だが。装備を追加するだけでこうも違うか。だが」
青年はそう呟くと、力任せに《ブレイド》レリクスを押しやって拘束を解除する。二体の位置は僅かに離れた。《アーマード》レリクスは、左腕と左足と引いて掌底の構えを取った。
《ブレイド》レリクスは右腕のブレードを解除し、右腕と右足を引いてストレートの構えを取る。
《ブレイド》は右腕を突き出すと同時にブレードを、《アーマード》は左腕を突き出すと同時にアーリーランスを形成、展開した。
剣の切っ先と槍の穂先がぶつかり合い、重量差が単純に勝る。《ブレイド》レリクスは、衝撃に気圧されるようにして後方に下がった。
「設計の堅牢さがあまりにも違う」
《アーマード》レリクスは押し込んだ分だけ前進し、今し方形成したばかりのアーリーランスを両手で保持、上段から振り下ろす。
体勢の整っていない《ブレイド》レリクスは、左腕の小盾を咄嗟にかざす。しかし、渾身の振り下ろしは小盾をも砕いて《ブレイド》レリクスを吹き飛ばした。
地面を転がるも、まだ致命傷ではない。回転の勢いを活かして立ち上がりながら、《ブレイド》レリクスは左腕を見遣る。砕けた小盾の破片を振り払うと、灰色の光が小盾を形成し直した。
「堅牢さが違う、か。実力も追い付いてないから、今更って感じもするけど」
「完成品を名乗るだけあって、やっぱり強いわね」
槍を構え、近付いてくる《アーマード》レリクスを前に、唯とリンはぼやき合う。そんなことをしながらも、頭の中では一つの結論を見出していた。
《ブレイド》レリクスは、右腕のブレードに視線を落とす。
「これを使って、勢い余って相手を真っ二つ。とかないよね?」
「腕が良ければ可能ね」
「下手くそで良かった」
軽口を返し、《ブレイド》レリクスは左手でレリクト・シェルを三つ抜き取る。それを右腕のブレードユニットへ立て続けに装填した。
「最大出力で挑むか。いいだろう」
《アーマード》レリクスは左腕に装填されている弾倉を取り外し、新たな弾倉を叩き込む。
「これが文字通りの全力なんだ。データとしては充分でしょ?」
唯は青年に向けてそう言う。《ブレイド》レリクスは、左手で右腕のスターターグリップを引き絞る。エンジンが駆動し、シェル三発分のレリクトが瞬く間にブレードを走り、高速回転していく。レリクトの光が刃そのものとなった、あらゆる物を削り断つ光のチェーンソーだ。
「ああ。課題を開始する」
青年はそう答え、右手で左肘のボルトハンドルを前後に操作する。左手で握っているアーリーランスが、白い光を纏っていく。
《ブレイド》レリクスは、金切り声を上げ続ける右腕を思いきり引く。
《アーマード》レリクスは、光を纏ったアーリーランスを両手で構え、姿勢を低く取る。
先に駆け出したのは《ブレイド》レリクスだ。《アーマード》レリクスは、最適な間合いになるまで動かない。
故に、次に動くのは《アーマード》レリクスに他ならない。レリクトの光を纏ったアーリーランスを、《ブレイド》レリクス目掛けて横薙ぎに振った。
《ブレイド》レリクスの右側からその槍は迫る。右腕で叫び続けている獰猛なチェーンソーで、《ブレイド》レリクスはその槍を防いだ。
「唯、押し切れる?」
「押し切れなきゃ負ける!」
金切り声と火花が合唱を始める中、《ブレイド》レリクスは槍ごと押し込むようにして前進を続ける。真っ赤なツインアイが終点である黄色のバイザーを見据え、残りの距離を唸り声と共に詰め切った。
《アーマード》レリクスは槍を掲げるようにして構え、真正面から《ブレイド》レリクスのチェーンソーを受け止めた。
槍の中腹で、レリクトの刃が何度も滑走を続ける。エンジンが発する悲鳴、槍を喰らう刃の絶叫が、両者の間で響き続けていく。
《ブレイド》レリクスは左手で右腕のハンドルを掴み、更に体重を掛けていった。
《アーマード》レリクスの槍は始めこそ拮抗していたものの、徐々にその光と本体を削られていく。
「観測される出力はむしろ低い……いや、出力を抑えた上で、何度もぶつける事を想定したのか」
砕け始めた槍を前に、《アーマード》レリクスである青年はそう呟く。僅かではあったが、その声には驚嘆が混じっている。
「下手な鉄砲、数打ちゃ当たるって言うでしょ。大体の奴は、無限に弾丸を叩き込めば倒れるのよ」
「意味全然違うけど!」
リンの的外れなドヤ指摘に、唯は反射でそう返す。
そして、《アーマード》レリクスの槍は完全に砕け散った。得物が砕けると同時に、《アーマード》レリクスは一歩飛び退く。その胸部を、チェーンソーの切っ先がなぞる。
目標を失い、チェーンソーは勢い余って地面を抉った。しかし、《ブレイド》レリクスは左手で持ったハンドルに力を込め、一歩踏む込みながらチェーンソーを振り抜く。チェーンソーの軌道は右から左、横一文字に斬り付けた。
「ッ!」
青年の息を呑む音がする。しかし硬直は一瞬、《アーマード》レリクスは左肘のボルトハンドルを素早く操作すると、強引に掌底を放った。
横に振り抜いたチェーンソーの刃と、エネルギーの塊となった掌底がぶつかり合う。
純然たるエネルギーのぶつかり合いは、両者を吹き飛ばすという形で決着が付いた。
《ブレイド》レリクスも《アーマード》レリクスも、地面に倒れることなく着地する。
轟音を伴っていたチェーンソーはブレードごと砕け、《ブレイド》レリクスの右腕には沈黙が訪れた。真っ黒な煙を腕から放出しており、かなりの無茶をしたことが分かる。
唯は肩で息をするようにして、何とかその場に立っていた。
《アーマード》レリクスは、自身の胸部に目を落とす。純白の装甲に、しっかりと刃が通った跡が付いている。
「《アーマード》を削るか。ふむ、興味が湧いた」
そう言うと、《アーマード》レリクスは再度槍を形成した。そしてそのまま、何事もなかったかのように歩いてくる。
継戦かと《ブレイド》レリクスは身構えるも、《アーマード》レリクスは不意に動きを止めた。何かを気にする素振りを見せると、形成したばかりの槍を自ら消し去る。
「見逃してくれるってこと?」
そのまま背を向けた《アーマード》レリクスに、唯はそう問い掛ける。
「いや。本の続きが気になっただけだ」
それだけ答えると、《アーマード》レリクスはその場から跳躍、離脱していった。
どういうことかと考えながら、唯は右腕型アームドレイターを外す。隣にはボディスーツ姿のリンが現れ、同じように思案顔をしている。左手で掴んだアームドレイターは、独りでにブレードユニットから義手へと変化していた。
「08は読書家なの?」
リンの問いに、唯は頷いて返す。
「なんか古本屋見付けて、そこでずっと本読んでるって。二人とも、悪人って訳じゃなさそうだけど」
「善か悪かはあまり関係ないわ。どちらにせよ毎回襲われる」
リンの言葉は一理ある。だが、それ以上に不安なのは。
「……アロガント。どんどん強く、厄介になるかも知れないんだよね? レリクス同士で殴り合ってる場合じゃないよ」
リンは溜息を吐き、歩き始める。
「向こうさんの課題次第ね。私達を破壊しろって言われるかも知れないし、捕らえろって言われるかも知れない。或いは、共闘しろってのもあるかも知れないけど。プラトーの考えることだから、あまり良い結果は得られないでしょうね」
リンの後を追いながら、唯はそうだと思い付く。
「リンも会ってみる? 日中の古本屋にいけば、大体いると思うし」
ゆったりしている時の二人を見れば、リンも自分と同じ感慨を得るかも知れない。そう思っての提案だったが、リンは神妙な顔をして頷く。
「……そうね。生身なら銃弾で片が付くわ」
「ダメだって! なんでそう好戦的なの」
「慎重って言って欲しいわ。心配しなくても、二割ぐらいは冗談よ」
「八割本気じゃん」
絶対連れ出さないようにしようと唯は決意しながらも、そうまでして警戒するプラトーという組織へ疑問が深まる。
「プラトーって、そんなにやばい所なの?」
以前は聞けなかった、聞こうとも思わなかった問いをぶつける。リンは立ち止まり、唯の顔を見た。その目に何かを感じ取ったのか、リンは再度歩き出す。
「あのドクターの古巣なんだから、やばくない訳がないでしょ。でも、私が知ってるプラトーは、あくまで実験体からの所感よ。だから、そうね」
足を止めないまま、リンは言葉を続ける。
「唯。貴方が聞きたいのなら、ドクターに話して貰いましょう」
苦手な人の名前を出されて、唯は眉をひそめる。単純な二択なのだ。言われるまま、流されるまま戦うか。自らの意思で、何かを知ろうとするのか。
「分かった、ドクターに聞く。でも、同席してくれると嬉しい」
「当たり前でしょ。貴方を一人にはしない」
自分の意思で。そう答えてから、唯はそういえばと思い出す。この少女を初めて見た時も、自分の意思で追うことを決めたのだった。
代償は大きかった。得た物の大きさは、未だに分からない。
「……こっちの腕も千切れないといいけど」
誰にも聞こえないように、唯は不安を軽口に変換した。




