付け焼き刃
太陽が沈んでしまった夕闇の中で、二騎のレリクスと二体のアロガントがぶつかり合う。片羽唯はリンと共に《ブランク》レリクスとなり、両腕の万力を振り回すアロガントと戦っていた。
赤いツインアイは、付け込むべき隙を見出す為に相手を見据えている。《ブランク》レリクスがステップを踏むと、灰色の外装の姿は掻き消えた。アロガントの腕を潜り抜け、横合いに移動したのだ。
ジャブを二発、ストレートを一発アロガントの脇に叩き込むが、快音と共に弾かれる。だめ押しに、右手で握り込んでいた折れた長剣、ブロークンソードを突き立てるも、硬質化した肌は貫けない。それどころか、ブロークンソードは名前通り砕け散ってしまった。
《スチールバイス》アロガントが振るう両腕を、《ブランク》レリクスは後方に飛び退いて避ける。
「本当に硬いな……最大出力ならいけるのかな」
そう言って、自身の右腕を見る。レリクト・シェルを装填し、最大稼働での拳を叩き込めば、或いは。
「《ブランク》の出力なら可能よ。でも、そうね」
リンの言葉に迷いが生じる。意識は繋がっている為、何となく分かる。
「あれは消耗が激しい。アロガントを倒せても、その後にレリクスとやり合うかも知れない。温存しつつ倒せってこと?」
迫る《スチールバイス》アロガントが、両腕を振り上げて叩き付けてくる。《ブランク》レリクスは三度ステップしてアロガントの背後へ移動、無防備な背中を蹴り付けた。
「そうなるわね。本当は、対《アーマード》用に取っておきたかったんだけど」
《スチールバイス》アロガントは、万力と化した両腕を振り抜くようにして《ブランク》レリクスを狙う。《ブランク》レリクスは飛び上がってそれを回避すると、がら空きの胴体に右の拳を打ち下ろした。
相変わらず弾かれるが、衝撃までは消せない。《スチールバイス》アロガントは尻餅を付くようにして倒れる。
「何かとっておきがあるって訳だ」
「当然でしょ。負けっぱなしなんて性に合わないもの」
《ブランク》レリクスの目の前で、灰色の光が何かを形作る。それを左手で掴むと、ずっしりとした質感と共に実体化した。
「……なにこれ。なんかこう、チェーンソーとかの本体部分? 引っ張る紐も付いてる」
チェーンソーの前面、刃の部分を削ぎ落として、二の腕と合体させたような不思議なデバイスだった。エンジン工具には付き物である、ハンドルと紐が合わさった部品も付いている。今自分が握っている部分は、それこそチェーンソーのハンドル部分だ。
「紐じゃなくてスターターグリップよ。腕をブレイドユニットに替えるわ」
右腕型アームドレイターの、肘から先が灰色の光に変換されて消えていく。肘の断面と、ブレイドユニットとやらの接合部を交互に見て、なるほどと頷く。
「よし、これで!」
《ブランク》レリクスは、肘にブレイドユニットを接続した。違和感は一瞬だけ、すぐにこれが自分の腕だと実感出来るようになる。
『Connected......Mod《blade》』
左手で腰のベルトからレリクト・シェルを取り出し、ブレイドユニット側面にあるスリットへ押し込む。そして、そのまま流れるように紐の付いたハンドルを……スターターグリップを引っ張った。ジェットエンジンを思わせる甲高い音が鳴り響き、ブレイドユニットから灰色の光が放出される。
『ready......FoldingUp......』
全体のフォルムは変わらず、ブレイドユニットの先端からレリクトの刃が形成されていく。チェーンソーを思わせるデバイスだったが、形成されたのは幅広の一枚刃、ブロードソードなどが近いだろう。
更に、左腕の外装もその形を変えていく。シンプルな篭手だった左腕には、小盾が追加されていた。
両腕が瞬き、全身に稲光が走る。
『......《blade》Relics』
真っ赤なツインアイもその色を再び輝かせた。
《ブランク》レリクス……いや、《ブレイド》レリクスは右腕から直に生えているブレードを何回か振ってみる。
「どう見たって違和感しかないのに、全く違和感がない。これが」
「《ブレイド》レリクス。未完成にしかなれない《ブランク》の、文字通り付け焼き刃ね」
言葉とは裏腹に、リンの声と胸中には自信が溢れている。それこそ、あの《アーマード》にだって対抗出来ると。
「その場凌ぎかどうか……やるだけやってみる!」
《ブレイド》レリクスは、右腕のブレードを引き摺るようにして駆け出す。体勢を立て直した《スチールバイス》アロガントは、両腕を広げて迎撃の構えを見せる。
《ブレイド》レリクスは、駆け引きも何もなく右腕のブレードでかち上げるようにして斬撃を繰り出した。実体化しているレリクトの刃は、スチールの肌を難なく斬り裂く。
《スチールバイス》アロガントは、自身に付いた傷を目がなくとも見遣り、雄叫びを上げた。
「切れ味も充分。戦える!」
《スチールバイス》アロガントは、両腕を交互に繰り出してこちらを掴み取ろうとする。《ブレイド》レリクスは持ち前のステップを活かし、それをするりと潜り抜けては右腕のブレードを振るう。
アロガントが腕を振るい、それを避けては《ブレイド》レリクスが刃を振るう。斬撃の応酬の果てに、《スチールバイス》アロガントはたたらを踏んで体勢を崩した。
「よし、チャンス!」
右腕を引き、踏み込みながら腕を解放、ブレードを伴った必殺のストレートを《ブレイド》レリクスは繰り出した。
裂傷を受け、ふらつく《スチールバイス》アロガントには防げない。
しかし、斬撃のストレートを食らいながら、《スチールバイス》アロガントは両腕でブレードを掴んだ。両手と同義の万力が瞬く間に締まり、完全に固定されてしまった。
「ちょ、ちょっと! 剣なんて使ったことないから! これどうするの! 腕取る?」
「落ち着きなさいな。付け焼き刃って言ったでしょ」
慌てる唯だったが、リンが含みのある一言と共に解決策を提示する。
「な、なるほど!」
万力で掴まれたブレードが、音を立てて砕ける。こちらの意思で砕いたのだ。拘束を解いた《ブレイド》レリクスは、右腕を引いてストレートを叩き込む、と同時にブレードを展開した。拳の勢いと、飛び出すように展開されたブレードによって、《スチールバイス》アロガントは勢いよくその場を転がる。
離れた位置で戦っていた《アーマード》レリクスも、《スチールドリル》アロガントを吹き飛ばしたようだった。互いの目の前に、それぞれ戦っていたアロガントが転がり込んでくる。
「選手交代って感じかな」
「そのようだな」
唯の軽口に、青年がそう返す。
《ブレイド》レリクスは左手でレリクト・シェルを二つ掴み、それをブレイドユニットに連続で押し込む。
《アーマード》レリクスもまた、右手で腰にある小さな弾倉を掴み、左腕下部に叩き込んだ。
《ブレイド》は右腕のスターターグリップを引き、《アーマード》は左肘のボルトハンドルを前後に操作する。
《ブレイド》レリクスの右腕、ブレイドユニットから灰色の光が放出される。その光はブレードの上下を高速で走り出し、次いでギザギザの刃となった。エネルギーで形成された鋭利な刃が、高速で回転していく様は……まさにチェーンソーそのものだ。
《アーマード》レリクスは左手で形成した騎槍、アーリーランスへと白い光を宿す。そしてそのまま踏み込み、横薙ぎに振り抜いた。横一文字に斬られた《スチールバイス》アロガントは、斬られながらも槍を掴み、抵抗しようとした。
しかし、《アーマード》レリクスはさっさと槍を手放し、懐に滑り込むと左腕のボルトハンドルを操作、新たな弾丸をチャンバーに送り込み、アッパー気味の掌底をかました。エネルギーの塊が、《スチールバイス》アロガントを上空に打ち上げる。
《ブレイド》レリクスは、左手で右腕のユニットにあるハンドルを掴む。そして、そのまま目の前にいる《スチールドリル》アロガントに斬り掛かった。上段からの振り下ろしに対して、《スチールドリル》アロガントは両腕を交差させる。そして乱雑に生えたドリルを駆動させ、付け焼き刃のチェーンソーを迎え打った。
ドリルとチェーンソーがかち合い、夥しい火花を周囲に撒き散らす。《ブレイド》レリクスは構わず力をかけ続ける。右腕と、右腕のハンドルを掴んでいる左腕に力を掛け、少しずつ刃を押し付けた。甲高い音と共に、ドリルが一つ、また一つと砕けていく。
上空に打ち上がった《スチールバイス》アロガントは、両腕をばたつかせながら地上へと落ちていく。その降下地点では、既に《アーマード》レリクスがアーリーランスを形成し待ち受けていた。左手に槍を持ち、右手でボルトハンドルを前後に動かす。空薬莢が排出され、新たなレリクト・バレットがチャンバーに込められた。
ドリルも硬質化した肌もずたずたにし、《ブレイド》レリクスが巨大なチェーンソーを振り抜くのと、《アーマード》レリクスが槍を直上に掲げるのは同時だった。
回転しては鋭利な牙を突き立てるブレードが、《スチールドリル》アロガントの胴を縦一文字に斬り裂き、爆散させる。
『devastate,blade』
役目を終えた灰色の牙、チェーンソーの刃はそこかしこに弾け飛び、ひび割れだらけのブレードが砕け散る。
《アーマード》レリクスが繰り出した突きは、アロガントの自重と落下の勢いを存分に活かしたものだった。白い光を纏ったアーリーランスは、《スチールバイス》アロガントの胴に深々と突き刺さる。
『devastate,lance』
万力の手で掴もうが既に遅い。《アーマード》レリクスが槍を真横に振り抜くと、《スチールバイス》アロガントは吹っ飛びながら爆散していった。
アロガントの破片が燻る中、《アーマード》レリクスは《ブレイド》レリクスに正対する。
真っ赤なツインアイと、黄色のバイザーが視線を絡めたのは束の間、両者共に接近し、互いの得物をぶつけ合った。




